第7話:別館探索

 その後の交渉も無事終わり、二人は一度自室に戻っていた。

 他のプレイヤーに付け入る隙を与えないよう、もちろん二人一緒に行動する。

 自室に着くとまず、部屋に鍵がついているのかや、十日分の着替えは用意されているのかを確認するなど、引き籠るのに十分な設備があるのかを調べていった。

 部屋の中はトイレ付きのユニットバスがあったものの、冷蔵庫や給湯器などは存在せず、食事を確保しておくにはやや不便な内装。だが、唯一の出入り口である扉にはちゃんと鍵が付いているため、鍵さえ掛ければ外からの侵入は不可能。外部からの侵入経路としてはもう一つ、正方形の窓があるものの、かなり小さめの窓で人が入ってこられるような幅はなかった。主催者の趣味なのか、やや偏った柄ではあったものの着替えの服も十分に完備。

 総じて、引き籠るには十分な部屋と言えた。


「よし、ひとまず部屋の確認はこれでいいな。次は館内を歩き回って、各施設と館内図に違いがないかチェックしていくぞ」

「分かりました」


 二人は再びシアタールームの前に戻ると、改めて別館探索を開始した。


「まずシアタールームを出た目の前が、本館へとつながる連絡通路か」


 館内図に書いてあったものよりも、かなり長い連絡通路。見た感じ百メートルを超えるほどの長さがある。キラースペルの基本効果範囲が十から百メートルらしいので、別館から本館にいる人間を殺すのは難しそうだ。


「凄く長いですね、この連絡通路。なんでこんな長さにしたんでしょうか? 純粋に不便だと思うんですけど」

「さあ、何でだろうな。取り敢えず別館から調査していくぞ」

「あ、はい」


 キラースペルの効果範囲などすっかり忘れた様子の神楽耶を連れ、別館にある部屋を反時計回りに一つずつ確認していく。

 神楽耶は各部屋についてしっかりと記憶するためか、わざわざ声に出して部屋の名前を呼んでいった。


「連絡通路のすぐ左手が物置。そこからⅠ~Ⅶ号室まで客室が続いていって、おそらく外に通じると思われる玄関扉に到着。ちょうどこの玄関扉が連絡通路の真反対に位置してるみたいですね。その横から再び客室がⅧ~ⅩⅣ号室まで続いて、また物置。そして元いた連絡通路前に戻ってくる、と。うーん、大きいとも小さいとも言えない微妙な広さの建物ですね」


 一周するのにかかった時間は、ゆっくり目に歩いて約二分といったところ。確かに大きいとも小さいとも言いづらい広さだ。因みに、各部屋の使用者は以下の通りであった。


・Ⅰ号室:佐久間喜一郎

・Ⅱ号室:鬼道院允

・Ⅲ号室:藤城孝志

・Ⅳ号室:宮城濾水

・Ⅴ号室:橋爪雅史

・Ⅵ号室:神楽耶江美

・Ⅶ号室:姫宮真貴

・Ⅷ号室:架城奈々子

・Ⅸ号室:東郷明

・Ⅹ号室:野田風太

・ⅩⅠ号室:一井譲

・ⅩⅡ号室:秋華千尋

・ⅩⅢ号室:六道天馬

・ⅩⅣ号室:使用者なし


 まあ現時点では誰が誰なのか分からないので、この部屋割りを見ても何も思い浮かばない。


「そうだな。まあ今回のゲーム参加者数を考えればちょうどいいだろう。ただ……」


 明は立ち止まると、改めて別館を見回した。館内図に書いてあった通り円形の建物。廊下はぐるりと円を描いており、それを囲うように各部屋が等間隔で配置されている。廊下の幅は大体四メートルほどで、二人で並んで歩くのにも十分なスペースがある。床には踏み心地のいい真っ赤な絨毯が敷かれ、人の歩く音を完全に吸収。壁はレンガ調タイルで作られており、荒々しくも古風な雰囲気を醸し出していた。

 それだけなら決して趣味の悪くない、映画に出てくる古城なんかをイメージさせる作り。だが、壁に貼られているある物を見て、明の気分は途端に減退していった。


「この壁に貼られた悪趣味な絵だけは勘弁してほしいな。雰囲気づくりの一環として飾られているんだろうが、見ていると胸糞が悪くなる」

「そうですね……。どれも人が殺されてる絵ですし、妙にリアルで訴えかけてくるものがあるというか……」


 二人は眉間にしわを寄せながらも、飾られている絵画を眺めていく。


 暗く深い森の中で、一人の男が首を吊っている絵。

 ほの暗い水の底で、異形の怪物に足を掴まれ溺れている女性の絵。

 巨大な十字架に磔られた少女が、無数の松明によって全身火あぶりにされる絵。


 他にも見ていると気分が悪くなるような、残酷な絵が多数飾られている。明と神楽耶は同時にそれらの絵から視線を外すと、疲れたようにため息をついた。


「……あの、別館はもう十分じゃないでしょうか。そろそろ本館に移動しませんか?」

「そうだな……。ここでじっとしてる理由もないし、移動するか」


 悪趣味な絵画から逃げるように、二人そろって連絡通路へと足を踏み出す。

 連絡通路の床にも赤い絨毯が敷かれていたが、壁はレンガ調のタイルではなく透明のガラスでできていた。そのため、血命館の外の様子がはっきりと分かる。

 見渡すかぎり背の高い針葉樹が生い茂った、深い森の中。人工物の気配は一切なく、ここが人里離れた山の中であることを窺わせる。これでは仮に脱出できても、処分されるまでもなく遭難して死ぬことになるだろう。

 改めてとんでもない場所に連れてこられたものだと深いため息が出る。

 すると、横を歩いていた神楽耶が突然「あっ!」と小さく声を上げ立ち止まった。

 その声につられ前方に目を向けると、一人の少女がいつの間にか連絡通路の中間地点に立っていた。

 身長は百四十程度だろうか。髪は肩にかからないくらい短く、染髪しているのかどうか判断しづらい微妙な茶髪に、とろんと眠そうに垂れ下がった目尻。小学生ぐらいの子供が着ていそうな、デフォルメされた可愛いウサギのイラストが描かれた白シャツに、ベージュのチノパンを穿いている。

 記憶が確かなら彼女もシアタールームに集められていた一人だ。一人だけ妙に小さい奴がいるものだと不思議に思っていた。

 チビ女は特に警戒した様子もなく近づいてくると、明たちの前で立ち止まり小さく頭を下げた。


「どうもです。今日から十日間殺し合う仲ですが、手加減してくれると嬉しいです。それでは失礼します」


 もう一度ぺこりと頭を下げると、何事もなかったかのように通り過ぎていく。隣では神楽耶が慌てた様子で頭を下げ返しているが、今はそんなことをしている場合じゃないだろう。

 明はチビ女の背に向けて、やや強めに声をかけた。


「おい。挨拶をしてくれるのは構わないが、それなら名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか。それからいつの間にこの連絡通路に入ってきたんだ」


 チビ女はその場で立ち止まると、くるりと明に振り返った。


「すみませんです。うっかり名前を言うのを忘れてました。私の名前は秋華千尋です。連絡通路にはさっき普通に入って、その後は温室で植物を観賞していました。この答えで満足ですか?」

「……お前のキラースペルはなんだ。植物に関わるものなのか」

「さすがにそれは教えられないです。それでは、今度こそ失礼しますです」


 今度は頭を下げることなく、明たちに背を向けて去っていく。

 その姿が見えなくなるまで明は動かずに彼女の姿を睨み付ける。完全に秋華の姿が別館に消えたところで、おずおずと神楽耶が質問してきた。


「あの、どうして最後にキラースペルを教えろなんて言ったんですか? そんなの聞かれても絶対に答えないと思うんですけど」

「深い意味はない。あいつが素直に俺の質問に答えたからな。もしかして聞けば教えてくれるんじゃないかと期待しただけだ」


 不愛想にそれだけ答えると、神楽耶の反応を待たずに明は歩くのを再開する。

 隣でまだ首を傾げている彼女を尻目に、明はチビ女――秋華について思いを巡らせた。

 言動に淀みがなく、どこまで話しても問題ないかをしっかりと見定めているがのごとき態度。加えて、キラースペルを教えろなどと言うふざけた問いに対しても、一切動揺する様子を見せなかったポーカーフェイス。警察に捕まらず完全犯罪を成し遂げた殺人犯というのも、俺同様嘘ではないのかもしれない。

 油断していれば簡単に殺される。

 明は改めてそのことを実感し、ゲーム攻略への方針に間違いがないかより緻密に考えを見直した。


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