第24話 騎士団合同演習会(9)
「ヒルデベルト様、亡くなるわ。今日」
クラウディアが必死で言葉をまとめて説明すると、ギルベルトは難しい顔をして言った。
「つまり、何故かは分からないけれど、これからこの場に種族不明の魔物が出て、ヒルデさんが亡くなるということですね?」
「そ、そうよ」
ギルベルトは頷いた。
「分かりました。今すぐ騎士団や衛兵に警戒態勢を敷いてもらいます」
「し、信じてくれるの?」
「当然です」
ギルベルトは自らの装備を確認しながら言った。
「ここは王都の中心ですから、出るとすればおそらく群れからはぐれた小型魔物というところでしょう。飛行できるものの線が濃厚ですね。あのヒルデさんが亡くなるほどの魔物というところが気がかりですが……」
ギルベルトは顔を上げた。
「義姉さんは、すぐに王宮に向かってください。あそこなら、下手に避難するよりも安全です」
「わ、分かったわ……気を付けてね」
「義姉さんこそ……そうだ」
ギルベルトは懐から小さな箱のようなものを取り出した。
「今、騎士科で試験的に使われている通信機です。このボタンを押せば、俺のものにつながります。困ったことがあれば、すぐにかけてください」
「……ありがとう、ギル、本当に気を付けてね」
「もちろんです」
そしてギルベルトは軽く一礼すると、歩いていった。
クラウディアが通信機をもう一度確認しているとき、背後から声がした。
「ちょっと、アンネちゃん、待ってってば!」
勢いよく振り向くと、こちらに向かってフェリクスが走って来るのが見えた。
「フェリクス様、どうなさいましたの」
「いや。アンネマリーちゃん、ここ通らなかった?」
「え……? 私はずっとこちらにいましたが、見かけませんでした……」
フェリクスは乱暴に自らの頭を掻いた。
「階段を下りたか……あの子、アメルン伯爵に会いに行ったみたい」
「はぁ?……何を考えていますの、あの子は!」
真っ蒼になってクラウディアが叫ぶと、フェリクスは首を振った。
「問題ない。さっき窓から馬車を確認したけれど、アメルン伯爵は校門を出ていくところだった。今から走ってもつかまらない」
二人は微妙な顔をして突っ立った。
「……アンネちゃん、ちゃんと戻って来るかな」
「まぁ、一応帰って来るとは思いますけれども。微妙ですわね、あの子だから……」
しばらく気まずい沈黙が流れたが、やがてフェリクスは人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「そういえば、俺クラウディアさんと話してみたかったんだよね。ここで会えたのは、ラッキーだったなぁ」
クラウディアは目を見開くと、意味深に扇で口元を隠しながら言った。
「わたくしが、あなたの仲間だからかしら」
フェリクスはピクリと眉を上げると、ため息をつきながら頭を掻き、そばの椅子を引っ張ってきて、逆向きに座り、背もたれに肘をかけた。
「驚いた。君って、意外と他人のことも見えているんだね」
そして、つかみどころのない笑顔を見せた。
「そうだね。俺は、君が俺のお仲間なんじゃないかと思ってたんだ。俺も君も、批評屋で安心しないと動けない質でしょう。話が合うんじゃないかなーと」
クラウディアが黙って顎を引く。
フェリクスは両手を開いてみせる。
「なにも警戒しなくていいよ。俺も君と同じ、集められる情報は集めないと気が済まないだけなんだ――俺は君と情報交換がしたい」
そういうと、フェリクスは首を傾げてみせて、人懐っこく笑う。
「慎重で、この国をよくしたいって点では、俺たち気が合うんじゃないかなー」
その言葉でようやく、フェリクスを探るように見ていたクラウディアが口を開いた。
「……わたくしは、そんなことが言いたかったんじゃありませんわ」
「ほう」
「あなたは、いつもこれぞという女性を見ると、にこにこ笑って近づくわね」
「可愛いからね、女の子」
「そして、これぞという男性二人組を目にすると、息をのんでその場を離れ、影からそっと見守っている」
フェリクスは黙った。その様子を見て、クラウディアは確信した。
「やっぱりあなた……!」
「いやいやいや」
「もう何もごまかせませんわよ!」
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って」
「待ちませんわ、どういうことですの」
「分かった、君の言いたいことは分かった」
フェリクスは椅子を蹴り倒しながら立ち上がると、クラウディアの肩をガシッとつかんだ。
「アンネちゃんには言わないで」
「認めましたわね!」
クラウディアは勝ち誇った笑みを浮かべて叫んだ。
「おお神よ、我らが腐敗は確かに進行していたのだ!」
「その言い方やめて」
ところで、宮廷学校というのはでかい。
百年以上前に文明水準を高めるために、国家が威信をかけて作った学校であるため、それはもう立派だ。
現に、フェリクスとクラウディアが話しているこの廊下も、天井は一般貴族が所有する大広間のように高く、横幅も非常に広い。
またこの棟は芸術科のものであるため、いたるところに生徒が拵えた彫刻や陶器が飾られている。
フェリクスとクラウディアが話している場所は、ちょうど絵画を専攻する学生の領域のようで、魅力ある絵画がそこかしこに飾られていた。
現に、すぐ隣には天井まで届きそうな、巨大な絵画がある。
描かれているのは桃色や白の淡い色彩の花畑の奥に、澄んだ川が流れているという牧歌的な風景だった。
だが、その絵画の奥からめりめりと音が響いた。
怪訝な顔をした二人が絵画を覗き込むと、途端に絵画はひび割れ砕け落ち、壊れた壁から青空が見えた。
――いや、見えたのは空だけではない。二人は目を疑った。
紫色の飛行物体がいる。
艶やかな鱗に包まれた体に、大きな翼。
鋭い牙に、宝石のような金色の瞳。
それは竜。ドラゴンであった。
まさにその時、竜は大きな口から火を噴いた。
二人を獲物と見定めたようである。
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