第42話

 綾音あやねが離陸前の飛竜を叩き始めた事で、上空の負担はセコとヨウで支えられるようになった。


 だがフューラー・マキシマムは、二種の配下を持っている。


 飛竜は上空のプレーヤーに対するもの。


 地上のプレーヤーには鎧竜を放つ。


 しかし、それを見ても綾音は動じない。


「さぁてね」


 思えばヨウと初めて共に行ったクエストでも、鎧竜を狩った。


「面白いじゃない」


 因縁という程のことはない、ただの偶然であるが、その偶然を指して、綾音はそういう。


 綾音も成り切りキャラでやっているのだから、ゲーム内で起こる偶然は全て因縁だと感じてプレイしていく方だ。


 だから面白い。


 小太刀を逆手に持ち替えた綾音は、威嚇するように咆哮を上げた鎧竜の間合いへ一瞬で侵入する。忍者の成り切りである綾音であるから、接近戦に使えるスキルはてんこ盛りだ。


「せいッ」


 気合いの声と共に鎧竜の胸へ刃を突き立て、


「はぁッ!」


 気合いの一声と共に切り裂く。クエストに出てくる鎧竜に対して放ったならば自殺行為だが、フューラー・マキシマムの放つ鎧竜にはこれで十分。


 胸から首に掛けての甲殻を破壊し、露出した急所へ手裏剣を叩き込めば、一匹目の鎧竜が沈む。


 それを見届ける事なく、綾音は前転受け身の要領で退避した。ここでの戦いも、空戦と同じ。長くその場に留まっていては、思わぬ方向から襲撃される。


 この時、味方の死体を踏み付けるかのように、別の鎧竜から綾音へスタンプ攻撃が繰り出されていたのだから。


「バッカじゃないの」


 既に自分はそこにはいないと嘲笑を向ける綾音だったが、驚かされたのは、モモがその鎧竜へ上空から襲いかかった事。


「私も行きますわ!」


 緊急脱出用のエジェクションレバーを引き、航空機から飛び出してきたモモは、鎧竜の背中に蹴りを加えた。


 素手は攻撃力がないため、それで与えられるダメージは微々たるものであるが、頭上からの挑発行動に首を挙げてしまう鎧竜は、弱点を綾音に晒してしまう。


「この……ッ!」


 弓を引き、爆弾つきの矢を放つ綾音。


 爆発と共に鎧竜の喉元を吹き飛ばし、露出した急所へは小太刀を突き刺した。


「もも姫、一体、何なの?」


 呆れたという風な声を出す綾音であるが、そこまで呆れてはいない。


 モモがいいたい事はわかる。


「支援に来ました! 本来、私の魔法は支援用です!」


 空戦がモモの本領ではないというのは、綾音にも分かるが、それでも尚、いってしまうのが綾音の成り切りプレイだ。


「私の腕が信用できない?」


 ハイといわない事は分かっている。


 しかしモモから返ってきたのは、分かっていた事以上の言葉だ。


「いいえ! でも二人なら、3人分くらい闘えるかも知れませんから!」


「まったく……」


 綾音はくるりと背を向け、笑ってしまいそうになる口元をモモから隠す。


「試してあげる」


 綾音は走った。


 向かってくる鎧竜3匹に対し、


「アシャアシャ、ムニムニ、マカムニムニ、オウニキウキウ、ムカナカキウキウ、トカナチコ、メカナチタナチ」


 飛び込み前転の要領で鎧竜の攻撃を掻い潜りながら手裏剣を投擲する。


「タアタ、ナタナタ、リウツ、リウツ、キウキウツル、キニキニキニ……」


 その勢いを借りてバク転しつつ、爆弾つきの矢放つ。


「イリマリマ、クマ、クマ、キリキリキリ、キリ、ニリ、ニリ――」


 着地と同時にバク宙で頭上から小太刀を振り下ろす。


「――マカニリソバカ!」


 モモの支援により無限のスタミナを得ている綾音の攻撃は、その全てが甲殻を粉砕していた。


 そして続くのは、綾音を踏み潰そうと殺到している鎧竜を一蹴する。


「我が必殺の戦術・天誅! 大元帥だいげんすい神風じんぷう!」


 急所を露出させている鎧竜を一網打尽にする必殺のだ。


 しかし3匹まとめて吹き飛ばすという荒技も、それで躊躇ためらいを覚えるのは人間のみ。


 与えられたパターンしかなぞれないゲームキャラクターである鎧竜には、撃破する事でヘイトを溜めているとしか思わない。


 それに対して綾音は右には逆手に持った小太刀、左手には投擲するための手裏剣を持ち、


「かかってきなさい」


 綾音の力量を気にしない鎧竜と同じく、綾音も鎧竜の数など気にしない。



「私の力は、生涯最高の高みに達したわ」



 かつて――いや、今も社会不適合者が集まるといわれた所で、綾音は自分の未来を探し当てた。見しかできない両親は、立派に自分を守ってくれている。待つ事もまた戦いであり、綾音は様々な人が力をくれているのだ。


「ノーマクサバラ・タタギャテイビヤリ・サバラモクケイビャリ――」


 今の綾音には、チームの一員として発揮できる力がある。


「サバラタタラタ・タタラセンダ・ウンキキキキ・サバラヒサナンウン――」


 ――ならさ。現実でも、その力をつけるだけ。


 「タラタカン、ムン!」


 だからここは勝とうと全身に力を込めた。


「戦術・天誅! 不動ふどう滅却光めっきゃくこう!」


 再び巻き起こった綾音の忍法が、鎧竜の中心で大爆発を起こし、その激戦が見せる炎は、上空からもハッキリと見える輝きとなる。


 それが見え始め始める位置へ、いよいよイーグルの航空機が来た。おとろえる事を知らない鎧竜と飛竜の姿に、剣呑な光を宿した両目で。


「へっ、なめくさりおって! こっちも堪忍袋の緒は切れておるわ!」


 フューラー・マキシマムの甲板はガタガタで、ジョシュアの特攻が空けた大穴が見える。


「こちとら、貴様等の血を見んことには収まらん!」


 同時に鎧竜が放つ対空攻撃と、飛竜の迎撃を避ける一点を見つけた。


「ジョッシュ、貴様の咲かした花、確かに見たぞ!」


 大穴へ続く隙を目掛け、イーグルが急降下爆撃に入る。


「小娘、くノ一! 勝機はここしかない! 死ぬ気で避けろ!」


 甲板上の二人を避けて爆撃する余裕はない。


 針の穴を通す投下技術を持つイーグルは、20トン爆弾を正確にジョシュアの空けた大穴に放り込む。


 ――3rd……Break!


 いよいよフューラー・マキシマムが崩れ落ちる瞬間が訪れるが、フューラー・マキシマムに大ダメージを与えた20トン爆弾は甲板を飲み込み尽くす勢いで炎を吹き上がらせてしまう。


「もも姫!」


 魔法を使い続けていたモモのHPは限界だと、庇う手を伸ばす綾音だったが、その手は当のモモによって弾かれた。


 そればかりでなく、モモの手は綾音を突き飛ばし、甲板から下へと突き落とす。


「もも姫!?」


 甲板からの転落はダメージを負わず、炎から身を守るにはその手しかないとはいえ、綾音は目を白黒させた。


 ――もも姫は取り残されるのよ!?


 綾音を庇ったモモはその場に残る事になる。


 炎にかれながらモモが呟くのは――、


「やっぱ、年下の女の子に守られるの、ダメだ」


 咄嗟とっさの事でが出た言葉は、綾音にひとつの確信を抱かせた。


 チームで最も他者を庇っていたモモなのだから、が、父親ほどに、本当は大きい存在だったという事。


 ――DEAD.


 モモの戦闘不能がHMDに表示される。


「もも姫……」


 上空でヨウが歯噛みしていた。


 しかし2死とはいえ、遂にフューラー・マキシマムをダウンさせている。


「お嬢、悔やんでる場合ではない! 行くんじゃ!」


 イーグルが怒鳴った。


 ダウンしたフューラー・マキシマムの体内へ突入し、熱素ねっそたいを潰すのは今しかない。


「OK!」


 セコが急制動でフューラー・マキシマムへ向かう。


 口から侵入し、熱素袋へ銃撃――。


 HMDに表示されたのは……、



 ――Miss.



 それは絶望の言葉。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る