第35話 人の足に面白味を求めないでッ

前回のあらすじ。


ウェイ君から逃げていたら隠し通路を発見しましたぞ。

不思議な部屋に迷い込み、銀髪のイケメンを発見。

ですが、名前を尋ねると呼び名はとくに決まっていないというのです。


 ☆ ☆ ☆ ☆


 それにしても、急に「好きなように呼んで」だなんて振られると、ダークネスなんちゃらとか、トワイライトなんちゃらとか、スーパーノヴァなんちゃらとか、いかにも名前をつけてしまいそうになりますぞ。だってガチヲタですもの!

 だがしかし、相手は顔面・イケメン、初対面、ですぞ!

 ここは自粛せねば……!


「あの~。お城の皆さんからはどのように呼ばれているのですか?」

「まあ、いろいろだよ。調合師とか薬師殿とか薬屋さんとかフォークとか鮮魚とか引きこもりとか」

「引きこもりッ!?」


 たしかにお兄さんは銀色の長髪なので、フォークとか鮮魚とかもわからなくはないですが、若干の悪口が入ってませんか? 鮮魚にいたってはなんか少し生臭そうですし。

 というか最後の『引きこもり』は明らかに悪口ですよね?


 そういえば、とふと思い出しました。

 わたくしが猫に変身したとき、たしかウェイ君が『あの引きこもり』と言っていたような。もしかしたらこの男性のことを言っていたのでしょうか。

 あの騎士め、やっぱり態度が悪いですぞ。いや悪いのは口なのかもしれませぬが。


 ともあれ、わたくしは名付けのヒントを探して部屋の中を見渡します。

 ふと、書物や標本が並べてある棚が目に入りました。

 もしかしたらこの部屋の主は、この世界のすべてを知っているのではないか。そう思わせる濃密さがこの部屋にはあります。


「……大賢者、殿」


 ちらりと男性に視線をやると、彼は愉快そうに笑いました。


「ははは、大賢者か。大層な名前をつけてくれて嬉しいのだけど、それはさすがに気恥ずかしいからせめて『賢者』にしてくれないか。どうかな?」

「わかりました。では賢者殿で」

「うん。悪くないな」


 『賢者殿』はまんざらでもなさそうに頷きました。

 気に入ってくれてよかった、と一安心していると、相手はふとわたくしの足元に視線を向けました。


「ところで、靴をどうしたの? 片方無いようだけど」

「アッ、ここへ来る途中で無くしてしまいまして……」


 それもこれも、ウェイ君から慌てて逃げたせいです。

 今頃あの靴はどうなっているでしょう。誰にも捨てられていないとよいのですが。

 そうでないと今後の異世界生活がすべて裸足になってしまいますぞ。


「そうなんだね。じゃあ、とりあえず椅子にでも座って。はい、お一人様ご案内」


 なにやら訳あり気だと察したのか、賢者殿はその美しい見た目に反してテキパキと椅子を運び、あっというまにわたくしを座らせてくれました。


「お気遣いありがとうございます」

「さて、靴のかわりをどうしようか。僕の靴だと大きそうだ」

「お構いなく。少し休んだら裸足で歩いて帰りますゆえ」

「まあまあ。せっかく来たんだから、ゆっくりしていきなさい。ここは【聖女の隠れ家】だからね」

「聖女の隠れ家?」

「聖女だってたまには息抜きが必要でしょう。ただでさえ慣れない世界で暮らしているんだ。それに、ときには周囲からの期待や賞賛がが重荷になることもある」

「…………」


 たしかにそうなのかもしれません。

 この世界に来てからというもの、ウェイ君以外はみんなわたくしのことを褒め親切にしてくれますが、それはわたくしのスキルに対する期待の裏返しなのでしょう。

 国家存亡の危機とあらばその期待はきっと留まることを知らず、素直に期待に応えようとすればいつかわたくしはその重荷に潰される日が来るのかもしれません。


 そんなことを考え込んでいると、賢者殿は先ほどとは打って変わった気軽な様子で笑いました。


「まあ、僕はこの部屋から出ないで調合とか研究とかばかりしてるから毎日が息抜きだけど」


 うっ、それはうらやましいですぞ!

 賢者殿は研究ヲタクなのでしょうか。それならガチヲタのわたくしとも気が合うかもしれませぬ。


「調合って、ポーションですか?」

「うん、他にもいろいろね。今からなにか作ってみようかな。素晴らしい実験だぃ……じゃなくて、女性が来てくれたからね」

「今、実験台って聞こえましたがッ!?」

「あはは、気のせい気のせい! まあ入場料だと思って腹をくくりなさい」


 ちょっと待って、わたくしを薬の実験台モルモットにするってコト……!?

 わたくしの動揺を無視して、賢者殿はなにやらブツブツ呟き始めました。


「足を物理的に硬くする? 怪我はしないだろうけど、それだと汚れるし寒いよな」

「物理的に硬く!? どうなってしまうのですか、わたくしの足!?」

「常に足を清潔にする洗剤のようなものは? いやそれだと面白味がない」

「ちょっ、人の足に面白味を求めないでッ」

「いっそ足から靴を生やすか? でもそれだと一種類しか履けないからファッション性が犠牲になる……」

「ファッション性の前に、靴が脱げなくて水虫まっしぐらなのではッ!?」


 賢者殿は思考モードに入ってしまったのか、わたくしのツッコミも耳に入っていないようです。

 イヤーッ! 助けてほしいですぞ、ウェイ君!!!

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