第13話~打ち上げ~

13話~打ち上げ~

 打ち上げの会場は、4人掛けの掘りごたつ式の机が複数ある座敷だった。

 

 机ごとに鍋があり、いろんな大皿や取り分け用の小皿が並べられている。なるほど、みんなで鍋や大皿の食材を取り分けて食べろということか。


 なんとぼっちには肩身の狭い食事だ。


 鍋といえば、ぼっちは一人鍋。大皿などはもってのほかで、一人一定食。自分の分はこれ!とはっきり決まったものが常だ。取り分け時の気遣いや取り分け箸と自分用の箸の持ち替え、非常に煩わしい。


 だが、少なくともこんな非合理的な食事に4,000円も費やしたんだ。元は取らねばならない。


「はい、今日はみんな集まってくれてありがとう。時間は2時間、みんなゆっくりして、テストの疲れを癒やしてください」

「先生はテストの採点頑張ってください」

 クラスのひょうきん者が先生をいじる。

「・・・・・・はい・・・・・・ってそんなことは忘れて!席はくじ引きで決めますよ!」


 先生お手製のくじ、ずいぶんまめなことだ。


 くじを引いたところ、幸い僕は端。部屋の隅の机。しかし周りのメンツがどうも僕を邪険にしている男女だ。お疲れ様~の先生の号令ともにドリンクの乾杯を交わした後は、一切の関わりなし。


 よそのグループは盛り上がっているのにもかかわらず、僕の居るグループは黙々と鍋を取り分けては食べ、大皿を取り分けては食べ、の繰り返し。


「おう、お前んとこ、全然盛り上がってねぇな」


 他のグループの男子が乱入してくる。


「そりゃあ・・・・・・」

 こっちを見る。悪かったな、僕みたいなコミュ障ぼっちと同じになって。

「△△ちゃん、こっちおいでよ~」

「うん!ちょっとここ息苦しくて~ごめんちょっと席移動するね」

「あっそれじゃ俺も俺も」

「わたしも~」


 そして、誰も居なくなった。・・・・・・・・・・・・これは悲劇ではない。パラダイスの幕開けだ。

 僕の周りにある食べ物は全部僕の物だ。


「あの、店員さん、余ったら容器に入れて持ち帰ってもいいですか」


 ちょうど空いた皿を回収に来た店員さんに声を掛ける。


「ああ!いいですよ。料金はきっちりいただいてるし、残飯処理が正直嫌でね。本当はダメだけど、自分が食べた分は持ち帰り用のパックやるから持ってってくれ」


 おお、パラダイスだ。土日の食事は打ち上げの余り物に決定だ。それだけでも、こんな地獄の打ち上げに来た甲斐があった。


 唐揚げ、ほうれん草ともやしの和え物、ポテト、薄っぺらいピザ、少し辛い坦々ごま鍋、無限キャベツ、冷や奴、枝豆、食べる食べる。もりもり食べる。ひたすら無言で食べる。うーむ、チープながらうまい。孤独のグルメ、万歳。


 ちなみにふと辺りを見回すと、話す話す、時々笑う笑う、先生はお酒が入って『先生もね!大変なのよ~』と愚痴をこぼしながら、ひょうきん者男子達にいじられている。花崎さんは・・・・・・まぁ当然か、クラスの女子や男子を巻き込んだ一大グループを形成している。ありゃ、雪本さんがすることもなく気まずそうに一人、僕と同じ状態に化している。あっ誰か雪本さんを誘った。また孤立した。


 そんな様子を見ていると、呆然としていた雪本さんと目が合ってしまう。席を立つ。こっちに向かってくる。ここは雪本さんの来るべきところじゃない。そうだ、タロウ、スタンドアップ!


 能力を行使し、こちらに歩みを進める雪本さんと僕のラインを遮らせる。


「おーい、タロウどうしたんだ~、急に立ったりして~」

「いや、俺もよくわからん」

「なんだそれ?時々お前、不思議な行動とるよな。ん?ああ、雪本さん誘おうと思ったのか、お前優しいんだな」

「え、まぁ、そうだな、雪本さんおいで、こっち他の女子もいるし」


 少し戸惑っていたが、雪本さんは首を縦に振り、タロウの居るグループに流れていった。


 ふぅっと一安心して気を許した瞬間、いつのまにか花崎さんがこちらに来ていた。花崎さん、あの巨大グループをよく抜け出して来た。


「どうして一人で食べてるの~」

「一人で食べたいから」

「嘘だ~」


 どうして一人で食べているのか。ぼっちにその質問は意味をなさない。ぼっちだから一人で食べている、一人で食べているからぼっち。トートロジーだ。それとも何か?友達が居ないんです~とか仲間はずれにされているんです~とか回答を引き出して、哀れみたいのか。


 あいにく、そんな消極的なぼっちはとうに卒業している。ここで嘘じゃないと否定しても、なにか意地を張っているように見られて屈辱だ。ここは逆質問をする。


「で、なにかご用件ですか」

「ご用件・・・・・・ん~、ないかな。強いて言うなら哀れみ?」

「哀れまれる筋合いはないです」

「え~でも、一人は寂しくない?よかったら私が相手してあげるよ?一晩中」

「その言葉、健全な男子高校生に聞かしてやりたいです」

「だとしたら前田君は健全な男子高校生じゃないってことかな?健全の反対は・・・・・・あっ前田君は不健全な男子高校生なんだね!この変態め~」


 余計なことを言ったと思った。よくこんなウザさで人気者だ。


「あっウザいこと言うな~って顔だ。こんなこと言うの前田君だけだよ?他の人にはもっとやさしく気配りができる感じだからね。私は人の気持ちがわかるのだ!」


 その僕に向いているベクトルを他の男子高校生に向けたら、いじられ好きの特殊性癖者には相当ウケるだろうに。まったくもってもったいない。


「で、一緒に食べよ?」


 満点のスマイル。ほら隣のテーブルの男子が見とれてる。力を行使し、そのキラキラスマイルをお隣へ強制的に向ける。男子高校生の視線とかち合い、相手は「え?俺?」と顔を真っ赤にしている。ゲームで言うところの魅了ってやつだな。力を緩めた瞬間ぶんっと音が鳴りそうなほど超高速でそのキラキラスマイルは僕の方へ。しかし僕には効かない。


「なにか?」


「うん堅いね。さすが大将!」


「いつから大将になったんですか」


「私の中ではずっと」


 花崎さんは僕を「へい大将、ラーメン替え玉」くらいの扱いなのだろうか。しかもずっと。よくわからない人だ。


「花崎さ~ん、こっちにおいでよ~」


「は~い、今行くよ~」


「ほら、呼んでますよ。どうぞ、行ってください。人の気持ちがわかるなら」


「・・・・・・また後でね!」

 貴重な時間を無駄にした上に、また後があるのか。気苦労が絶えない。ん?花崎さん、なんか先生とぼそぼそ話しているな。なんだ?そう思った矢先、千鳥足で先生がこちらにやってきた。


「ま~え~だ~く~~~~ん」


 元々先生のいたグループは厄介払いができたようで安堵していた。ほぼできあがった先生はヒートアップして、介抱してやらないといけないレベルだ。


「どぉ~~~~してひとりなのよ~いつもいつもいつもいつも!」

「いつも一人で何か悪いですか?」

「せん、ひっく・・・・・・せんせいはね!まえだくんもみんなとたのしんでほすぃ!」


 ほすぃってまた、呂律も回っていないではないか。相当ストレスがたまっているのだろうか(僕のせいか?)。適当に相づちを打つ。酔っ払いに何を言っても無駄だ。


「まえだくんがいつもひとりだから!せんせいだっていろいろがんばってるんですぅ!」


 その頑張りを別のところに向けてください。そうすればあなたの心は軽くなります。対する僕は安定したぼっちライフを満喫することができる。お互いWin-Winではないか。


 ・・・・・・ん?向こうで花崎さんが意地悪そうな顔でニヤニヤしている。あの様子だと酔っ払いを差し向けた諸悪の根源は花崎さんだろう。倍返しといこうじゃないか。先生、スタンドアップ!


 能力を行使し、先生を立たせる。あまりシャキッと立たせるのも変なので、ゾンビ風に仕上げた。いい感じに先生が「あ~」とか「う~」とか言っているのもグッドだ。


 操られたゾンビ風先生は花崎さんグループに乱入し、きゃーきゃーとグループ内をかき乱していた。花崎さんがこの事態を抑えようと、また先生に何かぼそぼそと耳打ちしていたが、強制的に先生を着席させて、動けないようにした。もうこちらに爆弾を送ってくるんじゃない。


「う~ご~け~な~い」


 しばらく先生は騒いでいたが、その後は花崎さんの膝の上で眠ってしまった。これにて一件落着だ。さぁ安心してぼっち飯を楽しもう。そう思った矢先、店員さんが来た。


「えー、ラストオーダーになりますのでみなさんドリンクの注文はよろしいですか?」


 時間が経つのが早いとか楽しすぎた~とかそんな声が上がる中、クラスのリーダー的存在男子がクラス全員のラストオーダーのドリンクを聞きに回っている。なんか僕は忘れられている。


 ・・・・・・じゃあ、先に帰るか!


 しかし、席を立とうとしたところに今度は雪本さんがいつの間にか隣に近づいていた。


「となりいいですか?」


 よくない、本音はそうだがとてもそんなことは言えない。帰るタイミングを逃してしまったではないか。


「もうここのご飯、全部僕が口つけちゃってますよ?」


 どうだ、これは相手の嫌がる事を提示し、そこから逃げさせるという婉曲的な断り方だ。さぁ逃げるがよい。


「別にかまわないです!じゃあ隣座ります!」


 えー・・・・・・。そうか、もう満腹だからもうご飯のことを突いても意味はなかったのか。まぁ隣に座ってもコミュ障ぼっちに何も話せることなどない。また無言だ。


「ラストオーダーのドリンクお持ちしました!」


 それぞれみんなにドリンクが行き渡る。僕にはないのに、なぜこの場にとどまっているのだろうか。あー帰りたい。


「前田君?ドリンクは?」


「あーなんか注文するの、忘れました」


「え!?え・・・・・・どうしましょう!?」


「どうもしなくてもいいですよ」

 

 いつものことなのだから。


 ・・・・・・そうは言ったものの、雪本さんはどうしようどうしようと慌てている。クラスのリーダー的存在男子がラストオーダーのドリンクで打ち上げの締めの乾杯をしようと言いだして、さらに周りが賛成賛成と言い出してからはさらに慌てだした。


「そうだ!」


 そういうと雪本さんは僕の空きグラスをかっさらい、雪本さんの飲み物を半分注いだ。


「これでよし」


「ちょっとこぼれましたね」


「それはいいんですっ。じゃあ、その・・・・・・」


 周りが先に乾杯した。そして遅れて、僕と雪本さんのグラスがチンッときれいな音を立てた。


「おいしっ」


 そういった雪本さんは、この打ち上げで最初見たとき呆然としていたとは考えられないくらいの笑顔を咲かせた。終わり良ければすべてよしって事なのか?


「ん・・・・・・ん~ん、ん?あれ?花崎さん、なにか気に障るようなことした?」


 先生が花崎さんの膝の上で目覚めた。


「え?そんなことないですよ!?みんなとわいわいできて楽しかったです」


「でも、どうしてそんなに膨れてるの?」


「えっあっ・・・・・・」


 しばらく花崎さんは顔を覆い、またいつもの清楚系美人の顔に戻った。


「先生がずっと私の膝の上で寝てたからです!先生も、もう酔いは大丈夫ですね。帰りましょう!」


「・・・・・・ふふふ、はいはい」


 先生が勘定を済ませるのを待ち、店の前にクラス全員が集まった。


「は~い、これにて第一回打ち上げは終了です!お金は後で回収します。暗いからみんなで気をつけて帰ってくださいね!」

 先生の号令とともにクラス全員が駅の方へ歩いて行く。ただ一人を除いて。


「じゃあ、僕はこっちだから」


 逆方向へ。実は僕の家も皆と同じ方向だが、これ以上人と一緒にいるのには耐えられない。一人気楽に帰らしてほしい。本屋で時間潰してから時間差で帰るか。まぁ誰も気付いてないし。2~3分物陰に隠れて、クラス全員の姿が見えなくなるまでじっと待つ。


「・・・・・・行ったか」

「行ったみたいだね」

「!?」


 返るはずのない独り言にカウンターが入る。そこには不気味な笑顔を浮かべる花崎さんがいた。


「前田君、家はみんなと同じこっちでしょ?」


「花崎さん!?どうして?」


「前田君居ないな~とおもって後ろを見たらあら不思議、違う方向に進む男子高校生が一人。あやしいな~と思って引き返してきたわけ!他の子はだませても、私には通用しないよ」


「いや、別にだましているわけでは」


「どうせ、みんなと帰るのが嫌だから、わざと違う方向へ行ったんでしょ?図星?ねぇ図星でしょ!」


 おっしゃるとおりなのがしゃくに障る。


「で、なにかご用件ですか?」


「前田君はこれからどこに行こうとしてたの?」


「本屋です」


「じゃあ、私と一緒に行こ!あーそんな嫌そうな顔をしないで。ほら、こんな夜道を、私のような美少女一人歩かせるの?」


「はい」


「冷酷、鬼、ぼっち!」


「ぼっちは関係ない気がします」


「・・・・・・雪本さんみたいのがいいの?」


「はい?」


「なんでもない。問答無用!前田君!さぁ一緒に行こう!」


 花崎さんはもう離さない!と言わんばかりの様子でぎゅっと僕の腕をつかんできたのだった。

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