とある回復士の置き土産

天池のぞむ

第1話 勇者パーティーと魔王と回復士


「それじゃ回復士ちゃんよぉ。テメェとはここでオサラバだ」


 勇者がそう言って、私に束縛魔法をかける。

 私はそれを抵抗もせず受け入れ、その場にへたり込んだ。


「王様からの恩賞は俺たちで貰っておいてやるからよ。せいぜい魔族たちと仲良く暮らすんだな。ああ、それよか魔族の残党どもに食い殺されちまうかもしれねぇなあ! ケヒャヒャヒャヒャッ!」


 下卑た笑いを浮かべた勇者は、そう言って戦利品を麻袋に詰める。

 そうして、お供たちと一緒に城を出ていった。


 私は冷たい大理石の床に頬をべちゃりと付けながら、胸に抱えたぬいぐるみの感触を確かめる。


 まったく。どうしてこんなことになったのか。

 高笑いしながら去っていった勇者たちの背中を目で追って、私は心の内で半刻ほど前の出来事を思い返していた。


* * *


「よくぞここまで来た。勇者一行よ」


 怪しげな雰囲気が漂う城の最奥、その玉座にて。

 城の主は落ち着き払った声で私たちに語りかけてきた。


 魔王――。


 全ての魔族の頂点に立ち、私たち人族の敵であるとされている・・・・・存在だ。

 その魔王が私たち勇者パーティーを歓迎するかのように立ちはだかっていた。


 魔王の体を構成する四肢や顔はそのどれもが異形。

 頭から生えた二本の角に、胴体や腕は骨がむき出しになっていて躯を思い起こさせるような出で立ちだ。

 それでいて知的な雰囲気も感じさせる。


 頭に乗せた冠や腕輪には何やら宝石のようなものが多数埋め込まれていて、仮に王都に持ち帰ったら高値で売れそうだなと思った。……別に欲しくはないけど。


「覚悟しな、魔王! テメェを倒しに来たぜ」

「そうか……」


 勇者様が抜身ぬきみの聖剣を眼前に構えて、魔王は何故か少し悲しげに呟いていた。


 先頭の勇者様に続いて戦士のゴードンさん、魔導士のアリシャさんと続く。

 ちなみに回復士の私がいるのはパーティーの隅っこ。というか一番後ろ。


 ただ回復魔法をかける「装置」であればいいと、勇者様の命を受けてポツンと配置されている。

 私はその位置で、旅の途中の癒やしであったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。


「魔王さんよ。ここに来るまで他の魔族を見かけなかったんだが、あれはどういうことだ?」

「どういうこと、とは?」

「とぼけんな。城はおろか、この魔族領に入ってから魔族は一匹も配置されてなかったじゃねえか。王様がお前らを倒してこいって言うから乗り込んだっつうのに、拍子抜けもいいところだぜ」

「……無駄に同族を殺されたく無かったものでな。貴様らとは我が直々に話したいと思ってのことだ」

「ああん? 話したいだぁ? お前と俺が何を話すってんだよ!」


 勇者様は苛立たしげに返す。

 何もそんなに怒らなくてもいいのに。


「結論から言おう。我ら魔族に人と争う意思は無い。貴様らが王族に何を吹きまれたか知らんがな」

「はぁ? 何だそりゃ?」

「おい勇者よ。この魔王は何を言ってるんだ?」

「言葉に惑わされないで勇者。きっと騙し討ちをするつもりよ」


 魔王が放ったその言葉に、勇者様を始めとして戦士のゴードンさんや魔導士のアリシャさんも眉をひそめていた。

 王様から魔王を討ち倒せと魔族領へ派遣された人たちだ。無理もないだろう。

 いや、私もそうなんだけど。


 どちらかというと私は無理やり勇者パーティーに組み込まれた立場である。

 いきなりお前は回復魔法の才があるから勇者様の手助けをしろと命じられたのだが、正直嫌だった。

 だって戦闘とかになったら痛そうだったし……。痛いのは嫌だよね、うん。


 それに何より、「魔族は我々人族にとって討つべき敵である」と言われてもピンとこなかった。

 魔族たちからこちらに侵攻しているわけでもないのだ。それで魔族を憎め、討ち倒せ、と言われても……、ねえ?


 もっとも、勇者様たちは「魔王を倒せば恩賞が貰えるぜ!」と意気込んでいたわけだけれど。


 私も王様の命令に逆らったら打ち首だなどと随分物騒なことを言われて、渋々受け入れて、勇者様のパーティーに同行することになって、一週間ほど旅をしてきて、それで今に至る。


「我は貴様らと対話がしたい。どうだろうか?」

「……」


 勇者様はすぐには答えない。


 戦わずに済むならその方が良い。私としては万々歳。


 それに、王様たちが言っているように魔族が敵かというのは不明だ。

 というより、本当に敵意なんて無いのだろう。でなければ魔王城に至るまで魔族を一匹も配置しないなどということがあるだろうか?


 だから私は魔王の話を聞いてみたいと、そう思っていた。


「ああ、いいぜ。話を聞いてやるよ」

「おい勇者! 何言ってるんだ!」

「そうよ! 魔王の話なんて聞く必要ないわ!」


 勇者様が言って、ゴードンさんとアリシャさんは異を唱える。

 二人の顔には、コイツを倒せば恩賞が貰えるのにと、そう書いてあった。


「心配すんなよ、ゴードン、アリシャ。ちょっと話を聞いてみるだけさ」


 勇者様がこちらを振り返ってそう言った。

 ゴードンさんとアリシャさんは「とは言ってもだなぁ」と納得のいかない顔を浮かべている。


 そこで私は初めてパーティーの一番後ろから声を上げて意見した。

 ぬいぐるみを抱きかかえた手に少しだけ力を込める。


「あ、あの! 私も話を聞いてみて良いんじゃないかなって、思います。敵意がないのも本当かな、って……」

「な? 回復士もこう言ってるんだ。ちっとばかし話を聞いてみようぜ」


 勇者は魔王に向き直る前、私たちにだけ見えるように邪悪な、とても邪悪な笑みを向けてきた。

 ……おい、何だその顔は。


「じゃあ魔王。話を聞いてやるからその杖を放しな。俺も聖剣を放す」

「ああ、良かろう。話を聞いてくれること、感謝する」


 そう言って、魔王と勇者は互いの武器を横向きにして目の前に突き出し、同時にパッと手放す。


 が――、


「ち、ちょっと待っ――」


 私が制止の声をかけるも勇者は聞き入れず、落とした聖剣を蹴り上げると、疾駆しながら宙で掴み取った。


「貴様っ――!」

「オラァッ!!」


 勇者が魔王に対して聖剣を突き出し、それはそのまま胴へと吸い込まれた。


「感謝するぜ魔王! テメェが人以上にお人好しでなぁ!」

「この、阿呆がっ――!」


 魔王が最後に浮かべた表情は、怒りではないように見えた。


 ――なぜ。なぜ通じ合えないのか。


 そういう悲しみにも似た感情が多分に含まれていると、そんな感じがして。


 気付けば私は魔王へと片腕を伸ばし、とある魔法を使用していた。


 それは誰に気づかれることも無く、手が何かを掴むことも当然無く、けれど確かに成功したという実感だけを私は得た。


 その直後、聖剣を差し込まれた魔王の周りが光り輝く。

 そして、魔王の体は崩れ落ち、塵と化してしまったのだった。



=====

お読みいただきありがとうございます!

当作は全6話で完結する短編作品です。

明日以降19時過ぎに投稿してまいりますのでどうぞよろしくお願いいたします。


当作はカクヨムコン短編部門に参加しています!

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