第11話~勉強~
11話~勉強~
ぼっちは基本的に、ある程度勉強ができる。友達と遊ぶことも外出することもない。一人の時間がたっぷり取れることは成績向上に大きなアドバンテージだ。まぁぼっちだからといって東大クラスのずば抜けた能力があるかといえば別の話だが、平均以上は余裕である。
「計画はこんなもんでいいか」
病み上がりとはいえ、定期テストは待ってくれない。病気で寝込んで失われた貴重な土曜日の時間を挽回すべく、計画を立てた。
曜日ごとに科目を区切り、最低一科目につき2周、テスト前日にその科目の間違えたところを再復習。一科目3周という復習に重きを置いた、我ながら素晴らしい計画だ。
ふと勉強会のことを思い出した。まさかとは思い、通知を切ってあるメールアプリを更新すると花崎さんと雪本さんからのメールが来ていた。
雪本さんからのメールは長文でびっちり書いてある。
えーと、前田君が元気になって良かった・・・・・・私はとても心配した・・・・・・それでテスト勉強は大変だけど必死に頑張っている。今は歴史の勉強をやっていて・・・・・・ペロポネソス同盟とデロス同盟が・・・・・・うん、読むの疲れてきたな。要点はなんだ。教えてほしいことがあって、日曜の13時に家に行ってもいいですか?返信ください・・・・・・って今日かい!
花崎さんからのメールは短文で3通ほどあった。
昨日はおつかれー。これで1通。
日曜に勉強会で前田君の家行くね~返信待ってます。これが2通目。
最後は、返信しろー!!のワンセンテンス。
・・・・・・家を空けることも考えたが、さすがに病み上がりで外を出歩いて、また調子が悪化したら困る。
対策をいろいろ模索していると、気がつけば玄関のインターホンが鳴っていた。ここは変な策を弄するのではく、素直に受け入れて勉強に集中することが最善手だ。僕自身も勉強しなければならないし、追っ払う余裕はない。
「わざわざ、よくお越しくださいました。どうぞ、あちらの和室にお上がりください」
「あっはい。お構いなく、って私たち同い年だよね!?」
同時に花崎さんと雪本さんが僕の家にやってきた。花崎さんは慣れた様子で先に部屋に入っていく。
「雪本さんは初めてでしたっけ」
「泥棒捕まえるときにちょっとお邪魔しただけです。そういえば花崎さんはよく来てるんですか?」
「何回か来てましたね」
「ふーん。そうだったんですか。仲がいいんですね」
「そういうわけでは」
「私は別にいいんですよ。私は」
「はぁ・・・・・・?」
そういうと雪本さんも部屋の中に入っていった。
客間は6畳の和室で、丸いちゃぶ台がある。いつもは自室の勉強机だが、たまにはこうして違う部屋で環境を変えて勉強するのも悪くない。それに自室に他人を入れるのは絶対阻止しなけらばならない。ぼっち最後の砦は死守する。
「さて、各の勉強を進めましょう」
「えー、ゲームでもしようよー」
「花崎さん余裕ですね」
しかし、ちらっと開けっぴろげになっている鞄を見てみると、一応持ってきてはいる数学の青チャート本には付箋が山ほどついてあり、たくさんのマーカーが引いてある様子。
「なんだ、すごい勉強量じゃないですか。勉強会必要でしたか?」
すると恥ずかしそうな様子でバッグを抱え、さっと隠してしまう。
「い、いやー、付箋とかマーカーとかつけてたらなんかやってる感、みたいな?」
あーあれか。テスト前に出現する、『私全然テスト勉強してないんだけど』現象か。そういう生徒に限って目にクマができているから、いろいろ心中お察しする。
「嘘です!一番最初に先生役に指名されるほど花崎さんは優秀なんですから大丈夫です!」
「でも、前田君、私がいないと勉強はかどらないでしょ?」
「そんなことないです!前田君の勉強のジャマをしないでください!」
なんでそう花崎さんと雪本さんがバチバチ争うのだ。
「で、雪本さんは勉強の調子、どうですか?」
話題をそらす。
「あっ私はその・・・・・・」
開いているノートを見ると、まとめノートだろうか、文字がびっちり書いてある。他のノートを見ても英単語がずらっと並んでいる。書いて覚える派なのか。
「お経みたい」
また花崎さん、変な茶々を入れる。雪本さんはそんな茶々を無視して話を続ける。
「私、こういう暗記物は解けるんだけど、考えるような問題が苦手で。勉強しても、同じ形式の問題なら解けるんだけど、少しひねった問題がでたら全然解けなくて。どうすればいいですか」
「こーいうのはとにかくいろんなパターンの問題に触れて、あとは勘だよ」
「前田君はどう思う?」
「僕もそうだと思う」
「じゃあそうします」
「なんで前田君を挟むのかな!?」
雪本さんはツーンとしている。もっと大人しいイメージだったのに、最近ずいぶん印象が変わったような気がする。何かあったのだろうか。対する花崎さんは怒るわけでもなく、むしろこんな状況を面白がっているような感じである。
「わたしはどっちかっていうと、暗記系が苦手だな。覚えるのめんどいし、すぐ忘れるし」
「僕は語呂合わせで覚えたり、連想ゲームみたいな感じで覚えたりします」
余計なことを言ったと思った。それがなに?だから?と言われる未来が頭をよぎった。
「例えば?」
重なる二人の声は、僕には予想外すぎて言葉に詰まった。
「え?例えば?」
「うん、例えば。前田君、どうやって覚えてるのか気になる」
「うんうん」
二人して目が輝いており、真剣そのもの。こんなに興味を持って僕の話を聞かれるのは初めてだ。たいてい二言目で『そうなんだ』『へぇ~』といった無関心丸出しの反応、そして『ウザッ』『キモッ』、あるいは無視で僕の話はぶつ切りされてきた。
「語呂合わせなら、一つ焼くよ日清焼そば。1894年日清戦争」
「なにそれ、おもしろ!他はないの?」
「一応この本とか面白いですよ」
雪本さんは本を手に取り、ページをめくっている。
「結構いろいろ載ってるんですね。おすすめとかありますか?」
「おすすめですか・・・・・・」
雪本さんは本を持って僕の隣に座ってきた。それを見逃さないかのように、花崎さんが反対方向から寄ってくる。女子高生のサンドイッチである。
感想、狭い。以上である。
コミュ障ぼっちを極めた僕からすればサンドイッチでは語弊があるな、そうだ、地獄万力が一番ぴったりな言葉だ。
「あれ、雪本さん、どうして赤くなってるの?ん?1919年ベルサイユ条約、ベルサイユのホテルでイクイ・・・・・・あっ」
二人して顔を赤くし、僕はしばらく真っ赤な地獄万力に苦しみながら勉強を進めることとなった。ちなみに盛り上がった割には日清戦争もベルサイユ条約も、どちらも今回のテストの範囲外であった。無駄な時間を過ごした。
「前田君、いつも難しそうな顔してるけど、今日は楽しそう」
何を言ってるんだ。せっかくの日曜日にぼっちに対する毒薬を2錠も飲まされ、地獄万力に苦しめられ、無駄な時間を過ごし、非常に非効率なのにもかからず楽しそうにする理由が見当たらない。
「ほんとです!優しい顔してます!」
雪本さんまで・・・・・・。
「ひょっとして、本格的に私に心許しちゃったかな?」
「違います。私に心を許してくれたんです!」
心を許すところは両者ともに違わないようだ。だが甘い。
僕はもう二度と誰にも心を許さないと誓った身だ。心を許す事への代償はあまりにも大きい。もう二度とあんな代償は払いたくない。ぼっちでありたい。それがしみこみ、絡み、ねじれ、もう二度とほどけない毛玉となった。そんな僕が、心を許すなんてあり得ない。
「僕はいいとして、雪本さんと花崎さん。二人とも、友達にでもなったらどうですか?」
野暮なことである。どうしてこんな言葉が出たのかわからない。ただ、雪本さんはぼっちで、友達を欲していた。花崎さんは人望があり、みんなに優しい(僕にはうざいが)。圧倒的需要と圧倒的供給の一致。そしてなにより二人には友達になってほしいと思った。親でもない僕が何様のつもりだとも思ったが、強くそう思った。
僕を・・・・・・置いていってほしいと思った。
「雪本さんと私が、友達?」
「はい」
「嫌ですね!」
即答か!?いや僕も人のことは言えないが。にしても人望の厚い花崎さんなら快諾するであろうと思っていたが、意外だった。隣を見ると雪本さんも大きくうなずいて同意している。
「友達は嫌ですけども、ライバルって感じならいいかな」
なんだそれは。何のライバルだ。テストの競争か?
「そうですね。私もそれしかないと思ってました」
「雪本さん・・・・・・いや優月ちゃん、私、負けないから」
「未来さん、こっちこそです!」
僕を挟んで握手する二人。安っぽい茶番劇を見ているような気がする。
だが、仲良く?なったのならそれでいい。友と書いてライバルと読ますようなマンガも見たことがある。結果オーライだ。
その後は皆集中モードに入り、勉強は非常にはかどった。もともと花崎さんも雪本さんも勉強会が不要なほどの成績の持ち主のようで、やはり集中力も高い。そんな他人がいることで僕も良い刺激をもらうことができた。
「さて、勉強も一区切り付きましたし、帰っ」
「ゲームしよう!」
僕の言葉を遮る。隣を見ると雪本さんもやる気のようだ。
「今日のノルマも終わったし、息抜きも必要だよね!」
僕の息抜きは自室にこもって『一人で』マンガアニメ三昧なのだが。
しかし二人を追い返す上手い言い訳が思いつかない。
この後用事がある・・・・・・いや、特にない。ぼっちは基本的には常時フリーだ。
病み上がりだから早く切り上げよう・・・・・・ダメだ、この間みたいに心配だからと余計に居座りそうだ。
ここはいったん受け入れて、サクッと終わらせる。それが得策だ。
打たせて捕るピッチングだ。(?)
「わかりました。で、何をしますか?うち、なにもないですよ」
他の家のように、パーティーゲームなどない。あったとしても、すべてソロで遊ぶものばかりだ。理由は言わずもがな、一緒に遊ぶ人がいないからだ。
「トランプ持ってきたから」
あー、来る前から遊ぶ気満々だったのか。本当に花崎さんはテスト余裕なんだな。
「えっと、前田君、なにしますか?」
「なんでもいいですよ」
「じゃあねー、定番の大富豪から」
「なつかしい、ずっと昔にやりましたね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
淡々とゲームが進んでいく。結果は僕が最後、つまり大貧民である。ジョーカーもエースも2のカードも一枚もなかった状況で、圧倒的戦力差を見せつけられた。
「ふふん、前田君大貧民だね!」
花崎さんの勝ち誇ったような顔。花崎さんは一番最初に上がった、つまり大富豪だ。
「次、がんばりましょう!大富豪をこき下ろしましょう!」
中間、つまり平民の雪本さん。そんなに敵対意識を持たなくても、たかがゲームだろ。いや、なんかさっきライバル宣言してたし、こんなもんなのか。というか次もあるのか!?
「はい、二回戦やってこー」
今度はジョーカーが2枚きた。これは上手くいけばジョーカーと併せて4枚同時出し、いわゆる革命が狙える。最弱カードが最強になる。下剋上して気持ちよく終わろうか。
「ほら、前田君、カードチェンジ」
「えっ」
「大富豪は大貧民に手持ちの最強のカードを2枚要求できるの。で、私が最弱カードを2枚大貧民に渡すの」
「花崎さん、それはひどい」
「未来さんは、前田君をいじめるのが趣味なんですよ」
こそっと耳打ちしてくる雪本さん。そうだったのか。いや・・・・・・納得いく。
「こらっ、そこ聞こえてる!これはちゃんとしたルールだからね。ルールに則ってやってる正当な権利なのですっ!」
軽くスマホで検索して見ると、本当に花崎さんの言うとおりのルールが載っていた。雪本さんを見ると少し気まずそうに照れている。これは知っていたパターンだな。
ジョーカー2枚を花崎さんに手渡し、ご満悦の様子。対する僕にやってきたカードは3が二枚。うん、富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる、この社会の縮図のようだ。
だが、
「3の4枚、革命」
ちょうどもらった3のカードが4枚となった。圧倒的な弱者のパワーで、大富豪すら蹴落とすことができる。これもまた社会の縮図たり得るのではないか。最弱の3がキングやエースになれるように、虐げられるぼっちもこの社会のキングになれるのではないか。
なんて、ずいぶん荒唐無稽な想像が湧いてしまったが、この後あっけなくジョーカー二枚を合わせた革命返しに合い、ぼっちの天下は三日天下に終わったのだった。
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