Act.0-2 入学試験(佐紀)
井川佐紀は魔力に恵まれない家系に生まれた。
魔王に対抗するために魔法に目覚めた人類の中にあって、両親もそのまた両親もほとんど魔法を使えなかった。そしてそれは、周囲からの
小学校、中学校と彼女に対する嫌がらせはエスカレートしていき、ついにはいじめのようなものも起こった。とはいえ、皆が団結して魔王に立ち向かっている中で魔力を持たないものを蔑視する傾向は社会全体に及んでいたので、学校も教育委員会もまともに動いてくれない。
佐紀が傷ついて帰る度に、両親は彼女を抱きしめて謝った。「こんな家に産んでしまってごめんね」「強く育ててあげられなくてごめんね」と。その様子を見て佐紀は決意した。
──誰の助けも借りずに生きてやる
佐紀は元々群れるのは嫌いだった。でも、周囲への自分に対する反応が彼女の心を閉ざした。否、自分だけならまだいい、矛先が家族に向くのが耐えられなかった。バカにされるくらいなら最初から周囲との関わりを絶って生きていく。そのためには自分が強くなるしかない。
気づいたら佐紀は誰よりも強くなりたいと思うようになった。
佐紀の祈りが天に届いたのか、いつものようにクラスメイトから囲まれて罵詈雑言を投げつけられるという嫌がらせを受けている最中、突如として彼女に魔力が宿った。それも、全属性の中でも特に強力とされている闇と雷の魔力。そして更には『重力操作』という固有魔法までも発現した。
佐紀はただ、もう自分に構わずに放っておいてほしいと思っただけなのだが、彼女を取り囲んでいたクラスメイトは強力な重力によって自由を奪われ、見下していた相手に対して膝をつかざるを得なくなった。佐紀はすぐに魔法を解除したが、よほどの屈辱だったのかそれとも敵わないと思ったのか、それ以降嫌がらせはピタッと止んだ。
両親は喜んだ。魔力に恵まれない自分たちの娘に強力な魔力が宿ったこともそうだが、佐紀がもういじめられなくなったということが大きいだろう。
だが佐紀はそれでは満足しなかった。実際彼女より優れた魔力を有する人間はごまんといる。今回は相手が大したことなかったが、もしそういう奴らが相手になったら自分の身や家族を守れない。そう思った彼女は更なる強さを求めて魔導高専への進学を決めた。
両親は最初は娘の身を案じて引き止めたものの、彼女の決意が固いことを知ると背中を押してくれた。
そして、佐紀が16歳の春。
プラチナブロンドのウルフボブに、ナメられないようにピンク色のメッシュを入れた佐紀は、征華女子魔導高専の入学試験会場を訪れていた。
自宅から最も近い高専を選んだはずなのだが、魔王が生み出した魔物によって交通網が寸断されていたこともあり、佐紀が征華に到着したのは試験開始ギリギリの時間だった。
魔物に対する前衛基地の役目を担う征華は周囲を高い壁に囲われ、一見すると要塞のように堅牢な造りで、学校には見えない。その壁に開けられた小さな入口をくぐると、巨大な門と立派な校舎が目の前にそびえていた。
(……ここが、征華女子魔導高専)
ごくりと唾を飲み込んだ佐紀。しかしこんなところでビビっていられないと思い直し、試験が行われる体育館へと向かった。
魔導高専の入学試験は実にシンプルだ。まずは一次試験として個人の魔力のポテンシャルを測定し、その後場所を校庭に移して実戦形式のスパーリングが行われる。魔法の才能だけでなく身体能力や応用力までもが試される。その他に、魔法に関する知識や武器となる魔具の製作で著しい能力がある者に対する推薦制度もあるらしいが、ただ強さを求める佐紀にとってはどうでもよかった。
体育館の入口に立っていた人物に必要書類を手渡し、代わりにプラスチック製の番号札のようなものを手渡されて体育館に入る。中は驚くほどに広く、壁や天井にはところどころ焦げ目がついていたり穴が空いていたりしており、試験──というより、普段そこで行われているであろう訓練の
そしてなによりも佐紀の興味を引いたのが、体育館の端で行儀よく座って試験開始を待っている受験生の一団。一見大人しそうに見えるが、小さく話し声も聴こえる。もうすでに内心は静かなる闘志を燃やしてバチバチとやり合っているに違いない。
(魔導高専の受験だけあって、流石に強そうな奴らばかりだな……)
受験生たちの最後尾付近に腰を下ろした佐紀は、すぐ隣に座っていた少女に声を掛けられた。
「こんにちは!」
「あぁ?」
話しかけるなオーラを出していたにもかかわらず話しかけられてしまったことに戸惑った佐紀はつい威圧するような反応をしてしまった。相手は少し驚いたようだったが、気にせずに声をかけてくる。
「お互い頑張ろうね!」
「え、あぁうん……は?」
「えっ、だから試験! 頑張ってみんなで合格しちゃおう!」
「みんな合格するわけないだろ。それ試験の意味ないじゃねぇか……」
佐紀は珍しいものを見るように相手の顔をしげしげと眺めた。くりくりとした人懐っこい瞳が特徴の小柄な少女だ。紅い髪を長めのツインテールに結って、にこにこと微笑む姿は無邪気で、佐紀はついつい語気を弱めてしまう。
「みんなで合格できたらいいなーって話だよ。要は気持ちの問題。──わたし、
馴れ馴れしく右手を差し出してくる火煉。佐紀は黙って火煉の手と顔を交互に眺めていた。
「あなたのお名前はー?」
「なんでお前に言う必要がある?」
「だって、入学したらクラスメイトになるかもじゃない?」
「合格したら考えろそういうことは……とにかくオレは誰かと馴れ合うつもりはねぇから」
冷たくあしらったつもりだったが、火煉はどうやら別の意味ととったらしい。素早く佐紀の左手を両手で包み込むように握ると、しっかりと目を見すえながらこんなことを口にした。
「緊張してるんだね? 大丈夫! なんとかなるよ!」
「はぁ?」
「大丈夫! わたしもめちゃくちゃ緊張してるから! 喋ってないとどうにかなっちゃいそう!」
火煉の手から小刻みな震えが伝わってきて、佐紀は
(だったら名前教えても問題ないか……)
「……佐紀」
「えっ?」
「オレの名前。聞きたかったんだろ? どうせすぐ会わなくなるだろうから教えといてやる」
「佐紀ちゃん! 一緒に頑張ろうね佐紀ちゃん!」
すると、火煉はらんらんと目を輝かせ、佐紀に抱きつかんばかりの勢いで擦り寄ってきた。
「おい、くっつくな気持ち悪い」
「えへへっ、嬉しいな〜」
「うるせぇ黙れ」
佐紀が火煉を無理やり引き剥がしにかかった時、体育館の前方に設置された舞台の上に一人の女性教官が現れた。なぜ教官か分かったかというと、腕に腕章をつけていたからだ。短めの髪を揺らしながら舞台の中央付近にやってきた教官は、鋭い目で受験生立ちを睨みつけると雷のような声で一喝した。
「ピーチクパーチクうるせぇぞ!」
それだけで、ザワついていた受験生は水を打ったように静まりかえった。佐紀も少し気圧されてしまった。隣の火煉は言わずもがな、佐紀の腕にしがみつくようにして震えている。
「いいか、一回しか言わねぇから耳ん穴かっぽじってよく聞けよ。──てめぇらにはまず、魔力測定を行ってもらう。順番にこの器具を利き腕につけて30秒大人しくしてろ。分かったか?」
と言いながら舞台上になにやら血圧計のような装置を並べていく教官。その様は異様で誰も口を開けなかった。
「分かったかってきいてるんだよ返事しろやボケ! 礼儀がなってねぇなぁ!」
「は、はい……!」
教官が再び怒鳴ると、ビビった受験生たちがポツポツと返事を返す。完全に場の空気は舞台上の教官が支配していた。きっと名のある魔導士なのだろうが、佐紀には興味がなかった。
「ね、ねぇ佐紀ちゃん……あれ……」
「あ?」
佐紀の服の袖をちょんちょんと摘んだ火煉が指を指した先を見ると、体育館の2階に観覧席のようなものがあり、そこに上級生と思しき人影が何人も座っているのが見えた。中には偉そうに腕や脚を組んで見物客を気取っている者もいる。
「多分、
「チッ、高みの見物ってか。気に入らねぇ」
姉妹だかなんだか知らないが、上級生たちの上から目線な態度に腹を立てた佐紀は、火煉の手を振り払い、器具の前に形成されつつある列に並んだ。
「ちょっと、佐紀ちゃん待って!」
「もうついてくんなよ。いい加減鬱陶しいんだよ」
なおもついてこようとする火煉を身振り手振りも混じえて強引に追い払うと、やっと厄介払いができたとばかりにホッと一息つく。
(まあ、どちらにせよオレは姉妹なんか作る気はねぇからな)
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