第七話 名隊の寮生活1 問題児の集まり


「俗に言う『』を集めた部隊だと思ってくれればいい」


 そう、笑顔で言う月桂は、優しそうに細まった赤茶色の瞳で、一人ひとりを見つめていく。



四守しもり はやとくん。武器は巨大な手裏剣のような珍しいものだよね、短距離戦闘だけでなく、中距離からの小刀を使った狙撃も素晴らしかった。実技の力強さと速さは群を抜いていたよ」


 ニコリと口だけを動かして話す月桂は、「でも」と赤茶色の瞳をキラリと光らせた。


「連携は大事だ。上の指示に従い、一人で突っ走ることはないようにね。あと、筆記試験が壊滅的だったから、勉強も頑張ろう」


 隼は筆記試験ではギリギリで、一〇人で連携陣を使って敵を倒す実技試験では、三〇人の敵役を一人で倒すという暴挙にでたらしい。


 日向はあとで詳しく話を聞こうと思いながら、隼へのなかなか興味深い評価を聞いていた。


「はい」


 月桂の言葉に、こくり、と首の後ろをさすりながら隼がうなずく。




「で、沖奈おきな 爽知そうしくん」


「はい」


 名前通りの爽やかな笑顔でほほ笑む沖奈に、月桂げっけいもほほ笑む。


 でも、日向はなんとなくわかってきた。月桂の眼は少しも笑っていない。

 ただ、目元にしわが寄って、細められているだけだ。


「双銃を用いた長・中距離戦闘を得意とし、援護射撃だけでなく、短距離での小道具を使った戦闘も興味深かった。今後の戦いに、きみは不可欠だ」


 沖奈、意外とすごい。


 日向がチラッと沖奈を見ると、沖奈は興味なさそうな顔でうなずいていた。




「きみの実技も筆記も、歴代の戦学制の中で抜群の好成績だった。で名隊員になれたのは、史上初だ」


「ありがとうございます」


「でも、名隊がじゃないことは忘れてはいけないよ」


 ん? 研究所?


「まず、名隊員として果たすべき義務を負うこと。研究はそれから」

 その言葉に、沖奈は真剣にうなずいて、右手を上げて身を乗り出す。


「では、日々の業務を終えた後ならば、好きに研究を行っても良いということでしょうか?」


「きみの果たすべき役割が終えられればね」

 その言葉に、沖奈はニカーッと満面の笑みで、勢いよくはいっと返事をした。


 ゾクゾクッ と何か嫌なものが背筋を伝った。


 何か、本当にだめなものを月桂は沖奈に与えた気がした。




「はい、それでは、朝日奈日向くん」


「はいっ!」


 慌てて意識を月桂に戻す。


 ぼく、試験受けてないし、ここじゃ名隊員として受け入れられるかも分からないって楓に言われたし……大丈夫かな?


「きみについて、特に黙秘する必要はないと上からは言われている」


 ドクッと胸が嫌に鳴った。


「きみに関する全責任は、名隊五番隊副隊長の桜屋敷楓が負っている。楓くんの一存で全てが決まると思ってくれればいい」


 以前に楓に話された通りだ。


 日向はうなずく。


 隼はよくわからないような表情で日向を見ている。



「その楓くんの所存で、五番隊では、きみを一隊員として扱うつもりだ」


 真面目な顔で話す月桂の目を見つめ返す。


「きみの存在自体、ここでは異例で、私達名隊長はきみの本・性・とその扱い方がわからない」


 日向はごくっとつばをのみこんだ。


「だから、これから共に任務をしていくなかで判断しようと思う。そのなかで、きみについてを生まないためにも、きみの存在は全名隊員に知らせている」


 やっぱり、秘密にしておくことはできないんだ。


 心の中で、小さくため息をついて、名隊での平和な生活に諦めをつけた。




「でも」


 月桂が今度は優しく微笑んだ。


「私は五番隊長だ。隊長は隊員を守り、導くことが仕事だ」


 日向は目を見張った。


「楓くんがきみを必要だと思っている間は、私はきみを仲間として共に戦いたいと思っている。ぜひ、きみの力を発揮して、存在意義をみせてくれ」


 その言葉に、日向は目頭を熱くして、背筋を伸ばして答えた。


「はいっ!」




 ここでは、ちゃんと朝日奈日向として、名隊員として扱ってもらえる。


 ここで頑張ろう!


 日向が机の下の拳をぎゅっと握って決意した。


 その日向を見る楓は、会議室に入ってきてから一度も表情を変えない。

 無表情のまま、冷たい眼でただ黙っている。



「あの、すみません、そいつ……日向は、結局なんなんですか?」

 隼が恐る恐る月桂に聞く。


「ああ、朝日奈くんには『死獅しし』の容疑がかかっているんだ」


「え?」

 気の抜けたような戸惑いの声に、月桂は苦笑する。


「関西州の死獅は、強い者ほど、を留めて日常に潜むからね」


 そう話す月桂の赤茶色の瞳は、ゾクッとするほど冷たかった。


「え、それって……」


「だから言っただろ? 『』の集まりだって」


 微笑む月桂は、手元の若葉色の羽織をつかむ。



「確認と注意はできた。あとは、きみたちが身を粉にして、空いた五番隊員の働きを上回ってくれればいい」


 さらりと大変なことを言って一人ずつに羽織を手渡す。


「朝日奈くん、周りの目に負けず、きみの価値を示してくれ、私は、使える者は使い倒す人間だからね」


 日向の手に羽織をおく、少しだけ触れた月桂の手は驚くほど熱かった。


「は、はい!」




「よし、ほかの五番隊員との顔合わせは明日にしよう。今日は寮の部屋の準備もあるだろう。実は、ほかの隊員も繰り上がってきたばかりの問題児隊員なんだ。いまごろバタバタ準備しているよ」


 そう言って笑う月桂は、気にするように天井を見上げる。




 五番隊員は二週間前の死獅との戦いで半分ほど人員が削られてしまった。


 これを機に、六番隊以降の隊員で、癖の強い問題児を集めて一つにまとめてしまおうという主旨で新しくできた部隊だ。




「ああ、言い忘れていた。五番隊は五〇名で編成されている。一班から五班で各一〇人で構成している。きみたちはまとめて指導したいから、楓くんの二班に入れておいた」


 楓が少し眉をひそめたけど、すぐに無表情に戻る。




「私は一班の班長、楓くんは二班の班長だ。班ごとに寮の部屋は並んでいる。今日から、班長の指示に従ってくれ」


「「「はい」」」


 三人の返事にうなずいて、月桂は席を立つ。


 左耳の黒いピアスがしゃらしゃらと小さく鳴った。


「名隊の給料は高いから、その分、死ぬほど、死んでも働いてもらうからね」


 税金、税金と呟きながら月桂は会議室を出ていった。





「明日、日曜の午前九時から、顔合わせと任務の説明を行います。一〇分前には訓練場に集合してください。その際、羽織、武器を所持してください」


 月桂を眼で追っていた三人に、義務的に話し、楓も席を立つ。


「服装の指定はありますか?」


 手を挙げて質問をする沖奈は、見るからに優等生だ。


「指定はありません。戦闘を踏まえた服装であり、常識の範囲内でしたら自由です」


「承知しました」  


「では、寮を案内します」


 すたすたと歩き出す楓に送れないよう、日向たちは急いで後を追う。





「ここが風呂場です」


 西棟の一階にある大浴場に案内される。


「広いですね」


 沖奈が呟く。


 日向にとって死活問題となる風呂場には、巨大な風呂が三種類ほどあり、身体を洗う場を含めてもかなりの広さがあった。


 きょろきょろと風呂場を見れば、脱衣所から風呂場とは違うもう一つの扉があった。


 そこを開くと、シャワーのみの個室が一〇室あった。ここでは脱衣も行えるようになっている。


 大きく胸をなでおろし、すぐにきりっとした顔を作って説明を聞く。




「東、中央、西棟のそれぞれに風呂場があります。時間帯は午後六時から十二時までとなっているので、守ってください」


その後、厠が各階にあること、管理人は一階の玄関前の部屋に常に二人はいることなど細かいことまで説明をしてくれる。




「食堂は、この中央の一階です」

 中央棟には食堂のみで出入りする以外は近寄らなさそうだ。

 ふむふむと、木の香りのする食堂に来て周りを見渡す。

 手入れの行き届いたきれいな広間に、長い机が並び、椅子が等間隔に置かれている。

 戦学の食堂と似ている。

 食堂の奥に、食事を受け取る場所が三つに分かれていた。


「毎食、三種類の中から料理を選べます。食券との交換制です。食券は毎月支給され、足りなくなったら管理人から追加で購入できます」

 毎月の食券の配布は、給料から引かれている、と。


 日向は頭の中でメモを残していく。


 実際にメモを取っていても、二度と見ないと思うので、忘れたらまた楓に聞こうと、頭に入らなくなった情報は流していく。




 木造和風建築の広い屋敷内を歩く。

 階段は廊下の端と端にある。


 最後に、四階の小部屋がずらっと並ぶ廊下についた。


「五番隊長は三階の大部屋、副隊長のわたしは四階の大部屋にいます」


 各階に隊長がいるなら安心だ。


「では、あと寮で分からないことがあれば管理人に確認してください。わたしの部屋はあそこなので、何か緊急連絡などがあればいらしてください」


 すごいよ楓、訛らずに話せたね!


 心の中で拍手をしていると、沖奈と隼が礼を言って自分の部屋へ向かった。




「あ、ねえ楓……さん。ぼくの部屋はどこですか?」


 沖奈と隼は既に自分の部屋を知っているようで、案内なく四階の最奥の部屋に入っていった。


「……こっちです」


 楓がしっかりと眉をひそめて案内をする。


 階段から少し離れた、一番大きな部屋の前で立ち止まった。


「あれ? ここって……」


 緊急連絡があるときに来る場所だよね?

 だって、ここは、だ。

 

 楓はくっきりと眉間にしわをつくると、鍵を開け、木でできた扉を横に滑らせて開く。

 木でできた襖みたいだ。



「え、えーっと……ここ、だよね?」


「お前もここや」


「…………」


 無言で楓と見つめ合う。


 う、うそでしょおぉぉぉっ!?



「な、な、なんでっ!?」


「とにかく入れ」


 目を丸くした日向は、一瞬で全てが凍るほどの冷たい眼を見つめて、諦めて中に入った。



 あぁ、司、ぼくの名隊生活は想像以上に、波乱万丈みたいだよ。


 心でそう告げて、日向は肩をがっくり下げた。



 背後でバンッと扉を閉め、鍵をかけると、楓はシャツの首元のボタンを外しながら、無表情だった顔にちょっとした感情 ―苛立ち― を追加した。



「五番隊は五〇人しか入れん、今回の編成でもぴったりの人数やった。そこで異例のお前が入った」


 関西州弁に戻った楓に、日向もつられて言葉を崩す。


「ぼく、受験が始まる前に入ることが決まったよね?」


「名隊員としてやなく、わたし個人の部下のような形で入れたんや」


 若葉色の羽織を壁際の衣桁にかけながら楓は話す。


 つまり、現在の五番隊には五〇一人が所属していることになる。二班が十一人だ。



「幸い、月桂はんは変人で有名や、あんさんにも給料は払うし、一隊員として扱うと約束してくれた」


 ハーフアップした桜銀色の髪にさしていた金色の簪を衣装棚に置くと、楓は前髪をかきあげた。

 左耳の市松模様のピアスが嫌に光って見える。


「あの人は、そう強くはないが、頭が切れる、人を動かすことに関しては人一倍長けとる。死ぬ気でついてこい」


 桜銀色の瞳が鋭く日向に刺さった。


 ぐっと息をのんで、それから、ふと不思議に思った。



「ねえ、なんで楓はそこまでしてくれるの?」


 楓はスッと表情を消して、口だけを動かす。


「わたしはあんさんも死獅も嫌いや。でも、それ以上に、関西州が嫌いや」


 突然の嫌い宣言に、眉を下げる。


「あんさんが関西州を潰すのに利用できると少しでも思ったから、ここに置いているだけだ。利用価値がないとわかったら、すぐに消す、それだけや」


「……そっか」



 楓は関西州を倒すために、


 ぼくは「生きて」愛知国を守るために、ここにいるんだ。


 日向は拳を握って、コクッとうなずいた。




「ぼくは生きる。生きて、愛知国を守るよ」


 何も変わらない。


 環境が変わっても、隣にいる人が変わっても、


 ぼくは、ぼくが後悔しないように、最後の最期まであがけるように、

 必死に「生きる」だけだ。



「だから、これからたくさんお世話になるね! よろしく、楓!」


 笑って手を差し出すと、楓は無表情のまま日向を見つめ、そのまま部屋の窓を開けるために背を向けた。



 そこで、日向はやっと部屋の中をしっかりと見渡した。


 四〇畳はある広い空間に、愛知国を眺められる大きな窓と、露台が見えた。


「すごい! 四階からの景色はやっぱすごい!」


 窓に張りついて青い空の下に広がる小さな町を見つめた。


「ねえ、露台に出てもいい?」


「あかん」


 楓の即答に口を尖らせる。


 改めて部屋を見渡すと、畳の上に執務机や本棚、衣服棚などが並んでいた。




「なんか、さっぱりしてるね」


 必要最低限の物しか置いていない印象を受けた。


 左右の壁に襖があり、布団などはそこにしまわれているんだろう、と勝手に想像をする日向。


 寂しく見えるほど、余計なものがない。




「うるさい」


 楓は部屋に入って左手にある襖をあけた。


 押入れかと思った場所には、楓の部屋の半分、二〇畳ほどの空間があり、そこに日向が預けていた木箱が並んでいる。


 日向の部屋にも、窓はついていて、露台に出られる出入り口もついていた。


「他の名隊員よりは小さいが、一部屋分の広さはある」


 中には棚や机などが並んでいて、生活するのには全く問題がない。


「ぼくの前の部屋より広いや」


 畳の匂いを吸い込むと、少し安心した。


 ここで、これから生活するんだ。




「楓の部屋って本当に広いんだね」


 感心して見ていると、楓はため息まじりに日向の部屋から出ていく。




「必要最低限、わたしの部屋に来るんやないで」


 その楓の後ろについていき、小首をかしげる。


「ねえねえ、楓、なんでみんなの前だと中部州こっちの言葉話すの?」


 堂々と楓の部屋に入ってくる日向に、楓は無表情で振り返る。


「おい、聞いてたか?」


「ほら、いまみたいに虫を見るような目で、関西州弁で話せばいいのに」


 楓の口の悪さと訛りに慣れてきたからこそ、丁寧語で訛りのない話し方に違和感を覚える日向。

 小首をかしげると、楓はため息をつく。




「これ以上を作る気はない」


 そう冷めた声で返ってきた言葉に、日向はもっと首をかしげる。


「あんさん、さっさと部屋を整えな、これからそんな時間もなくなるで」


 その言葉に、日向は急いで部屋に戻って荷造りを始める。


「襖ふすまは閉めろ」


 苛立たし気な声に、急いで楓の部屋との一枚の区切りを閉める。



 そして、はぁーっと息を吐く。


「やって、いけるかな?」


 楓の冷たい眼も、冷たい言葉も慣れたと思ったけど……。


 死獅の容疑がかかっていると全名隊員が知っている。


 隼も、死獅の容疑がかかっていると知った時、息をのんでいた。


 そりゃ、そうだよ、死獅なんて、もん。




 日向はうつむきそうになった顔をぐいっと上げて、思いっきり頬を叩いた。


 パァンッ


「っしゃ! 頑張るぞ!」


 うじうじしてても何も変わらない。


 ぼくは死獅じゃない。それを証明すればいいだけだ。


 ぼく次第で全部変わるんだ。




 大きな窓を開けて、気持ちの良い春の風を受ける。


 真っ青な空に、眼下に広がる愛知国の街。


「ぼくは生きる、そして、ここを守るんだ!」


 桜が舞う愛知国に決意を新たに叫んだ。




「うるさい」と楓に注意されて急いで荷物をほどきはじめた。












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