第6話 どうやら王子は懺悔したいようです
「アップルよ。今日は懺悔をしに来たんだぞ? ちゃんと事前予約もしている。アップルは聖女として話を聞いてくれるだけでいい」
「わかったわ。聖女として、話だけは聴きましょう」
どんな身分であれ、民に分け隔てなく懺悔室は開放しているため、神殿側に断る権限はない。但し、熱心な信仰者以外にはまだわたしが働いていることを口外はしていないため、テレワークの事を知っている貴族は、このブライツくらいだろう。
「おぉ~聖女アップルよ、偉大なる女神クレアーナよ。罪深き我を許し給え。我は、無実の罪で国外追放されてしまった美しく哀れな女性を救う事が出来なかったのです。しかも、原因は我だと聞く。嗚呼、我は彼女の罪を晴らしてあげて、国へと連れ戻したい。一体どうすればいい? おお、聖女アップルよ。我を許し給え」
次回から、王子様は懺悔お断りの張り紙でも用意してもらおうかしら。
演技がかった仕草で片膝を地面へつけ、右手を前方へと伸ばす王子。わたしはブライツへ向け、聖女としての慈愛の微笑みを見せ、こう答える。
「迷える子羊よ。その女性は国へ還ることを望んではいません。世界は巡り、時は進む。その女性はきっと新しい生活様式へ慣れるため、前へ進もうとしている。ですから、あなたは何もしなくてよいのです。さぁ、悩む必要はありません。早く帰途につくとよいでしょう」
「おお~。聖女様。彼女は今も戦っているのです。国外追放されたあとも、世のため人のため、誰かを想い、尽くす。そんな彼女へ救いの手が差し伸べられないことがあっていいのでしょうか? いや、よくないはずです!」
「迷える子羊よ。あなたが背負う必要はありませんよ。もう、ゴールしていいんです」
『あなたはもう此処で懺悔する必要はありません。さようなら』と心の中で言いつつ、わたしは聖女の微笑みを続ける。右頬の一部がだんだん痙攣して来たのはきっと気のせいだろう。
「そうですか、ありがとうございます。では、我は、聖女様の言葉を胸に、我の道を進むことにします」
「分かってくれたんですね、よかったです」
お互いに一礼をする。どうやら王子の懺悔は終わったらしい……。
………………
…………
……
「いやいや、ブライツ! 何がしたい訳? わたしへそれを言って、わたしにどうしろと? わたしは新しい生活様式を始めたばかりなんだから、暫くそっとしといて欲しいんだけど」
「そうも言ってられんだろう? 何せ王宮には内緒なんだろう? 尚更俺が監視でもしておかんと、何かあった時に大変だろう?」
「まぁ、それはそうだけど」
いざという時は、お城の貴族と親交がある伯爵の叔父に頼むつもりだったのだが、まぁ、この王子を味方につけておく分には損はない。
「アップル。これでもアデリーンの眼をお前に向けないよう、気をつけつつ、此処へ出向いているんだぞ? アデリーンが聖女を追放したせいで、民に暴動が起きないよう、神殿を通じて監視をしていると、彼女へは伝えている」
「脳筋な割にその辺は考えているのね。ただ外套を羽織って頭隠して尻隠さず状態で来ているだけかと思っていたわ」
王子がそういう腹積もりならば、アデリーン侯爵令嬢の動きは王子に監視してもらう事にしよう。わたしはわたしの平穏が保てたのなら、それでいい。
王子へ此処に来ることを許可する代わりに、アデリーンの不穏な動きは報告してもらうよう、彼へ提案する。
「俺に任せておけ、アップルよ。お前の平穏は俺が守る」
「まぁ、あなたが来るだけで平穏の一部は崩れているんだけどね」
「それはそうとアップル。気をつけておけ。アップルがあの魔人を倒した事で、外の魔物の動きが活発になっているようだ。隣国に居る限り、安全だとは思うが、心に留めておいてくれ」
「そう……そんなことになっているのね」
そもそも、魔人が攻めて来た原因は、わたしが国外追放されたことで、神殿に張ってあった結界が解除されてしまったこと。結果、上級クラスの魔人を倒した事で、魔物の動きが活発になる事は、想定しうる事態だ。
「まぁ、アップルの
「そこはお願いするわ。神殿のシスター達にもいつでも緊急救護が出来るよう、準備するよう伝えておきます」
普段は何も考えていないような王子でも、戦闘に関しては抜群のセンスを持っているのだ。王立騎士団の騎士団長ジークとブライツ王子は、アルシュバーン国でもトップクラスの実力を誇っている。国にわたしが居ない以上、民の安全を護るためには王子や騎士団を頼る他ないのだ。
「はははははは! 愛しのアップルからの頼みとあらば、断る事は出来んな! ブライツ・ロード・アルシュバーンが誇りと名誉に賭けて聖女様からの命を受けよう」
「うーん。前言撤回してもいいかしら」
「残念。アップルの熱き想いは、既にこの胸に刻み込まれた」
「はいはい、分かりました」
「では、アップルよ。そろそろアップルが言った通り、俺は帰途へつくとするぞ」
「緊急事態のとき以外は来なくていいからね」
こうしてブライツは外套を翻し、満面の笑みで部屋を後にするのだった。
わたしはこの日、王子からの忠告をそこまで深刻に受け止めていなかった。後程、平穏を乱す大変な事件が起きるとは、このときのわたしは知る由もないのである。
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