Act.11 序列(佐紀)

 佐紀達が人だかりをかき分けながら近づいていくと、掲示板の前にいる莉々亜の姿が見えた。彼女は誰かを探しているかのようにキョロキョロしている。


「お、いたいた。りりちゃ〜ん!」


 火煉が声をかけると、莉々亜がこちらに気付いた。


「火煉さん! それにみなさん!」


 莉々亜はらしくもなく嬉しそうな表情を浮かべると、小走りで駆け寄ってきた。


「どうしたんですか? こんなところで」

「それがね──」


 火煉は佐紀を指差して言った。


「この子が姉妹に興味ないって言って、1人でどこかに行っちゃおうとするから〜」

「ははは……」


 火煉の言葉に佐紀は苦笑いするしかなかった。


「あらら、それは残念ですね。強くなりたい癖に、強い上級生に興味がないのですか?矛盾していますね」


 莉々亜は呆れたように溜息をつく。


「うっ……うるせぇ。お前にだけは言われたくねぇ」

「ふぅ……まあいいでしょう。とりあえず皆さん、掲示板を見てください」


 莉々亜に促されて、一同は掲示板に目を移す。掲示板には模造紙大の紙が2枚、デカデカと貼り付けられており、左上から順にズラリと300位までの序列が大きめの文字で書かれていた。

 真莉の言うとおり、序列第5位には生徒会長である片桐ハイネの名前もある。


「さすがに上位は5年生や4年生の方々が占めていますが、20位代からちらほらと3年生のお名前もありますね」

「で、りりちゃんのお目当ての先輩って?」


 火煉に尋ねられ、莉々亜は「よくぞ聞いてくれた」とばかりに胸を張った。


「もちろん、序列23位のアンナ=カトリーン・フェルトマイアー先輩です!」

「あぁ、あの金髪の……聞いたことある!」


 火煉は納得したように呟く。


「そういえば、去年は2年生の中でトップクラスの魔物撃破数だったみたいだね。わたしもまだ会ったことはないけど」

「へぇ〜。じゃあ今3年生なんだよね?」


 紫陽花はそう言いながら、莉々亜の顔を覗き込む。


「え、あぁはい。もちろんです。ほら、ちゃんとあそこにお名前があって、学年も書いてあるでしょう?」

「おぉ、じゃあ決まりかなー?」

「そうですね。私がお世話できるなんて光栄なことです」


 莉々亜は恍惚こうこつとした顔でそう言うが、火煉はどこか冷めた表情だった。


「でもさぁ、りりちゃん。そんなに強いなら、引く手あまたでしょ? もう他の子と姉妹組んでるんじゃない?」

「……あっ」


 莉々亜の顔がみるみると青ざめる。彼女は悔しげな表情で拳を握りしめて震えていたが、すぐに何か思いついたのか、パッと笑顔になった。


「いいえ、まだ諦めるのは早いです! 本人に直接お会いして私の熱意を伝えれば……」

「いや、申し訳ないけど多分難しいと思うよ」


 火煉が答えると、莉々亜はムッとして反論する。


「なぜですか!? 私は母も祖母も有名な魔導士で、血統はこれ以上ないほどよく、才能も溢れているはず! きっと私の方がお姉様にふさわしいです!」

「もう『お姉様』って呼んじゃってるし、気が早すぎぃ」

「ぐぬっ……」


 莉々亜は恥ずかしくなったのか、頬を赤らめながら黙ってしまった。


「まあまあ。とりあえずその人に会いに行ってみようよ。話せばわかってくれるかもだし、ダメ元でさ」


 紫陽花が優しく声をかけると、莉々亜は少し落ち着きを取り戻したようだ。


「は、はい。ありがとうございます、紫陽花さん。では早速行って参ります!」


 莉々亜は踵を返すと、「待っていてください、お姉さま!」と言いながら走り去っていった。


「あちゃ〜。行っちゃったね」

「まあ、りりちゃんらしいと言えばそうなんだけどね」


 火煉は呆れながらもどこか微笑ましそうだ。


「ところで、火煉ちゃんは姉妹どうするの?」


 紫陽花の問いかけに、火煉は腕を組んで悩むような仕草を見せた。と同時に周囲がワッと湧く。


「あれは、セレーナさん!?」

「セレーナさんだ!」

「セレーナさん! 私と姉妹を組んでください!」

「キャー!」

「えっ、えっ、ちょ、ちょっとま……タンマタンマ!」


 たまたま通りかかったであろう煌びやかな金髪の上級生に新入生が我先にと群がる。その勢いたるや、肉に食いつくピラニアのようで、佐紀は空いた口が塞がらなくなった。


「まあこんな感じで、強襲科Aクラスのアンナ様、セレーナ様、莉奈様あたりは人気すぎてどうしようもないだろうから、わたしは搦手からめてから行くつもり」

「なるほど、さかまきもそうしようかな。佐紀ちゃんは?」

「オレはやっぱりパス。バカバカしくて付き合ってらんねぇ」

「そっかぁ。じゃあ、わたしたちはいくね〜」

「ああ、じゃあオレは一足先に寮に戻っておくわ」

「また後で!」


 2人と軽く挨拶を交わした後、佐紀は2人とは別の方向へ歩き出した。



 佐紀が見学がてら校舎の中を歩き回っていると


「おーい、新入せ~い!」


 と声をかけられた。のんびりとした声だった。佐紀が振り返ると声の主は白衣のようなものを身につけたお団子でおさげの、妙な雰囲気の上級生だった。


「何でオレが新入生ってわかるんだよ」


 佐紀いぶかしむのも無理はなかった。佐紀は平均的な女性の身長を上回る背丈に、程よく焼けた筋肉質の体。そしていかにも戦慣れしている、というオーラまで放たれている。多分何も知らない人が見たら征華のエリート5年生だと勘違いするのではないだろうか。


「あっ、それはさっき掲示板の前で見かけたからだね。あんなところに群れてるのは新入生だけだけど、君結構目立つし。ところで新入生、強そうだしあたしの姉妹になってよ!」


 と、白衣の上級生はずいぶんこともなげに声をかけた目的を明かした。

 しかし。


「オレに群れる趣味はねえんだ」


 佐紀はいともあっさりとはねのけた。こんないかにも怪しい上級生に姉妹になれと言われても、警戒心が募るだけだ。が、白衣の上級生はなおも食い下がる。


「むーん、このいけずー。じゃ、名前だけでも教えてよ。見た感じ今後お世話になるかもだし。あたし戦闘面いまいちだからねえ」

「……井川佐紀だ」


 さっさと離れろ、といわんばかりの口調であった。しかし白衣の上級生は笑みを絶やさなかった。それが少し不気味でもあった。


「つれないなあ佐紀ちゃん……ほいじゃあお近づきのしるしにあたし特製の特濃ポーションいかが?」


 そう言ってすっと小瓶を出す。しかし佐紀も怪訝な顔をする。あたり前だ。得体の知れない物体を出会って数分の人間に渡されたのだから、毒でも入っているのではないかと心配になる。


「毒なんて入ってないからさあ、受け取ってよお」


 哀願するような声で白衣の上級生はあがいた。佐紀の顔はますます険しくなっている。並みの生徒なら先輩にこうまでされたらいやだとは言えないだろう。まして、死と隣合わせの征華女子で、しかも回復には重要なポーションであればなおさらだ。


(オレはキッパリと断ったはずなのに、何が目的だ……)


 佐紀はいぶかったが、ひとまず差し出されたポーションとやらを受け取ることにした。


「ほぉ……」


 佐紀が特濃ポーションの瓶をとってしげしげと眺める。その瞬間、白衣の上級生がニヤリと意味深な笑いを浮かべた気もしたが、佐紀は気づかないフリをした。


「もらって、いいのか?」


 顔から険しさが完全に消えたわけではないものの、佐紀の目は明らかに特濃ポーションをもらう気になっているのが口先だけではないことを告げていた。


「じゃなかったら最初っから渡さないよ」

「ふうん……」


 それに対する佐紀の答えはいまいちはっきりしないものだった。


「で、さあ」


 おさげを左右に激しく震わせるようにして白衣の上級生はいう。


「姉妹の件、考えてくれないかな。こういうのもっといっぱい作ってあげられるけど……」

「それは別にいい」

「なーんでさあー」

「……いまいち、お前のことが、信頼できない」


 という言葉を残して佐紀は寮へ帰っていった。

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