第5話 元バニーガールと脱衣ブラックジャックをしよう

 数日間観察した結果、俺にはてるが男か女かという前に今まで会ったことのないタイプの人間だということしかわからなかった。


 朝食にはしっかりと起きてくるし、夜更かしはしていないようだけど、一日中俺の趣味部屋に入り浸ってろくに出てこない。そうとうマンガが気に入ったのだろう。片っ端から気になるタイトルを読み漁っているらしい。もう本棚の3段分くらいは読んでしまっている。


「お前なぁ、暇なら掃除くらいしてくれよ」

「なんでー? こーすけの部屋でしょ」


居候いそうろうなんだから少しは手伝ってくれ。働かざる者食うべからずって言うだろ」

「言うかもしれないけど知らない」


 今日も仮眠用に置いてある毛布にくるまってクッションに頭を乗せた堕落スタイルの輝は目だけを俺に向けて小さく頭を横に振った。他人の部屋に転がり込んでおいて、よく堂々とそんなことを言えるものだと感心すらする。


 輝が来てから食費は2倍になった。よく二人分の方が食材が無駄にならなくて経済的という話を聞くけど、それは自炊ができる場合だ。俺たちの場合は、外食か宅配かスーパーの総菜なので単純に人の数だけ出費は増える。俺の昼食は学食で安く済ませるし、輝はときどき食べるのも忘れてマンガやゲームに熱中しているようだが。


「別にバイトして金を入れろとは言ってないだろ。家事の手伝いをちょっとしてくれって頼んでるんだ」

「う〜ん。めんどくさい!」

「はっきり言うな。俺も今日は午後授業だから洗濯やっておきたいんだ」


 輝はようやく諦めたのか読んでいたマンガにしおり代わりにアメの包装紙を挟み込む。そして立ち上がったかと思うと、洗濯物ではなく引き出しに入っていたトランプを取り出した。


「じゃあ勝負して決めよう! 僕が勝ったらこーすけが全部やるんだよ。僕が負けたら半分手伝ってあげる」

「俺がガン不利な条件だな」


 それでも手伝ってくれるなら何でもいい。押入れのクッションを取り出して、俺はカードを切る輝の向かいに座る。


「ブラックジャック。一発勝負でどう?」

「そういう運任せの賭けは嫌いだ。勝負って言うんだから実力で決めるものだろ」


「ブラックジャックだって戦略があるのに」

「一発勝負じゃ駆け引きもクソもないだろ」

「遊んでくれないなら手伝ってあげないっ」


 輝は鼻を鳴らして顔を背ける。結局遊びたいだけか。でもここで逃したら二度と手伝いなんてしてくれなくなる。


「わかったよ。さっさと始めようぜ」

「やったぁ!」


 わかりやすく喜んだ輝はさらにカードの山を切っていく。そのスピードは手慣れているなんてものじゃない。マジシャンのような速さで目では追えないほどだ。


「さ、ベットタイム!」

「賭けるものはさっき決めただろ」


 お互いの前に2枚ずつカードが配られる。片方は表、もう片方は裏だ。

 裏になった自分のカードを輝に見えないようにめくる。俺の手はJとQで20。悪い手じゃない。対して輝の見えているカードは6。勝負は見えたな。


「スタンドだ。どうする?」

「もちろんヒット!」


 輝は山札の上から1枚とり、数字を見てニヤリと笑った。表になったのはK。不気味な微笑みに嫌な予感がするけど、このゲームにオリはない。


「ショーダウン!」


 伏せられていた輝のカードは5。つまり合わせて21。


「はーい、僕の勝ちー!」


 完全にしてやられた。手元が合わせて11ならヒットした時に一番勝ちやすい組み合わせだって言うのに。


「じゃあお洗濯よろしく。僕のはやらなくていいからね。変態こーすけに何されるかわからないし」

「なるほど。じゃあ変態ならこういうことしてもいいよな?」

「へ?」


 首を傾げた。輝の前で俺は着ているスウェットを豪快に脱ぎ捨てた。少し顔を赤らめて輝は筋肉のない俺の弱そうな腕から目を背ける。


「な、なんで脱ぐ必要があるの⁉︎」

「脱衣ブラックジャックだ! 脱ぐペナルティを払ったんだから勝負続行だ!」


「そんなルール聞いてない!」

「今決めた!」


 絶対に家事をやらせてやる。俺は並んだカードと山札を集めるとカードを切る。輝ほどうまくはないけど、カードが擦れる乾いた音が規則的に二人きりの部屋に響く。


「さぁ、勝負!」


 今度の俺の手は18と頼りなかったけど、なぜか動揺した輝はカードを引きすぎてバースト。21を越えて自爆していた。


「よし、俺の勝ちだな」

「ま、待って」


 さっさと片付けを始めようとした俺の手を輝が制する。そして少しためらった後、すっかりお気に入りになってしまった大きなパーカーに手をかけた。


 大きく伸びをするように両腕を上げる。勢いでめくれた肌着のシャツの下から綺麗なへそが一瞬見えた。パーカーを脱いだ輝は薄手の白のティーシャツにショートパンツみたいな俺のお下がりの体操着。恥ずかしさからか鎖骨の辺りにはうっすらと汗が浮かんでいる。


 ここ数日部屋から出ていないせいか、細い脚はさらに白さを際立たせている。血色がよくなったことだけはしっかり食べさせておいてよかったと思えた。


「なんでお前が脱ぐ⁉︎」

「もうひと勝負! 今度は僕がディーラーだから!」


 俺からひったくるようにカードを受け取り、カードを切る。動揺からかさっきよりも動きがぎこちない。


 白のシャツから透けるブラは見えない。そもそもつける必要があるのかと思うほどまっ平な輝の胸は、カードを切る動きの間もまったく揺れる気配を見せなかった。


「一応聞くが、いつまでやるんだ?」

「脱いだら勝負続行って言ったのは、こーすけだもん」

「そうは言ったけど、泣きの一回みたいなもので」


 いや、止める理由はない。


 このままドロップもできないブラックジャックを続ければ、輝だって無事では済まない。全裸になるまでやる気はまったくないけど、輝が女の子だという証拠をつかめるかも知れない。


 次の勝負は俺の負け。肌着のシャツを脱いでもうひと勝負。目的ばかりに意識がいって自分の被害を考えていなかった。次に負けたらパンツしか残らない状態になるなんて、ショーダウンのその瞬間まで忘れていた。

 輝を脱がせたい、という願望だけで突っ走った終着点は、連敗の泥沼だった。


「ほら、僕の勝ち! もう脱げないでしょ? 早く負けを認めなよ。ザコこーすけ!」


 輝は勝利の安堵から両手を挙げて喜んでいる。そのたびにシャツの裾からきれいなへそが見えるのが妙に心臓に直接攻撃を仕掛けてくる。自称男とか関係なく、はしゃいで喜ぶ輝は純粋に可愛いと思ってしまった。


「まだだ」

「ふえ?」

「まだ俺には1枚残されている」


 スウェットの下に手をかける。パンツならセーフという謎のルールが頭を支配していた。輝を脱がせて観測するチャンスはここしかない。


「待って待って! わかったよ。僕の負けでいいから。ちゃんとお手伝いするからっ!」


 俺の手を輝が慌てて止めにかかる。だけど床に脱ぎ散らかしたままの服に気付かなかった。足を滑らせて俺の方に倒れてきた輝はすがるように脱ぎかけた俺のスウェットに手をかけた。


 そのまま床に倒れ込む。俺を守るはずだった最後の砦も輝の手によってあっさりと床に陥落した。


「なん#+!☆×><〜!!」


 言葉にならない悲鳴をあげて、輝が部屋から逃げ出す。俺は慌ててずり下ろされたパンツとスウェットを履き直す。


「俺の裸は観測しなくても男って決まってるんだよ」


 それから数日間、輝は棒状のものを見ると無意識に顔を赤らめて目を逸らすようになったのだった。

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