第37話 終結
アメルン伯爵が王宮の総力戦を相手にして結構粘ったことと、怪鳥がなかなか捕まらなかったことから、「殿方同士ラブ地獄」は三日三晩続いた。
三人は魔力切れと睡眠不足によって街中でぶっ倒れ、王宮の一室に逆戻りした。
「馬鹿じゃねえの! 人が必死に働いている間に、自分たちだけ調子に乗って遊びまくって!」
フェリクスはぷんぷん怒りながら、うなされる三人の枕もとで林檎をすり下ろしてくれている。
「クラウディアさん、あなたのことをギルが無茶苦茶心配していて、それはもう――それはもう、うざいんです。ずーっとこの部屋の前ちょろちょろしてるし、俺が見舞いに行けば『義姉さんは義姉さんは』って質問攻めだし、それなら自分で会いに行けっていえば、そのせいで義姉さんが疲れたら困るって。うざすぎて無理やり街に追いだしましたけど、あいつ過保護すぎる。義姉としてなんとか教育し直してくださいよ」
「うふふ、受けよね、ギルは……」
「くそっ、会話が成立しねぇ」
大きなふかふかのベッドに並んで寝かされた三人は、うわごとのようにつぶやいた。
「ふふふ、超絶楽しかったわ、ふふふ……」
「うへへ、収穫が、たくさん……へへ」
「むふふ、またやります、絶対やります……」
「何度もこんなことがあってたまるか、馬鹿どもが」
フェリクスがこめかみにビキビキと青筋を立てながら、にっこり甘く笑った。
「今回の件、アポロニア様に報告したから。とりあえず魔力がきれて昏倒するまで、民衆を扇動したって伝えておいたので、それはもう、お怒りだから。治ったら来るから、覚悟しててね」
フェリクスの言葉に三人は「ヒィッ」と悲鳴を上げた。
***
「義姉さんは大丈夫だろうか……」
王都でギルベルトはまた呆けたようにつぶやいた。
「大丈夫でしょ。あ、サンドイッチ売ってる。僕、肉の奴がいい。ネリにも買っていこうかな」
「病人に、肉のサンドイッチは重い……」
フェリクス称して「うざい一号」ギルベルトは、逆に三人が寝ている部屋にやたらと食べ物を持ってくる「うざい二号」であるヒルデベルトと一緒に街を歩いていた。
歴史上もっともはげしい大混乱をきたした王都だったが、次第に民衆の生活は落ち着きつつあった。
怪鳥の声には人々にエネルギーをもたらす力があったらしく、アンネマリー達のように睡眠不足で寝込んだものは一人もいない。
アンネマリー達一人一人にヒルデベルトが丁寧に保護魔法をかけていたために、彼女たちに怪鳥の影響はなかったのだ。
良かったのか、悪かったのか。
しかし壊れた施設も復旧され、人々に日常と、普通の笑顔が戻っていく。
「どうしたんですか、それ」
街を歩きながら、大切そうにハンカチを取り出したヒルデベルトを見て、ギルベルトは眉をひそめた。
ハンカチには精密な魔法陣がきっちりと刺繍されていたのである。
「コルネリアがくれたんだ、これ」
ヒルデベルトは蕩けるような笑みを浮かべていった。
「本当に、僕が好きなものを分かってくれるよね、彼女って」
その黄色の瞳には、隠しきれない恋慕の情が映っていたが、ヒルデベルトに自覚はないようだ。
ギルベルトは黙っておくことにする。
「あ、このハンカチは、君が欲しがっても、絶対貸してあげないよ」
「俺が人のものを欲しがったことがありますか……分かりますよ、大切な物なんでしょう」
「いや、それもそうだけど。糸の一本が切れたり、汚れがついたりしたら、魔法陣が均衡崩して暴発しちゃうかもしれないから。一滴の水もつけられないんだよね、これ」
「何故そんな爆発物を持ち歩く!」
ギルベルトは叫びながらも、内心では少しほっとしていた。
アメルン伯爵は無事、お縄になった。
恐ろしい才能の持ち主だったが、こんなことに使ってしまうようでは、どうにもならない。
独房で彼は叫んでいた。
「どいつもこいつも、僕を馬鹿にしやがって。僕は天才なんだ。なんでもできるんだ――僕を認めろ!」
……彼も、おそらく彼なりの苦悩があったのだろう。
だが、それで到底許せることでもない。
はしゃいで本屋に駆け込む子供たちを見て、ギルベルトは自然に口角を上げた。
それでも、王都は少しずつ元の形を取り戻していく。平和が戻っていく。
その時、二人の愛らしい少女たちが頬を染めて本屋から出てきた。
手には一冊ずつ本を抱えている。
「何あれ……『殿方同士・いちゃいちゃ短編集』って書いてある。ギル、どういう意味か分かる?」
「……え?」
「僕、結構目がいいんだよね。あ、作者はクラウディアさんみたいだよ」
ギルベルトはつかつかと本屋の中に入った。
店内の中央に大きく、「殿方同士ラブ♡コーナー」と書かれた本棚が鎮座している。
――そう、街はもとの形を取り戻しつつある。多少の、だが確実な余波を、残しながら――
そう考えながら、ギルベルトの視界は暗転した。
***
同時刻、アポロニアはエアハルト王太子のサロンを訪れていた。
「今日は、わたくしのほかに誰もいらっしゃいませんのね。これからいらっしゃるのかしら」
アポロニアは少しそわそわした様子で紅茶に砂糖を入れる。
「いや、今日はアポロニアさんしか来ない。君しか呼んでないからね」
王太子は穏やかにほほ笑むと、紅茶を口に含む。
「そうでしたの。珍しいことですわね」
「ああ。で、早速、本題に入るけどね」
王太子はティーカップから口を離していった。
「僕は、君が安心して、一番幸せな形でうちに来られるよう、きちんと準備しておこうと思っていたんだ」
「……? うちに来る、とは、宮廷に来るということですか」
「いや、お嫁に来てほしい」
「!?」
アポロニアの顔が、その赤毛のようにみるみる真っ赤になった。エアハルト王太子は微笑んだまま、淡々と続ける。
「でも、それじゃあ駄目だったんだ。友人の話によると、僕は間一髪のところで君をとられるところだったらしい。それも、とんでもない男にね」
「それは、ありえません」
アポロニアは即答して、直後に言った意味に気づいて、さらに顔を赤く染めて俯いた。
「ありえない、と思いますわ」
「僕も、あり得ないと思っていたんだ」
王太子は静かな目でティーカップの水面に揺れるさざ波を見つめていた。
「その場合、僕は死んでいたのかな。側近たちを止められなかったのかな。誰かが君をそそのかして、僕はそれを止められないほど臆病だったのかな」
「そんな、あなたが臆病なわけが」
「だから」
立ち上がりかけたアポロニアを手で制して、王太子はアポロニアの黄色の瞳をじっと見つめる。
「だから、早急に、性急に、速攻で君を僕のものにしようと思うんだ。もう、他の誰にもとられようがないように。誰がどうあがいても、君が僕の前からいなくならないように」
「ひぃぃ……」
アポロニアは耳まで真っ赤にして俯いた。
赤い巻き毛がアポロニアの頭の上でふるふると揺れる。
エアハルト王太子はわずかに笑って、言った。
「だから、まず君の気持ちを確認したい。アポロニアさん、僕の求婚を受け入れてほしいんだが……駄目かな」
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