第3章 挫折そして決意

Act.25 売り言葉に買い言葉(アンナ)

 ❀.*・゜



 屈辱とはこういうことを言うのだろう。アンナは未だに自分の身に起きたことを受け入れられずにいた。気難しそうな佐紀をあれほど親身になって口説いたというのに、それをこんな容易く瑠璃に奪われてしまったことが我慢ならなかった。

 だが、そんなアンナに追い打ちをかけるように瑠璃は続ける。


「アナタにアタシの強さの所以が分かるっていうの?」

「分かりませんけど! あなたこそ佐紀さんの実力を理解しようとしないではないですか! どうせ、その首にぶら下げてるシングルナンバーのドッグタグを見せびらかすことで優越感に浸りたかっただけのくせして!」

「それは違うわ。このプレートは単に強さの証明ではない。それが分からないのなら、アナタは一生ダブルナンバーのままよ」

「……!」


 瑠璃の言葉がアンナの怒りのボルテージをさらに上げる。彼女は瑠璃に掴みかか──ろうとしたが、背後からかなでと瑞希と真莉に三人がかりで押さえつけられた。


「落ち着いてアンナ!」

「離してください! 一発ぶん殴らないと気が済みませんわ!」

「そんなことしたら下手すると退学になっちゃうよ!」

「構いませんわ!」

「構うでしょ! 世界を救うんでしょアンナは? その夢がこんなところで絶たれてしまっていいの?」

「……っ!」


 そう言われるとアンナは押し黙るしかなかった。彼女は涙を溜めた目でじっと瑠璃を見つめる。


「そんなに見つめられたら照れるじゃない」


 瑠璃は冗談っぽく言うと微笑した。だがすぐに真面目な顔に戻る。


「……という訳だから、佐紀ちゃんはアタシと姉妹を組むってことで。よろしくね」

「認めませんわ」

「アナタが認めなくても、アタシと佐紀ちゃんの間で合意があるのだから、姉妹契約は成立するのよ」

「……っ!」


 アンナは悔しげに唇を噛んだ。だが諦めきれない様子だ。何か良い方法はないかと考えを巡らせるが、なかなか出てこない。


「可愛い子ね。もっといじめたくなっちゃうじゃない」


 瑠璃は妖艶な笑みを浮かべると、アンナの耳元に口を近づけた。そして囁きかけるようにこう言った。


「もしどうしても納得できないなら……。アタシと決闘でもするしかないかもねぇ……」

「!」


 それを聞いた瞬間、アンナの瞳に希望が戻る。


「……本当ですの?」

「もちろん。だって、戦えばどちらが強いかハッキリするでしょう? アナタがそんなに強いのなら、もしかするとアタシ負けちゃうかもよ?」


 そう言ってクスリと笑う瑠璃。それを、アンナは挑戦状を受け取ったかのような目つきで見ていた。


(決闘……。それなら確かに佐紀さんを力づくで奪い返すことができる)


「アンナ……まさか受ける気じゃないよね?」


 かなでが心配そうな声で尋ねるが、彼女の耳には届いていないようだった。ただ一心不乱といった様子で考えている。そして、しばらくしてから彼女は答えた。


「その決闘、受けて立ちましょう!」

「冗談でしょ!? 瑠璃先輩がシングルナンバーに上り詰める間、決闘を挑んだ相手は大概大怪我してるっての知らないの!?」


 瑞希も慌てて止めに入る。


「アンナ、冷静になって考え直してよ! 生徒会役員に喧嘩を売って返り討ちにあったっていうんじゃアンナの立場も悪くなるんだよ?」


 かなでの声を遮るようにアンナは言い放つ。


「勝てばよかろうなのですわ!」

「そんな簡単に言うけどねぇ……相手はシングルナンバーなんだよ?」

「関係ありませんわ! こんなにコケにされて、黙って引き下がれるわけがないでしょう!」


 アンナの怒りに満ちた声を聞いて、かなでは何も言い返せなくなっていた。それを見た瑠璃がパンッと高らかに手を叩く。


「さすがは強襲科3年生のエース、アンナ=カトリーン・フェルトマイアー。噂どおりの単細胞ね」

「単細胞という言葉は余計ですわ」


 そう言って睨みつけるが、当の彼女はまったく意に介さない様子でニコニコしていた。


「いいわ。ならこうしましょう。シングルナンバーは決闘を受けないのだけど、今回はアタシから決闘を申し込んだことにしてあげる。──この後校庭にいらっしゃい?」

「……望むところですわ」


 アンナも、瑠璃の提案に乗っかるしかない。瑠璃は満足そうに頷くとその場を去ろうとすると、思い出したように足を止めた。


「そうそう、一つ言っておきたいことが有ったわ」

「まだ何かありますの? もううんざりですわ! さっさと──」


 アンナの言葉を遮り、瑠璃は言った。


「アタシ、固有魔法の性質上あまり手加減はできないの。できるだけ殺さないようにはするつもりだけど、もし──」

「……?」

「再起不能になるまで痛めつけちゃったらごめんなさいね。でも、喧嘩を売ってきたのはアナタなんだから自業自得ということで許してちょうだい?」

「!」


 それを聞いた瞬間、その場の全員が息を飲んだ。瑠璃から放たれる圧倒的な威圧感に圧倒されて、誰もが言葉を失ったのだった。



 ❀.*・゜



 着替えるために一旦寮の自室に戻ったアンナは、早速同室の陳玲果に声をかけられた。


「おーい、聞いたぞアンナ。あの瑠璃先輩に喧嘩売ったんだって?」

「ええ、そうです。それが何か?」

「いやー、相変わらず度胸あるよねぇ」


 そう言って、玲果は感心したように言う。アンナが瑠璃に宣戦布告をしたという噂は、すでに寮内の生徒たちにも広まっていた。そして彼女が瑠璃に対して激しい怒りを燃やしていることもまた、この狭い部屋ではすぐに知れ渡ったようだ。


「でも、今回はまじで笑い事じゃ済まないよ……だって相手はあの瑠璃先輩だよ?」


 同じく同室の玉城みやこは、心配そうにそう告げる。しかしアンナは聞く耳を持たない様子だった。それどころか、逆に二人に問いかける。


「お二方から見て、瑠璃先輩の能力はどう見えますか? 正直に言ってください」


 そう尋ねると、二人がうーん、とうなって考え始めた。やがて、みやこがおずおずと答え始める。


「……瑠璃先輩は、八大属性全てを第五階梯レベル以上使えるオールマイティだけど、あの人の怖いところはその固有魔法なの」

「固有魔法? どのような?」

「『廻転ツイスト』って呼ばれてる。──重力操作の一種なのかな。対象に回転する力を付与して吹き飛ばしたりねじ切ったり……」

「あとは対象を引き寄せたりとか、押し潰したりもできるよね」


 玲果も付け加える。それを聞いたアンナが、険しい顔をした。


「なるほど。確かに、瑠璃先輩らしいですわね。……では、お二方はどう思いますか? その廻転とやらに対抗する方法などありますでしょうか」


 アンナが質問を返すと、二人は同時にうーんとうなった。しばらくして、玲果が小さく首を振る。


「ごめん、あたしの予想だと無理。そもそもあの固有魔法は、単純な重力操作と違ってかなり複雑というか……とにかくヤバいんだよ。まともに対抗しようとか考えちゃダメ」

「玲果、それじゃあ対策なんて何もないみたいじゃない」


 みやこがすかさずツッコミを入れる。


「実際、瑠璃先輩はアンナみたいなゴリ押しタイプにはめっぽう強いし……でも案外アンナなら何とかなったりしそうな気もするし……うーん……」

「どっちなの? はっきりしてよ玲果」

「いやなんであたしに意見求めてんのさ……分からないってやってみないと」


 二人のやり取りを見ながらアンナは大きくため息をこぼすと、自分の机に向かって椅子に腰掛けた。そしてそのまま頬杖を突いて窓の外を見つめる。その瞳には、瑠璃に対する憎しみの色が見え隠れしていた。

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