Act.3 班の意味(アンナ)
「あれ、玲果ってヘリ運転できたんだっけ?」
「いんや、さすがのあたしでもそれは無理」
「じゃあ……」
かなでが
「征華3年生で1、2位を争うという神田班の実力、特等席から見物させていただきますよ」
「あら、ミス・ジェイド。いつの間に?」
「
「なるほど、教官なら当然ヘリコプターくらいは運転できますか」
「いいえ、私は軍で訓練を受けましたので特別に……魔導高専では工廠科でも通常兵器の扱い方は学びませんよ?」
学年が3年に上がり、担当教官がミス・ジェイドになってからまだ日が浅い。アンナもかなでもまだこのミステリアスな教官のことがよく分かっていなかった。だがそれはミス・ジェイドも同じだった。彼女も彼女で、座学の授業中はとても真面目な生徒とは言えないアンナとかなでたちの本領を見てみたかったのだ。
先程、教室前でのやり取りもあって、ミス・ジェイドとアンナは意味ありげな視線を交わしあい、揃って微笑を浮かべた。その様子を見ていたかなでと玲果は意図を理解できずに首を傾げたが、その時再び扉が開いて二人の少女が現れた。
茶髪ミディアムショートの少女は手に丸めて筒のようにした大きな紙を持ち、黒髪ロングの少女は背中に大きな荷物を背負っている。
「おー、瑞希にみやこ! 待ってたよー」
「ごめん、状況の伝達を受けてたら遅くなった!」
「あたしは荷物をまとめてて……」
「あははっ、相変わらずみやこは大荷物だなぁ」
かなでが愉快そうに笑うと、瑞希はその場にいたメンバーを見渡して班員が揃っていることを確認する。そして、手に持っていた紙を素早く地面に広げた。それは大きな地図だった。
折りたたみ式の指し棒のようなものを伸ばした瑞希は、地図の一点を指す。そこには赤いペンのようなものでグルグルと丸い印がつけてあった。
「簡単に作戦を説明するね。──今回魔物が現れたのはココ」
「山の中かぁ……前線からはだいぶ離れてるね」
「珍しいですわね。いったいどうやって……」
かなでとアンナが眉をひそめると、瑞希は苦笑した。
「わたしにも分からない。でも実際にそこに出たの」
「数は?」
「哨戒班の情報だと、中型の魔物が5体、小型が約1000体だって」
「そりゃあまた多いね。前線から離れたところにどうやってそんな数の魔物が? まさか飛んできたなんて言わないわよねぇ?」
「だーかーらー、わたしが聞いてきたのはそこに魔物が出たって事実だけなの。でたからには倒さなきゃでしょ?」
瑞希に不思議そうな様子で尋ねた玲果も、少し苛立たしげな反論を受けて黙って肩を竦めて先を促した。
「違いないですわ。とりあえず魔物をぶっ飛ばす。考えるのは後からでもいいですわ」
「よーし、じゃあ作戦を教えて班長!」
「そうそう、アンナとかなでは物わかりがいいから好きだよ」
「それは単に脳筋だからでは……?」
みやこがボソッと呟いたのを聞こえなかったことにして、瑞希は地図の別の地点を示しながら再び説明を始める。
「すでに現場には待機中だった小松班、西川班、ラティア班、城田班以下3年生主力の20班が被害拡大防止マニュアル
「岩場かぁ、確かに罠を仕掛けるにはうってつけかも」
瑞希の髪を愛おしそうに撫でながらうんうんと頷くみやこ。しかし、その隣でアンナの表情が曇った。
「ちょっと待ってくださいまし! 魔物の出現地点と誘い込む地点との間に集落がありますわ!? 避難誘導は済んでますの?」
瑞希は黙って首を横に振った。
「急な襲撃だったから……それに、出現地点と集落の距離が近すぎる。一応各班には、要救助者がいれば最優先で保護するように伝えてはいるみたいだけれど、魔物が真っ先に集落に向かっていたら間に合わないでしょうね……」
「そんな……! こうしているうちにも魔物は集落の人々を一人一人殺しているかもしれないんですのよ!?
「勝手な行動は認めないよアンナ!」
「瑞希さんは助けられるかもしれない人たちを見捨てろとおっしゃるのですか!」
「そんなことは言ってない! ただ、アンナが勝手なことすると作戦が上手くいかないの! わたしたちの班にも犠牲が出るかもしれないし、魔物が包囲網から逃げ出したらまたさらに被害が増えるの!」
「命の価値に重いも軽いもありませんわ! ななお姉さまだったら、一人でも集落へ向かうはずです!」
「だから──」
「そこまでです!」
アンナと瑞希が顔を突合せて言い争っていると、様子を見ていたミス・ジェイドがその間に割って入った。
「早速
「……っ!」
瑞希に軽く苦言を呈したミス・ジェイドはすぐさまアンナの方を振り返り、詰め寄る。
「アンナ=カトリーン・フェルトマイアーさん。あなた班の意味を理解してます? どんなに強力な魔導士でも得意と苦手がある。それを補って助け合うのが班なのです。……1年生の早い時期に座学で習うはずですが」
「まあ、アンナは座学ほとんど聞いてないからねー」
「……」
「ごめん」
苦笑いを浮かべたかなでは、瑞希から「そういうコメントする場面じゃないでしょ」みたいな視線を向けられて反射的に謝った。ミス・ジェイドはなおも続ける。
「独断専行する魔導士はすぐに死にます。あなたが今まで生き残ってこれたのはただ単に“運が良かった”からに他なりません」
「しかし、助けられるかもしれない人を見捨てるのは……!」
「それで、助けられる“かもしれない”命よりも遥かに大勢の人を危険に晒すとしても?」
「……」
「それに……」
口調に怒気を含んでいるものの、相変わらず無表情なミス・ジェイドは、黒い手袋をつけた指でアンナの
「私は各務原ななかという魔導士をよく知っていますが、彼女は独断専行をして無謀に突撃するような馬鹿な魔導士では断じてありません。無謀と勇気を履き違えないでください」
「っ! ……申し訳ありません瑞希さん。わたくし、どうかしてましたわ」
しおらしく肩を落としたアンナ。息をついた瑞希はミス・ジェイドに軽く頭を下げる。
「助かりました教官」
「いえ、私も魔導高専にいた頃には独断専行する班員によく手を焼いたものです」
「あ、あはは」
「さあ、時間を無駄にしてしまいました。さっさと出発しましょう。私はヘリコプターの操縦がありますから戦闘の手助けはできませんので悪しからず」
「もちろん、神田班はずっとこの5人でやってきましたから大丈夫です」
ミス・ジェイドと神田班の5人は次々とヘリコプターに乗り込み、すぐにヘリコプターは飛び立った。そしてそのまま真っ直ぐに、征華から北側の山の方へ向けて飛んでいく。
しばらくすると、進行方向前方の山中に
やがて、黒い影のような魔物の姿が視認できるようになってきた。報告のとおり、体長10メートル程度の中型の魔物が何体か見受けられ、小型の魔物は数えきれないほどうごめいているのが分かる。
「ねぇ、集落が……」
「……」
かなでが指をさした先では、魔物の一団が小さな集落を踏み潰しているのが見えた。アンナはやりきれない思いで唇を噛み、両手で強く握りこぶしを作った。
「絶対にここで食い止めよう! ──いくよ!」
瑞希の合図にアンナ、かなで、みやこ、玲果がそれぞれ頷くと、飛行中のヘリコプターからタイミングを合わせて飛び降りた。
「風よ吹け! ふわふわ浮かべ! ビュンビュンふわっふわのふわらいど! お空のショーへごあんなーい!」
そう叫びながら身体がすっぽり隠れるような大盾を展開したのはみやこ。風魔法を受けた大盾はそのまま空中に浮かび始め、その上に器用に着地した5人を乗せてゆっくりと真下の岩場に向けて下降を始める。
玲果が感心した様子で腕を組む。
「相変わらず便利よねー。みやこの風魔法」
「まあ、これからがあたしの本領発揮だよっと!」
辺りが見渡せる一番高い岩の上に着地したみやこは、大盾を魔物の方向に向けるようにして地面に突き刺すと、高らかに叫んだ。
「
大盾が光り輝き、そこから広がった魔力の線が岩場全体を包んでいき、ゆっくりと消える。みやこの固有魔法は魔力の遠隔操作。このように、一定のフィールドを支配下に置き、自由に操ることができる。フィールドのどこからでも魔法を放つことができ、彼女の土魔法と合わせれば地形の変化までお手のもの。まさにみやこの膨大な魔力量だからこそなせる技だと言える。彼女が工廠科ではなく強襲科に所属していたら、間違いなくシングルナンバー候補に名乗りを上げていただろう。
みやこは盾を構えながら不敵に笑った。
「さーあ、どこからでもかかっておいで、魔物ちゃん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます