2-6 新たな仲間を探しに行こう!
「なんか、変に疲れました」
「そうだね。まだ真夜中なんだし、もう一眠りしようか」
アレルギーなのか、それがあんなにも怖いものだとは知らなかった。痛いし気持ち悪いし苦しいし。それでもアランのおかけで助かったのだ。
二人は夜風で冷えきった体を震わせながら、宿の自室を開ける。
そこには、人を誘惑するふかふかのベッド……
なんてものは無い。トワが吐いたものでそれはもうぐちゃぐちゃだ。
「うあぁ!?どうしようどうしよう……と、とにかく桶と水持ってきます!」
「大丈夫だから、落ち着いて」
アランはドタバタ暴れるトワを押さえ付け、見るも無惨なベッドへ手のひらを向ける。短い詠唱の後放たれたのは水魔法と風魔法。攻撃魔法としては使えない、区分するなら生活魔法と言ったところの簡単なものだ。
水がベッドを包み込み、汚れを絡めとっては窓の外へ放り出されてゆく。その後、風で水気を巻き上げ一気に乾燥させる。だが、流石にそれだけでは完全に乾かず、使えるベッドは一台だけとなってしまった。
「本当にごめんなさい。私は床で大丈夫ですから、ベッドは使ってください」
「ダメだよ、病み上がりなんだから。それに、女の子を床で眠らせるわけにはいかないよ!」
深夜にも関わらずワーワーギャーギャーとベッドの押しつけあいが始まり、結局は一緒のベッドで寝る事に。
――なんか、出会った頃からアランさんには助けられてばっかりだな……
初対面から裸だったり泣き喚いたりと、色々やらかしてきたトワだが、今回のは完全なる迷惑だ。アランにとって美味しい思いでも何でもない、ただの迷惑。これには堪えた。少し背中を借りよう。
「トワちゃん!?」
「少しだけ、このままにさせてください」
彼の背は、何故だかとても落ち着いた。
まだまだ出会って間もないが、命を救ってくれたからだろうか?暖かくて、とても安心できた……
「あ、おはようございま、す?すごいクマですけど大丈夫ですか?」
「ああ、うん。おはよう……これは、気にしないで……」
アランの顔が酷くげっそりしている。
だが考えてみて欲しい。付き合ってもない、想いを寄せているだけの異性にぴっとりとくっつかれたまま一夜を過ごしたのだ。眠れるわけが無いだろう?
「とにかく、女将さんにベッドの件を謝りに行こうか」
「そうでしたね……ごめんなさい」
もう何度謝ったか分からない。その度にアランは「大丈夫だから、気にしないで」と慰めてくれるが、恐らく弁償になるだろう。トワの心は更に曇ってゆく。
「――そういう事がありまして、ベッドをダメにしてしまいました。一応魔法で洗いはしましたが、ダメにしてしまったかもしれないので弁償させてください」
アランが事の経緯を説明し、二人で頭を下げる。
「そんなことが……お嬢ちゃんは本当にもう大丈夫なの?」
「はい。ちゃんと病院で治療を受けましたので」
「そうか、良かった……知らなかったとはいえ、本当に酷いことをしてしまったね。許しておくれ」
「い、いえ。私の方こそ自分の体のことなのに分からなくって、本当にごめんなさい」
「あーあー顔を上げとくれ、お嬢ちゃんが無事ならそれでいいんだよ!それに、うちのベッドはもう年季ものでね。買い替えの時期にちょうどいいさ」
女将さんはトワの体のことばかりを心配して、ベッドをダメにしてしまったことなど放り捨てている。彼女は弁償のお金も受け取らず、結局馬車が完成するまでの追加の五日を、この宿に泊まるということで折り合いがついた。
「良かったんでしょうか?あれで」
「まぁ、当人がいいって言ってるんだからそれでいいのさ。
それより、追加の宿を探す必要が無くなって助かっちゃったね」
きっと日本ではこうはならなかっただろう。
トワは異世界人の温かさに感動した。
「さぁ、気持ちを切り替えて、当初の予定通り奴隷を買いに行こう。その後は、バザールでもまわろうか」
「そう、ですね!行きましょう」
いつまでもクヨクヨしていてはまた心配をかけてしまう。トワは無理やり意識を切りかえ、明るいニコニコ顔でアランの後を着いて行った。
奴隷市はアテル伯爵領の中でもあまり治安が良くない場所にある上に、日本ではあまり良くないものとして描かれている。
お面で顔を隠しているが、多少警戒しすぎなくらいがちょうど良いのかもしれない。
――しかし、このお面ほんとによくできてるよなー。
そのお面は屋台で大量に売られていたものであったが、ブラックウルフそっくりなのである。まるで剥製をそのまま切りとったような出来栄えで、子供が見たら泣くんじゃなかろうかと思える程だ。
アランの後ろを着いて歩き、しばらくすると街の雰囲気が見るからに違う。
トワたちが泊まっている宿屋がある一角とは明らかに違い、住民たちの目がギラギラとしているのだ。
空間魔法で辺りを観てみると、至る所からジロジロと見られていることが分かる。
「アランさん、ここ……」
「ああ。大丈夫だと思うけど、はぐれないでね」
アランがスっと私に手を差し伸べる。
少し恥ずかしかったが、私を心配してのことだと分かっていたので、特に変な顔もせず手を繋ぐ。
――それに、接触していればいざって時に一緒に
何度かガラの悪い住民に絡まれるというトラブルはあったが特に揉め事にはならず、そのまま警戒しながら歩いてゆくと、閑散とした住宅街には不釣り合いなテントが見えてきた。
なんというか、豪華というよりは悪趣味な派手さ、と言うべきだろうか。
たまに日本でも見るようなサーカスのテント、それを成金風に魔改造した物と思ってくれれば想像しやすいかもしれない。
そんな成金テントの入口は、蜥蜴人と虎人の屈強な戦士に護られている。
少々威圧感を感じながらも、二人は臆することなく対面する。
「奴隷を見させてもらいたい。通してくれるかな?」
彼らは私たちが武器を持っていないことを確認すると、今度は腕輪を渡してきた。
その腕輪は攻撃魔法を制限するものであると同時に、テント内で暴れたりすると腕輪が締まって、手首から先が落ちるようになっているらしい。
――えぇ……異世界人の迷惑客対策怖すぎなんだけど。
しかし、ドン引きしているのは私だけで、アラン曰く普通のことなのだそうだ。
確かに手が無くなれば剣を振るうことも、掌から放たれる基本四属性の魔法は使うことも出来なくなる。
そうだとしても、そういう価値観で生きてこなかったトワにとってなかなか衝撃的なことだった。
「――という感じの奴隷を二人探しているのですが」
アランはテントに入るや否や、奴隷商の一人をつかまえて求めている人材の特徴を伝えた。
しばらく並べられた奴隷たちを見ながら待っていると、奥の個室に通される。
中には数人の男女の奴隷が待機していた。
「お客様がお求めになっている人物でしたら、この辺りが適当かと」
戦士兼、力持ち担当はいずれもゴリゴリマッチョな獣人族だ。
料理や馬の世話担当は、人族と獣人族の女性が多い。
それぞれの得意なことや性格などを聞いていき、それぞれ求めていた人物像ピッタリな人を見つけることが出来た。
戦士兼、力持ち担当は背丈がトワの二倍近くあり、黄色と黒の縞模様がカッコイイ虎人族のマッチョマン ネジャロ。
料理や馬の世話担当は、トワより20センチほど大きくアランより少し小さい、綺麗な薄緑色の髪が特徴の猫人族と人族のハーフの女性 ベルテ。
この二人を選んだ。
ネジャロに関してはアランとしっかり相談した上で決めたがベルテは私が即決した。
なぜかって?それはネコミミのきれいなお姉さんだったからだ!
この世界の獣人族は所謂V○uberのような、人間の顔にケモ耳を生やしたような存在ではない。
ガッツリ獣が人間のように、二足歩行しているのだ。
そんな状況で人間の顔にケモ耳生やしたお姉さんを見つけてしまったら、選ばないわけがないだろう。
「僕はアラン。こっちのお面で顔を隠しているのはトワだ。よろしくね」
「オレはネジャロだ。戦いとか、力がいることは任せてくれ、です」
「ベルテと申します。求められたことの他には、裁縫や洗濯、掃除と家事全般が得意です。
醜い混血種ではございますが、どうかよろしくお願い致します」
それぞれ自己紹介が済んだが、ベルテの表情は暗い。それに、
――醜い混血種ってなんだ?
アランにそのことを聞いてみると、獣人族と人族のハーフのことを指す言葉で、特に一部の人族から酷い差別を受けているらしい。
幸い、アランはそんなことは気にしないようで、ベルテにも普通に接していた。
――こんなに綺麗なのに差別されてるのか。全く、見る目がないな。
私たちと一緒にいる間だけでも、差別なんか気にならないくらい幸せになってもらおうと決意する。
諸々の手続きが済み、ネジャロの所有権はアランに。ベルテの所有権はトワのものとなった。
二人ともアランが所有するものと思っていたが、ベルテのことが気に入ったならと、譲ってくれたのだ。
さて、そんな訳で新たな仲間を迎え入れたはいいが、このままでは気が済まない事がある。
それは、ベルテとネジャロが着ている服だ。
奴隷に良い服を着せる習慣がないだとかそんな事は関係ない。
綺麗な猫耳お姉さんと屈強な虎男。
そんな良い素材にボロ切れなんか着せとく訳にはいかない。
せっかくだから二人に似合う服を探しに行くぞと、トワが奮起する。
新たに仲間に加わった二人は困惑しているが、お構い無しにトワは街へ突っ走って行った。
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