Act.23 ダンスパーティー(佐紀)

 ❀.*・゜



 征華女子魔導高専には、新入生と上級生が交流するためのイベントとして、ダンスパーティーなるものが存在する。

 会場である体育館には、料理や飲み物が用意され、それを囲む着飾った生徒たちによってさながら中世ヨーロッパの貴族のパーティーのようだった。

 佐紀たち1年生はこのパーティーのために、みんなドレスを新調したし、髪だって綺麗にセットしなおした。

 いつもなら絶対に履かないヒールの高い靴を慣らすように足踏みしながら、火煉はそわそわしていた。


「ねえねえ、佐紀ちゃんはパートナー決まった?」

「ああ。一応」

「うっそ!? 誰と?」

「別に誰でもいいだろ」

「気になる~」


 佐紀の素っ気無い返事にもめげずに、火煉は食い下がってくる。そもそもこのダンスパーティーに佐紀が参加する気になっているだけでも火煉にとっては意外だったのだ。普段の佐紀は人と群れることを嫌い、そういう場には全く興味がない。


「まあまあ、火煉さん、お気持ちは分かりますけど、あまりしつこくするのはいけませんわよ。それに、佐紀さんが誰と組むかはパーティーの時間になれば分かることでしょう?」

「まあ、そうだよね」


 真莉の言葉に納得したように引き下がった火煉は、ふと思い出したかのように言った。


「でもさー、こういうときに莉々亜ちゃんがいないのってなんか違和感だね」

「仕方ありませんわ。莉々亜さんには莉々亜さんの事情があるんですから」

「あの子なら真っ先にアンナお姉さまを狙いに行きそうなんだけどなぁ」


 火煉は首を傾げた。すると隣で話を聞いていた紫陽花がおどけた様子で肩をすくめる。


「フラれてショックだったんだよきっと。そんなアンナお姉さまが佐紀ちゃんと親しげだったからもう嫉妬で大変!」

「なんだそれは……」

「紫陽花さん! あんまり大きな声で言わないでくださいな!」


 慌てて制止する真莉の声も虚しく、周囲で会話を聞いていた少女たちが集まってきた。


「えっ! 何? どういうこと? もしかして、アンナお姉様の姉妹スールが決まったの!?」


 野次馬の1人に尋ねられて佐紀は眉をひそめる。


「うるせえなまったく……。そんなんじゃねえよ。あいつが勝手にそう言ってるだけだ」

「またまたそんなこと言っちゃってぇ」


 紫陽花の茶化しに顔をしかめた佐紀だったが、すぐに「ほらお前らはさっさと戻れ」と手を払って散らせた。

 だが、噂が広まるのは早く、やがて佐紀は野次馬に囲まれて質問攻めにされた。


「それで? どうやってアンナお姉さまを口説いたの? あの人、姉妹はいらないっていつも頑なに断ってくるのよ」

「なんでもいいだろ」

「じゃあどんな関係なのかくらい教えてくれてもいいじゃん」

「だから何でもねえって言ってんだろ……」


 うんざりしたような顔を浮かべて適当に受け流そうとする佐紀をみて、「ガード固いなぁ」「羨まけしからん」などと呟く彼女たちだが、ふいに声を落として囁いた。


「ねぇ、でもやっぱり、アンナお姉さまはこういう粗暴な子がタイプだったりするのかしら?」


 誰かが放った言葉に、周囲のざわめきが一瞬静まる。そして皆が一様に息を飲み、佐紀が野次馬たちを睨みつけた瞬間、司会進行を務める生徒会役員が会場に現れたため、その話は打ち切られた。


 いよいよパーティーが始まるという期待と興奮が会場を支配する中、生徒会長の片桐ハイネがマイクの前に立つ。


「みなさんごきげんよう。本日はよく集まってくれた。今日という良き日に皆さんとともにこの会を過ごせることを嬉しく思う。さて、例年ならここで開会の挨拶を行うところだが、あいにくと私には急用ができてしまった。よって、この会は私の代わりに役員の久留里瑠璃から紹介させて頂こうと思う。彼女はとても優秀な生徒会の一員であり、今回のイベントの進行も任せたから存分に交流して楽しんでくれ」


 それだけ言うと、ハイネは足早に舞台袖へ消えた。生徒たちから軽い不満の声が漏れたが、司会のアナウンスによりそれもすぐ止んだ。


「それではこれより、征華女子魔導高専新入生歓迎ダンスパーティーを始めるわ。まずは会長に代わってアタシが開会のあいさつを。堅苦しいことは抜きにして楽しく過ごしましょう」


 その言葉で、生徒たちの視線は壇上に上がった少女──久留里瑠璃へと向けられる。彼女は長く美しい黒髪で、その髪と同じくらい美しい黒いドレスを身にまとっており、生徒たちの一部からは思わずうっとりするような溜め息が聞こえた。


「瑠璃様、美人だしスタイルいいし。さすがは生徒会を陰で支える実力者……」


 火煉が感心したように目を細める。すると隣にいた真莉がそっと火煉の肘をつついて小声で注意を促した。


「見惚れている場合ではありませんわよ。わたくしたちも早くパートナーを見つけなくては」

「え? あーそうだね! そうだね! パートナーいないと踊れないもんね!」


 火煉は慌てたように手をパタパタと振った。確かに、ただ眺めていただけではパーティーに参加できない。真莉は「そうですわ」と言って微笑むと、すこし離れたところにいる紫陽花の方を見て言った。


「ねえ、あなたはどうなさるの?」


 突然水を向けられた紫陽花はきょとんとした表情を見せる。


「何が?」

「もちろんダンスのお相手ですよ。まさかお一人で過ごすわけにもいかないでしょう?」

「さかまきくらいのレベルになると、踊りたい人が向こうから声掛けてくるようになるの」

「またそのようなことを言う……。そんな都合の良いことが何度も起こるはずないでしょう」


 真莉が苦笑する。だがそのとき


「逆巻紫陽花さん」


 凛と響く透き通った声が、会場の一角で発せられた。見ると、声の主は、まるで夜闇のような漆黒のロングヘアを風に靡かせる、白銀の仮面を被った人物だった。仮面は西洋風でどこか不気味さを醸し出しているが、同時に彼女の美しさをより際立たせているようでもある。佐紀たちは彼女が何者か分かっていたが、その異様な姿に他の少女たちは驚きのあまり言葉を無くしていた。

 そんな周りの様子を気に留めることなく、その人物はゆっくりと紫陽花の目の前まで歩み寄ると、右手を差し出して告げる。


「一曲、お付き合いいただけませんか?」


 紫陽花は一瞬ぽかんとしたが、すぐに笑顔を見せて答えた。


「よろこんで」


 そう言って差し出された手に自分の手を重ねる。周囲から羨望と嫉妬の入り混じった歓声があがった。

 その様子を見ていた火煉は「ああ、やっぱりこうなったかぁ」と肩をすくめていたが、すぐに思い直して自分もダンスの相手を探そうと決意した。


 早速飽きてきた佐紀は、ルームメイトたちが散った隙に会場を後にしようとしたのだが、出口の扉の前に辿りついた時に誰かに声をかけられた。

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