第75話 ふたりからの告白

「アップル~~! 心配したんだぞぉおおお! 兄上に何かされなかったか?」

「ええ、心配しなくてもうまく話はついたから大丈夫よ」


 わたしがアルバート第一王子との対談と言う名の情報戦を繰り広げた後、アルバート王子の部屋を出た瞬間に第ニ王子であるブライツに強制連行されていた。現在ブライツ王子の私室で両肩を揺さぶられながら心配されるわたしなのである。


 そんなに心配しなくてもちゃんと策を打った上で情報戦へ挑んでいる訳で。とは言えブライツからすると黒竜にも殺されかけ、氷魔神コキュードスにも氷漬けにされ、二度も死にかけているものね。アルバート王子が陰で糸を引いていた可能性を疑っていた以上、そりゃあ心配されるのも無理もないわね。


「で、結局話はどうなったんだ? アルバート王子は自分が糸を引いていたと認めたのか?」

「まぁ、順を追って話すけど、結論から言うとアルバート王子の名前でシルヴァ・サターナと正式に国交樹立を宣言する方向で動いて貰う事になったわよ」

「はっ!? どうしてそういう結論に至るんだ!?」

「しーーっ、声が大きいから!」

「んぐっ、もごもご」


 あまりに大声で驚くものだから外に控えている兵士や近くの部屋で待機している侍女に聞こえてしまうじゃない。王子の口を塞いで彼を落ち着かせたところで、今回の密談内容を掻い摘んで話す。


 今回の氷魔神コキュードス討伐をグレイスが手伝ってくれた事、ついでに・・・・アデリーン歓迎会で一緒だったベルの正体がグレイスで、魔国シルヴァ・サターナを統べる現魔王グレイス・シルバ・ベルゼビュートである事を伝えた。


「いやいや、ちょっと待て! どうしてアップルが魔王と……でも奴が魔王で黒幕は兄上で……いや、理解が追いつかん」

「少なくともグレイスはわたしたちの味方よ。じゃないとアデリーン歓迎会へ招待もしないし、氷魔神コキュードス討伐に手を貸してくれる訳がないでしょう?」

「まぁ、そりゃあそうなんだろうが……奴が魔王って知ってるのは?」

「今のところクランベリーだけね。コキュードスとの戦いで共闘したし……」

「共闘だと!? 彼女はただのシスターじゃないのか⁉」


 あ、そうだった。彼女が闇堕ちしたあと愛の力で闇を制して最終形態・・・・へ進化した話は省略していたんだった。まぁ、彼女もあの姿はわたしの前でしか見せないでしょうし、話がややこしくなるからブライツには結論だけ伝えることにしよう。


「ともかく、シルヴァ・サターナとの国交樹立は国際平和への第一歩よ。これでアルバート王子も陰で下手に動けなくなるわ」

「そうだと言いんだがな……」


 ソファーに座ったブライツは暫く腕を組んで考え巡らせていたようだが、やがて意を決したようで立ち上がってこちらへ向き直った。


「わかった。アップルを信じよう」

「ありがとう」 


「それとアップル。大事な話がある」

「何かしら」


 窓から差し込む陽光が王子の横顔を照らす。いつもの快活王子からは想像つかない程の真剣な表情。わたしも彼の前へ向き直り、そんな王子の真剣な眼差しへ応える。 


「なぁ、アップル。お前とは本当長い付き合いだ。アップルの前なら王子という肩書きなんかも捨てて気兼ねなくなんでも話せる。これからもずっと、そういう関係で居たいと思っている」

「ええ」


「俺はお前に救けられてばかりだ。王子として……いや、男としてまだまだ情けないと思っている。だが、アップル。お前に相応しい男としてこれからも支えていきたいと思うし、これからもずっと俺の傍に居て欲しいと思っている。だから……」

「うん」


「アップル・クレアーナ・パイシート。俺はアップル! お前が好きだ! 大好きだ! 俺と結婚を前提に恋人になってくれないか?」

「っ……!?」


 わたしの両肩へ手を置くブライツ。力強い意思、真っ直ぐで正義感の塊のような王子。

 

 わたしは王子の事をどう思っているのか? 真っ直ぐ真剣な眼差しに思わず頬が高揚してしまう。と、同時。心の中にあった何かが晴れたような気持ちがした。


「ありがとうブライツ。わたしにとってのブライツも、大切な存在であることは間違いないわ」

「そうか、なら……」


「少しだけ。……少しだけ、時間を貰えないかな? わたしの中で整理する時間が欲しいの。神殿の事や魔国との今後の事もあるし」

「そうか……そうだったな。大変なときにすまん。返事はいつでもいいから。俺はいつまでも待つぞ!」

「大丈夫、そんなに時間はかからないわ。必ず返事はするから。じゃあ、そろそろ神殿に戻らないと!」

「わかった。送迎の馬車を出そう」


 こうしてわたしは王子からのプロポーズを受け、その足で神殿へと帰り着くのでした。



「アップル様ぁあああああ〜〜お帰りなさいませぇえええ〜〜ご飯にしますか、お風呂にしますか? それともクランベリーを食べますかぁあああ〜?」

「ただいま……って、クランベリー。テンション高すぎるから!」


 他のシスター達も並んでわたしを出迎えてくれているのだが、クランベリーのテンションがあまりにも高すぎてみんな途中から苦笑いだ。


 でもコキュードスからのあれだけの襲撃を受けて、氷漬けになっていた皆も無事だったのは本当によかった。


 中庭や神殿の一部は半壊している箇所もあるが、お城でも国王が神殿の復興を約束してくれたし、復旧自体も問題はないだろう。

 

 わたしが万一不在・・・・のときでも、たとえ超級の魔物が襲って来ても耐えられるような結界の仕組みを構築しないといけないから、まだまだ課題は山積みだけど、みんなと一緒なら何とかやっていけるだろう。


「アップル様、食堂の方は無事でしたので、今日はみんなでご馳走を用意したんです。今日はたくさん食べてゆっくり戦いの疲れをとってください」

「ありがとう、クランベリー。そうさせてもらうわ」


 マロン司祭を除くシスターと神官が集まり、わたしが帰って来るタイミングに併せて歓迎会を準備してくれてたみたい。


 神殿の復旧や訪れる民のケアなど、やる事はいっぱいだったろうに、クランベリーもみんなもよくしてくれている。


 裏の畑で採れた玉蜀黍トロモロコシのスープが疲れた身体を芯から温めてくれる。


 大きな鶏の丸焼きがテーブルの中央に乗っていたのだが、ウーパーイーツでポムポム領から取り寄せたポムポムダックという料理らしい。わたしが戻って来ると聞いたトロフーワお婆さん特製のお料理なんだそう。


「わたしが準備した生搾りのクランベリージュースも飲んでくださいね」

「ありがとうクランベリー」


 自分で言った生搾りという言葉にクランベリーが頬を赤らめていた。何を想像したのかはそっと置いておこう。


 こうやってみんなと顔を合わせるのも本当に久しぶりで。テレワークも良いけれど、やはり直接顔を合わせて面と向かって話をすることでみんなの温もりを感じる事が出来るし、大切なことだなと思う。


 こうして王様との謁見から始まった怒涛の一日は終わりを告げ、お風呂で疲れを癒したあと、わたしは神殿にある自室へと久しぶりに戻って来ていた。


 王子からの告白……自分の中で応えを決めないといけない。そのためには……向き合わないといけないことが幾つかある。そんな事を考えていると部屋の扉がノックされる。


「クランベリーです。夜分遅くすいません。アップル様、よろしいですか?」

「ええ、どうぞ」


 クランベリーはネグリジェにケープを羽織った姿でわたしの部屋へやって来た。彼女にとっても怒涛の数日間であったに違いない。わたしは紅茶を淹れてテーブルへ置き、向かい合わせに椅子へ腰掛けた。


「本当お疲れ様だったわね」

「いえ、アップル様が一番大変でしたから。神殿がこうして無事なのも、アップル様のお陰です。本当にありがとうございました」


 ゆっくりとお互い紅茶を口へ含む。今日の紅茶はわたし特製のアップルティーだ。


「アップル様……あの……。ワタクシ、アップル様へ謝らないといけないことが……」

「え? 何の話?」

「いえ、洗脳されていたとはいえ、アップル様へ襲い掛かってしまい……ワタクシ、ワタクシ……シスター失格です」

「そんなことないわ。クランベリーも、誰も悪くないのよ」


 クランベリーの目元から流れ落ちる雫をそっとハンカチで拭い、彼女の背中へ手を置くわたし。背中をそっとさすってあげると彼女も少し落ち着いたよう。


「アップル様の手、温かいです」

「ふふ、紅茶を飲んだばかりだからかしらね?」


「あの……アップル様。ワタクシがアップル様へ言った事……覚えてますか?」

「ん、どの言葉かしら?」


「あのときは闇の姿で愛を叫んでいましたが、ワタクシの気持ちは今も変わっていません。聖女としてだけでなく、一人の女性として、ワタクシはあなたをお慕い申し上げております」

「ええ、クランベリー。今まで気づいていなくて本当ごめんね」


 クランベリーには相当辛い想いをさせていたに違いない。そのまま背中を擦ったまま、彼女の言葉へ耳を傾けるわたし。


「アップル様の事はワタクシが一番よく知っています。だから……」

「ええ」


「今日の夜、アップル様のベッドでご一緒に眠りたいのです」

「え?」


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