第二章 僕が彼女を『護』る理由

第25話 今さら聞けない!? 彼女のこれからまるっと『全部』引き受けます

 「悪いな。そうじゃねぇ。俺様が言いてぇのはそんなことをしてどうするつもりなのかってことよ。奴に何の得がある?」


 ハウアさんの疑問は最も。ヴェンツェルの動機が見えてこない。


「ねぇっつうんなら、ただのイカレ野郎ってことになるな。それはそれで厄介だけどよ。まぁ理由がどうであれ、とっ捕まえて報酬を貰うだけどな」


 肩を竦めるハウアさん。確かに一理ある。色々考えることが多すぎて混乱していた。


 各々思案に耽る最中、「得というか……」とアルナが呟き、彼女へ視線が集まった。


「みんな誤解しています。【鬼血屍回生】は【鮮血の貴族】の遺物を触媒に術者を依り代にして復活するんです」


 そして儀式は13日間夜通し行われると。


 その場にいた全員が息を飲んだ。ここまで来ると聴かなくちゃいけなくなってくる。


 ずっと気がかりだった……ヘンリー教授のことだ。


「ねぇ、アルナ。ずっと聴けなかったことがあるんだけど、ヘンリー教授と……あの時一体何があったの?」


「うん。ごめん、話さなきゃいけないことだよね」


 少し俯き加減にアルナは路地裏での真実を語る。まず教授を手にかけたのはアルナじゃないことにほっとした。


 アルナは教授が襲われた当日、本当はヴェンツェルを始末する予定だった。


 彼女はヴェンツェルの日々の習慣を調べ、確実に殺害できる機会を図り、念入りに計画していたという。


「だけどあの日のヴェンツェルはいつもと違う動きを見せたんだ」


「もしかして持っていたミイラの腕を?」


「……うん。ヴェンツェルはミナトが言うミイラを奪っていった。多分あれは鮮血の――」


「鮮血の王族の腕?」


「……うん、そうとしか考えられない。すぐに駆け付けて、ヴェンツェルに手傷を負わせた。でもその時にはもう……ごめんなさい。助けられなくて」


 目を伏せ、アルナは寂しげな表情を浮かべる。


「それはアルナが悪い訳じゃない。悪いのは全部ヴェンツェルだよ」


 アルナは自分を責め過ぎだ。裏を返せばそれは彼女の謙虚さという良い面だと思う。


 だけど必要以上にそんなことしなくていいんじゃないか?




 一先ず僕等は予定通り1週間後の地下水路潜入に備えることになった。


 レオンボさんは早々に図面を手に入れるため役所へ。


 レオンボさんが戻ってくるまでの間。雑談を交え話は続く。


 しかしここでアルナについて重大な問題が発覚する。それはグディーラさんがアルナの滞在する住まいについて尋ねた時だった。


「ところでアルナ、あなた今まで何処にいたの? レオンボさんの報告だと学校の宿舎の方には帰っていないそうじゃない? 昨日はミナトの怪我の件もあったから泊めたけど」


「えっ!! そ、それは……えっと色々なところを転々と……」


「……私はその色々なところっていうのを聴きたいんだけど?」


「んぐっ……えっと……友達の家とか……」


「嘘よね。あなた友達らしい友達はミナトしかいないって言っていたじゃない」


「うぅ~」


 観念したように、アルナがためらいがちに口にした内容は驚くべきもの。


 というよりかは他人ひとに片頭痛を起こさせるものだった。


「……つまり、野宿していたのね」


 コクリとアルナは頷く。橋の下とか、軒下とか、屋根があるところに寝泊まりしていたなんて慰めにもならない。


「いくら護身が効くとはいっても、女の子が一人野外でなんて感心しないわね」


 同感。まして家業で慣れているとはいえ、女の子が一人野宿するなんて……。


「家財はどうしたのよ?」


「それは一応誰にも見つからないところに隠しています」


「別にいいじゃねぇか野宿ぐらい」


「ハウアは黙っていなさいっ!」


 ぴしゃりとグディーラさんに窘められ、でしゃばったハウアさんはしゅんとする。気落ちしているハウアさんなんて初めて見た。


 いずれにせよ。アルナを今まで通り野宿させる訳にはいかない。どうしようか。


「アルナ。すこし狭いかもしれないけど一先ず僕のところで泊る?」


「良いのっ!? ありがとう! ミナ――」


「駄目に決まっているでしょう」


 優しく叱るグディーラさんに対し、アルナはムスッとして実に不満げ。


「どうしてっ! グディーラさんには関係ないじゃないですかっ! それに昨日人の好意は素直に受け取るべきだって言っていたのグディーラさんですよねっ!?」


「あのね。アルナ、ミナト。貴方達はもう15歳。大人の仲間入りをする時期になるわ。【麗月】の古い言葉にあるでしょ? 男女7歳にして席を同じうせずってね」


 何でも7歳になったら男女の性の差を認識させて、妄りに交際させてはいけないっていう昔の教えだそう。


「だから同じ部屋にいて万が一間違いでもあったらいけないわ」


 全く本当に考えもしなかった。ふとアルナがじとぉっとした眼差しで自分を睨みつけているのに気付く。


 次第に頬を膨らませて――


「……ミナトのえっち」


「ご、誤解だ! 僕はそんなつもりじゃっ!」


 またしても罵られる。さっきまで気落ちしていたハウアさんは肩を震わせて笑われる始末。どうしてこうなった?


「まぁ、俺様はミナトが嬢ちゃんに手を出せるとは思えねぇけどな」


「それはそうかもしれないけど……」


 意気地がない故に信用できるって言われているようで凄く複雑な気分。


「とにかく部屋はこっちで探しておくから、協会に泊っていきなさい。私も泊まるから」


「おいおい、待てよ。ここで俺様は寝泊まりしてんだぞ」


「ハウアは別に野宿でも平気でしょ? というかいい加減に部屋借りなさいよ。それが嫌ならミナトの家にでも泊めて貰えば良いんじゃないかしら?」


「ひでぇ……」




 そして1週間が経ち大分痛みが引いてきた。


 僕等は予定通り、屋敷の地下へと繋がる階段から地下道へと降り調査を開始する。地下水路は意外にも臭くなくて助かった。


「思っていたより酷くないね」


「そうか? 【只人種】が感じねぇのは多分あいつらのお陰だな。俺様は慣れているから平気だけどよ。普通の【狼人種】じゃぶっ倒れているぞ?」


 さっきからチラチラと視線の端を軟体動物が横切っている。


「ねぇミナト。あれって?」


「うん、スライム浄化を行っているみたいだね。近年じゃスライムによる浄化槽を地中に埋める家庭も増えてきているみたいだよ」


 現在アンティスの全域でスライムによる水質浄化システムが導入されている。何でも40年程前に起きた大悪臭事件がきっかけだとか。


「へぇ……近づいてこないよね? 私、あれ苦手なんだ……」


 男女問わずスライムが得意じゃない人は多い。汚いところを好むし、死んだときべとべとぬるぬるの粘液になる。それが堪らなく不快だって。


「心配ないよアルナ。臆病な種類だから――」


 僕はアルナにスライムについて説明した。


 基本スライムは雑食性だけど、自分より大きい動物は襲わない。スライムといっても多種あって、総じて陸性の海鞘ホヤをスライムという。


 海鞘というだけあって脊索がある。ただ光の屈折であたかも全身が透けてみえ、海のものと違うところはよく動くところ。

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