第12話 王太子たち(2)
ヒルデベルトを引きずりながら、ギルベルトは約束のテラスに入った。
安楽椅子にはいつもの通り、銀色の髪を短く切った、穏やかな顔の青年が腰かけている。
彼は、この国の若き王太子エアハルト。
側のソファーに座っているのはフェリクスだ。
公に知られてはいないことだが、ギルベルト、フェリクス、ヒルデベルトは王太子の近しい友人だ。
四人は頻繁にこのテラスに集まっては、こっそりと情報交換をしている。
その日は、王太子もフェリクスもやたらと難しい顔をしていた。
ギルベルトは声をかける。
「遅れてしまい、大変申し訳ありません。ギルベルトとヒルデベルトです――何か、ありましたか」
「こんにちは、ふたりとも。いや、ね――」
王太子エアハルトが眉間にしわを寄せながら、言った。
「フェリクス君の話だと、どうにも国が滅ぶかもしれないんだよね」
フェリクスが一通り話し終わったところで、額に手を当てていたギルベルトが口を開いた。
「――つまり、令嬢二人が黒魔術を使って、未来からやってきたと言い張っている、ということですか」
王太子はあっさりと頷いた。
「まぁ、そうなるね」
ギルベルトが口を開く前に、ヒルデベルトがつまらなさそうに言った。
「それが本当なら、ぜひ黒魔術についてのお話を伺ってみたいところだけど――妄想でしょ。多感な年ごろの少女達には、よくあることなんじゃないの」
フェリクスが首を振った。
「情報源が、アンネマリー・ブッケルとクラウディア・ツァールマンです」
ギルベルトがぴくりと眉を上げた。
「ね、ちょっと微妙でしょ」
エアハルトが困ったように笑う。
「――なぜ、フェリクスさんが義姉さんに会っているのでしょう。俺のところに先に話が来るのが当然では」
「一回シスコン仕舞ってくれ、今大事な話だから」
そしてフェリクスは、珍しく真剣な顔で言った。
「俺はアンネマリー・ブッケルと幼い頃からの付き合いです。彼女は信頼に足ると思います。なぜなら――」
そしてため息をつくと、一息に言い切った。
「ものすごい行動力があるので、自分がすごいことをしていると妄想をするくらいなら、実際に動きます。世界が滅びると予言して喜ぶくらいなら、自分で黒魔術を研究して、世界を滅ぼそうとしかねません。あいつはそういう女です」
「それは信頼と言うのか」
フェリクスに続いて、ギルベルトも主張した。
「義姉さんも、しっかりとした努力家の淑女です。何の理由もなしに、そんなことは言わないかと」
しばらく沈黙が下りた後、エアハルトが言った。
「ギルはともかく、フェリクスがそこまで言うんだったら、僕は少し考えるかな。あと、フェリクスの話だと、アポロニアさんは僕以外と結婚するようだけど。誰かな」
「アメルン伯爵だと言っていました。なんでもかの家だけが、魔物大量発生の事態を対処できたんだそうです。それで、アメルン伯爵家と他貴族をつなぐために、アポロニア様は嫁に出されたという」
その時、ヒルデベルトが奇妙な顔をした。
「どうした、ヒルデ」
「アメルン君を、出しちゃうか……」
ヒルデベルトは少し考えると、言った。
「僕はアメルン君を教師として受け持ったけど、未だ彼より優秀な生徒を見たことがない。宮廷魔術師たちと並べても、頭一つ抜きんでてるんじゃないかな。それに毎回、答案がちょっと独特なんだよ。宮廷学校で教えている理論、そのままを使っていない。まだ調べがついていないけれど、あれは多分、アメルン君が独自で魔術研究をしているね」
ヒルデベルトは頭を掻くと、目を閉じて空を仰いだ。
「うーん、魔物が大量発生したとして、宮廷が対処できなくて、アメルン君だけがユニークな方法でそれを防ぐっていう筋書きは……正直、なくもない。問題は、誰も気づいていないアメルン家の独自の可能性について、普通の令嬢が知っているはずもないということ」
全員が黙り込んだ。
破滅の未来から生まれ直してきたと語る少女たち。
真実と言うにはあまりにも荒唐無稽だが、妄想と片付けるには、妙に説得力がありすぎる。
「ちょっときな臭くなってきたかな……」
ヒルデベルトの言葉に、エアハルトが微笑んで頷いた。
「とりあえず、無視するには危険な案件だと思う。僕は陛下や側近たちに魔物に対処する整備や戦略づくりを提言してみる。まだ即位していないから、それくらいしかできないけどね」
フェリクスもうなずいた。
「俺は、引き続き各所から情報を集めます」
ヒルデベルトは顎に指をあてた。
「僕は、一度魔物に関する資料を読み直してみようかな。良い対策があるかも」
「じゃあ、俺は学校の騎士科に魔物退治の教育について提案してみます。ああ、騎士団合同演習会もあるから、その時に伝手のある騎士団に、少し匂わせておくか」
ギルベルトの言葉に、フェリクスが笑って言った。
「そういえば、もうそんな時期だね。今回も、クラウディアさんは演習会に呼んであげないのかい」
ギルベルトは一気に渋い顔をした。
「……義姉は、今回は行くんだって言って聞きませんでした。あの演習会は、騎士の嫁探しみたいなものです。義姉みたいな女性がほいほい出て行けば、いい的になるだけなのに。俺は試合に出るから、守れませんし」
騎士団合同演習会の名目は、各地の騎士団が剣を競い合うというものである。
もちろんそれも大きな理由だが、もう一つの大きな理由は騎士達の嫁探しである。
演習会には騎士にあこがれる令嬢たちがたくさん集まり、会場となる宮廷学校の校舎では昼から貴族用の舞踏会まで開かれる。
要は騎士向けの盛大な合同お見合い会場も兼ねているのだ。
「相変わらず、過保護だねーえ」とフェリクスが言う。
「からかわないでください。これが、騎士科の学生の目録です」
ギルベルトは強引に話を切って、手に持っていた書類を差し出した。
ギルベルトはエアハルトの私兵の充実のために、定期的に能力を記載した学生の目録を持ってきている。
「待って、ギル」
その時、ヒルデベルトがギルベルトの書類の束を奪い取った。唖然とする周囲にかまわず、ヒルデベルトは床にざらざらと紙を並べ始める。
「あ、ちょっとヒルデさん、何をする――」
「あった」
ヒルデベルトは一枚の折りたたまれた模造紙を取り出した。
「ここから微弱な、本当に微弱なものだけれども――魔力を感じる」
それを聞いた周囲は、一瞬で臨戦態勢に移った。非公式とはいえ、王太子に見せる書類に不審なものが混ざっているのだ。
ヒルデベルトは模造紙を見ながら言う。
「ギル。これ、どこで仕込まれた」
「申し訳ありません、分かりません……いや、ここに来る途中でぶつかった人がいました。その時に紙が混ざったのかもしれない」
「あ、そう。なんだ……」
ヒルデベルトはすこし残念そうな顔をした。
「おい、なんだってなんですか」
「いや、この魔力の量なら暗殺なんて無理。いやがらせにすらならない。十中八九、通学中の宮廷学校の学生とぶつかったんでしょ。それでこれは、勉強のあとだ。つまんない」
「ヒルデさん、王太子暗殺の可能性が出たのにその反応は……」
フェリクスがヒルデベルトを叱り始めたところで、ギルベルトが呟いた。
「いや……待ってください、ぶつかった相手はファーナー男爵です」
「ファーナー男爵?」
エアハルトとフェリクスが一気に微妙な顔をした。
「ファーナー男爵? 誰、それ」
ヒルデベルトが問いかける。
「俺は彼と少し交流があるけど、魔法学に関係ない人であることは確かです……いや、謀反に関係することはもっとなさそうに見えるが……」
フェリクスが言い終わらないうちに、ヒルデベルトは折りたたまれた模造紙を開いて、中を確認した。
――心臓を撃ち抜かた。からだ丸ごと鷲掴みにされた。そんな衝撃を受けた。
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