Act.21 封印紋(佐紀)

 ❀.*・゜



 その後倒れた紫陽花の治療をして、翌日の放課後にまた集まることを約束して、瑞希は神田班と大黒班の面々を解散させた。大黒班の1年生は皆疲れ果てていたのか、無言で寮に戻るや否や、自室のベッドにダイブしたのだが……。


「……にしても、あの神田班相手にタイマンで2勝取れたのは大きいよね」

「まあ、運が良かったのもありますが……」


 火煉と真莉がベッドに横たわった状態で言葉を交わす。

 確かに、火煉の言うとおり1年生の班が3年生の班と当たって2勝取れた──というのは大きな成果とも言えるが、単に相性が良かっただけの可能性もある。例えば、火煉の相手が真っ向勝負をしてくるかなでではなく、防御に特化したみやこだった場合、火煉が押し切れるかは怪しいし、強力な固有魔法を持つ真莉も3年生で有数の実力者であるアンナに勝てるかと言われると、微妙な所があるだろう。



「くっそ〜! さかまきがもっと頑張っていれば勝ち越せてたのにぃ」

「しよちゃんもよく頑張ってたよ? あの攻撃はみやこお姉様じゃないと防ぎきれなかったと思う」

「そうです。それに重要なのは勝ち負けではありません。お姉さま方はあくまでも私たちを指導するために模擬戦をしてくださったのですから。向こうも恐らく本気で戦っていないと思いますよ」


 悔しそうな声を出す紫陽花を、火煉と莉々亜が慰めた。が、佐紀は模擬戦での違和感を感じていて、それを紫陽花にぶつけてみた。


「そういえばボケナスお前、まだ全力の半分くらいしか出してなかっただろ? ……なんでだ?」

「えっ、えっとそれは……」

「話したくないならいい。班員とはいえ対抗戦では競い合う者同士なんだ。手の内を明かしたくないんだろ?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……話せば長くなるというか……」


 佐紀は紫陽花が何度か暴発した際に感じた魔力量と、先程の模擬戦で見せた魔力が釣り合っていないことを不思議に思っていた。彼女が本気を出せば、恐らく神田班が束になっても敵わないほど一方的に蹂躙できる。──それこそ、真莉の『アンチフィールド』や『エナジードレイン』でもない限りは紫陽花を止めることはできないだろうと思っていたのだが、それをしなかったということは、何かできない理由やリスクがあるに違いない。佐紀はそう踏んでいた。

 それに、なにより佐紀は純粋に強さというものに興味があった。


「話してみろよ。皆気になるだろ?」


 佐紀の問いかけに、真莉、火煉、莉々亜の3人が頷いた。


「確かに、わたくし紫陽花さんのことほとんど何も知りませんわね。班長として、班員の強みや弱点は把握しておくべきですわ」

「わたしも、しよちゃんのこともっと知りたい!」

「興味が無いと言うと嘘になりますが……別に無理して話すことはないですよ?」



 4人の視線を一斉に浴びた紫陽花は、居心地悪そうにもじもじとしていたが、やがて口を開いた。


「実は……さかまきは、闇属性魔法を第8階梯まで使えるの……」

「そういえば入学試験の時になんか教官が騒いでいましたわね」

「うん、あれは本当で、本気を出せば第8階梯の闇が使える。……でも、まださかまきは魔導士として未熟だから扱いきれなくて……暴走するの」

「なるほどですわね」


 紫陽花の話に、真莉が上手く相づちを打っているので、彼女は少し話しやすいようだ。紫陽花はベッドから降りると、窓際に立ってカーテンを閉めた。


「みんなに見てもらいたいものがあるの。他の人にはヒミツ。……いい?」

「……ええ、わかりましたわ」


 真莉が答え、他の3人もゆっくりと頷いた。「ありがと」と呟いた紫陽花はおもむろに着ていたジャージを脱ぎ始めた。


「は? いったい何を……?」

「しーっ!」


 気でも狂ったのかと慌て始める莉々亜を真莉が制する。露わになった紫陽花の雪のように白い下腹部には異変があった。佐紀は思わず息を飲んだ。

 紫陽花が白いショーツをずらすと『ソレ』は全貌ぜんぼうを現した。白い肌にまるで血のような赤い奇怪な模様のようなものが浮かび上がっている。それはぼんやりと光を放ち、紫陽花の呼吸に合わせて微妙に脈打っているようにも見える。



「『封印紋』というやつですわね」

「知ってるの?」


 紫陽花の問いかけに、真莉は「ええ」と答えた。


「アステリオンでは魔力の流れを操作するために、丹田に性器を象った紋を入れる風習のある民族がいると聞いたことがありますわ。封印紋もその一種で、魔力の流れを絶ち対象の魔力暴走を防ぐ意味合いがあると……」

「そういえば私も聞いたことがあります。でも、その封印を施せる魔導士はアステリオン出身の限られた魔導士だったはず……」

「うん。小さい頃に強力な魔力に目覚めたさかまきは、政府機関に預けられてそこで魔力を封印されたの。──立派な魔導士として成長して、この力を使いこなせるようになるまではね」


 そう言って、紫陽花は自分の下腹部に手を当てた。火煉が「それ、痛くないの?」と尋ねると、彼女は「今はへーき」と答えた。


「で、さっき飲んでた薬がその力を部分的に解放するための薬ってことだな?」

「せーかい! よくわかったねっ」


 佐紀の言葉に、紫陽花はショーツを履き直して手を叩いた。


「イメージとしては、1つ飲むと1階梯魔力が解放される感じかな。あまり飲むと幻覚とか見えてくるからどんなに頑張っても今は4つまで。でも、これからお薬の耐性も高めていくつもりだよ」


 ジャージを身につけた紫陽花は「これで私の説明はおしまい」とばかりに首を傾げて班員の反応をうかがっていた。すると、真莉が恐る恐る口を開いた。


「では、あなたは本来わたくしたちの誰よりも強いのですわね?」

「まあ、第8階梯まで使える魔導士はほとんどいないらしいからね。でも、ここでさかまきが真莉ちゃんと戦っても勝てないよ? 今のさかまきにとって、全力を出すということは死ぬということか、暴走して戻れなくなるか、どっちかだから……」

「……」

「だからね。みんなにお願いなんだけど、もしさかまきが暴走して戻れなくなったら……その時はためらわずに殺してほしい」


「……しよちゃん」


 火煉が悲痛な声で呟いた。それだけではなく、皆暗い表情をしている。仲間に「もしものことがあったら殺してほしい」なんて頼まれたのだから無理もないだろう。大黒班の面々にとってもちろん紫陽花はかけがえのない存在であって、そう簡単に切り捨てられるようなものでもなかった。

 だから、皆に代わって佐紀が答えることにした。


「わかった。そん時はオレが責任を持ってお前を殺す。約束する」

「ありがとう佐紀ちゃん……」


 佐紀だって別に仲間を殺したい訳ではない。けれど、辛くて誰もやらないような憎まれ役を演じてやるのも自分しかいないと思っていた。なによりも大切だった両親を失ってしまった佐紀にとって、その他の存在にあまり関心はない。その点においては、仲間が暴走した時に適切な判断ができると思っていたし、チームの和なるものを重んじる莉々亜や仲間思いの火煉にはできないことができるという自負もあった。



「無理をして薬を飲みすぎなければ暴走する危険はないのでしょう? だったら、紫陽花さんが無理しなくてもいいように頑張るのもわたくしたち班員の仕事ですわね」

「そ、そうだね! わたしも頑張るっ!」

「私も微力ながら力になりますよ」

「み、みんな……」


 真莉と火煉と莉々亜の3人は、感極まって泣き出してしまった紫陽花に寄り添って慰める。佐紀はその様子をぼんやりと眺めていた。


(制約のある強さってのも考えものだな……その点、アンナとかいう先輩の強さは『ホンモノ』だった。あの人は……基礎から身体を鍛えて魔力を操っている)


 佐紀の興味の対象は既にアンナになっていた。そして、アンナが佐紀に感じたように、佐紀もアンナに対してどこか自分に似たようなものを感じていたのも事実だった。


(やはり基礎練。これしかないのか……。まだあの先輩のことはよく分からないな。もっと先輩のことが知りたい)


 彼女のことを知りたいのであれば、近くにいるのが良い。そのためには姉妹になるのが一番だし、向こうも話を持ちかけてきている。普通に考えれば絶好の機会だが、一匹狼の佐紀はどうしても他人と群れるということに対して抵抗を覚えてしまう。手取り足取り指導されるのが嫌いというのもあるが、他人の存在によって自分の行動に制限がかけられてしまうというのもあるのだろう。


(とりあえず、また折を見て話しかけてみるか……)


 などと考えていると、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。「はーい」と返事をして莉々亜が扉へ向かう。まだ入学して間もない1年生の部屋へ来客なんて珍しい。一体誰がなんのために……と訝る一同を前に、莉々亜が開いた扉からは何やら両手に大きな紙袋を持ったアンナが現れた。

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