第6話

 翌朝、あれだけ寝付きが悪かったにもかかわらず、笑ってしまいそうなほど体調が良かった。

 ここまで来ると、さすがにマイカの手料理に何か関係があるのではと疑ってしまう……。


 居間に行くと、すでにマイカが起きていて、朝食の準備を始めていた。


「あ、おはようございます」

「おはよう、早いね」


「実は、昨日の夜からシチューの残りをパンと一緒にたべようと考えていまして……へへ」


 照れくさそうに笑うマイカ。


「ふふ、なるほど、それじゃあ仕方ないよね」

 と、僕は調子を合わせ、

「サラダ用の野菜を採ってくるね」と、畑に向かった。


「な、なにこれ……⁉」


 思わず自分の目を疑う。

 まだ、夢でも見ているのかと目を擦った。


「何が起きてるんだ……?」


 畑の野菜やハーブが信じられないぐらい育っている。

 キャベツなんてラフレシアみたいだ。


 僕は慌てて家に戻り、マイカに状況を説明した。


「と、とにかく、どれも恐ろしいぐらいおっきくなってて……」

「え⁉」


 二人で畑に行き、小さな森のような畑を前に呆然と立ち尽くす。


「すごい……ですね」

「うん」


「で、でも、すくすく育つことはいいことですよね?」

「うん」


「あ、あの、私、お水をあげたくらいで……何もしてませんよ?」

「うん、大丈夫、わかってる」


 もしかして、マイカがお水を……いや、さすがにそれはないか。

 僕の体調が良くなったのは、何か偶然が重なっただけかも知れないし……。


「シチリ、これ……すごく美味しそうです」


 見ると、マイカがおっきなトマトを見せる。

 確かに色艶も良いな……。


「原因はわかりませんが、これならいっぱい食べてもなくなりませんね」

「まあ、考えようによってはそういうことになるよね」


 僕達は顔を見合わせる。

 そして、どちらからともなく笑みがこぼれた。


「「ふふっ」」

「このキャベツも食べてみようよ」


「ちょっと大きすぎる気が……あ、ピウスにあげましょうか?」

「それもいいね、当分ピウスの餌にも困らないな」


「ふふ、きっと喜びます」


 いいや、考えても原因なんてわからない。

 今はこの天からの恵みを美味しくいただくとしよう。



    *



「こりゃ余裕で足りちゃうな……」


 モーレスさんの注文メモを見ながら、指定された薬草を見繕う。

 普段ならかなりキツめの注文だが、天の恵みのお陰で余裕を持って揃えることができた。


 だが、このままモーレスさんのところに持って行けば、恐らくまた禁忌の森に入ったのかと問い詰められるに違いない……。


 荷馬車一杯に積んだハーブやポーションを眺めながら、どうしたものかと考えを巡らせる。


「どうかしたのですか?」


 中々出発しないのが気になったのか、マイカが家から出て来た。


「ん? ああ、ちょっとね……急にこれだけの品物を揃えられるようになるのも変かなぁって」

「でも、シチリは悪いことはしてませんよね?」


「まあ、そうなんだけどさ……」


 あの森のことは話題に出したくないし、わざわざ説明するつもりもなかった。


「いつも、モーレスさんに卸しているのですよね?」

「うん、父さんの時からずっとだね」


 僕は腕組みをしたまま答えた。


「では、新しい取引相手を探してみてはどうでしょうか?」

「新しい取引相手か……考えたこともなかった」


「シチリの育てたハーブやお野菜はとても美味しいですから、きっとモーレスさん以外にも買いたい方がいると思いますよ」

「ホントに?」


「はい、この私が保証します!」


 マイカは誇らしげに胸に手を当てた。


「そっか……うん、わかった、ありがとうマイカ、町で探してみるよ」


 確かに良い考えかも知れないな……。

 モーレスさんに頼ってばかりじゃ、いつまでたっても一人前と認めてもらえない。


 ちゃんと自立してこそ、恩返しも出来るってもんだ。


「見つかるように祈ってますね。シチリ、頑張ってください」

「うん、ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


「いってらっしゃい」


 小さく手を振るマイカに、僕は何度も振り返りながら手を振った。

 あ……また、洋服を渡しそびれてしまった……。

 帰ったら渡さなきゃ。


「ピウス、マイカに洋服渡すの覚えておいてくれよ」

『ブルル……』


 荷馬車は緩やかに坂道を下り、オルディネの町へ向かう。

 上機嫌なピウスの足取りは、跳ねるように軽やかだった。



    *



 馬車に積まれた荷を見て、モーレスさんが驚いた様子で僕を見た。


「おいおい、内緒で畑でも広げてたのか?」

「い、いやぁ、それもありますけど、良い群生地を見つけたので……」


「……沢は渡ってねぇだろうな?」

「も、もちろんですよ! 約束したじゃないですか」


「ならいいんだけどよ……」


 二人で荷を店先に運び終えた後、簡単な仕分け作業を手伝っていると、モーレスさんの奥さんが顔を出した。


「あらシチリ、調子はどう?」

「どうも、おかげさまで何とか」


 僕はアンナさんに会釈をした。

 小柄で愛想が良く、小さい頃は何かと世話を焼いてもらった人だ。


「ちょっと見ない間に、ずいぶん顔色が良くなったわねぇ?」

「そうですか?」


「アンナ、いいからお前も手伝え」


 モーレスさんが言うと、アンナさんはやれやれと肩を竦めて、

「はいはい、そのつもりですよ」と薬草を仕分ける籠を並べた。


 皆で薬草を選り分けていると、モーレスさんが僕の隣に座っておもむろに口を開いた。


「あそこはな、昔……ホムンクルス工場があったんだ」

「あの森のことですか?」


「ああ、最後の聖女ってわかるだろ?」と、モーレスさんは僕だけに聞こえるように囁く。

「……はい、小さい頃、父から少しだけですが」


「最後の聖女様が亡くなられてから、一向に次の聖女様が現れなかった。結局、今じゃ聖女不在が当たり前の時代になっちまったが、当時は違ったのさ……」


 モーレスさんはポケットから煙草を取り出して咥えると、手で覆い隠すようにしながらマッチで火を点けた。


「ふぅー……」


 白い煙を吐き、モーレスさんが続ける。


「当時の国王は錬金術に造詣が深くてな、国王主導であの森にホムンクルス工場を作らせた……だが、聖女のホムンクルスを造るなんて――」

「ちょっとあんた! 今の子にそんな話をするんじゃないよ、まったく……、誰が聞いてるかわかりゃしないんだから!」


 アンナさんが作業の手を止め、たしなめるように口を挟んだ。


「うるせぇな、わかってるよ! ったく……ま、何にせよ、あの森には入っちゃならねぇってこった。さ、もう仕分けは十分だ。ありがとよ、シチリ」


 僕の肩をポンポンと叩いて、モーレスさんが作業に戻る。


「あ、じゃあ僕はこれで……」

「シチリ、今度は彼女も連れておいで」


「えっ⁉」

「なんだ、お前、やっぱり女ができたのか?」


「ちょっと! 野暮なこといわないの。ちゃんとご飯を作ってくれる人がいるから、これだけ顔色が良くなってるのよ。ほら、前と全然違うじゃない」

「そう言われると、確かになぁ。へぇ、シチリも隅に置けねぇじゃねぇか。わはは!」


「も、もう! ホントに違いますからね! じゃあまた来週来ますから」

「おう、嫁さんにもよろしくなぁ!」


 モーレスさんの茶化す声から、僕は逃げるように店を後にした。

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