第16話 今からお前の名前はウェイだ!


 ☆ ☆ ☆ ☆


 忘れもしません。あれは中学生になったばかりの頃でした。

 わたくしが休み時間にノートの端っこにイラストを描いていたら、それまで話したこともなかった男子が寄ってきていきなりノートを取り上げたのです。


「見ろよ、こいつ変な絵を描いてるぞ!」

「返してッ! 変じゃないもん! 推しだもん!」


 ――中学生の頃からすでに「推し」という概念を持った子どもでした。

 それはともかく、その日のホームルームで彼の行動が問題視され、ついでにノートに推しキャラを描いていた私の行動も問題視され、二人とも先生に怒られたのでありました。理不尽過ぎるッ。


 さいわいにも高校進学を機にその男子とは離れることができたのですが、町中で何度か見かけることはありました。中学時代からすでにお調子者だったその男子は、どうやら高校でチャラ男になったようでした。


 一方のわたくしはというと、高校で漫画研究部に入り、同級生のヲタ友と出会い、先輩方にもよくしていただきました。

 そうして充実したヲタ生活ライフを送っているうちに、お調子者の男子のことなどすっかり忘れておりました。


 ところが、運命のいたずらでしょうか。

 偶然にも大学でその男子と再会してしまったのです。チャラ男だった彼は、大学デビューでウェイ系へと進化を遂げていました。

 入学して最初の頃の授業で偶然にもそいつの隣の席になったわたくしは、最初「なんかどこかで見たことがある顔ですなあ? 漫画のキャラに似ているとか?」と思いながら首を傾げていましたが、語尾を間延びさせる独特の話し方を聞いて、黒歴史が一気によみがえったのです。


「はい。じゃあ、隣の人と二人一組になって」


 教授の言葉にわたくしは耳を疑いました。

 まさか大学生にもなって「二人一組になって」を言われるとは想定外でした。

 仕方なくわたくしは過去の恨みを水に流し、「おっ、お久しぶりです……」と声をかけてみたのでした。

 ところが、よりによって相手はこう言い放ったのです。


「はァ? ってか、誰だよお前ぇ?」


 彼は中学時代の狼藉をすっかり忘れ、ついでにわたくしのことも綺麗サッパリ忘れておりました。

 あの屈辱は今でもわたくしの黒歴史に刻まれているのです。


 ☆ ☆ ☆ ☆


 以上、回想終わり。


 さて、問題は目の前の青年です。

 妙に突っかかってくるし、物言いはきついし、とにかく失礼だし、いけ好かない男です。異世界に来てまでこんな男に絡まれるなんて、たまったものではありませぬ。


 しかも、たしか名前がルドとかいう名前なのでしたっけ。同級生のあのウェイ野郎を思い出しますな。……ふん。……ウェイルドというのかい? 贅沢な名だね。今からお前の名前はウェイだ!

 ついでにわたくしの名前もこの世界では「千影」ではなく「千」とかになったらいいのですが。みずから同人活動用のペンネームを名乗らなければならないだなんて、セルフ公開処刑もいいところですぞ。


「ウェイ君、ちょっと」


 わたくしがそう呼ぶと、青年は怪訝な顔で振り向きました。


「……ひょっとして、それは俺のことか?」

「そうですが何か?」

「おいやめろ、妙な呼び方をするな」


 どうやらお気に召さなかったようです。

 ですが、相手だってさんざんわたくしのことを「腰抜け聖女」だのなんだのと言っているので、おあいこですぞ!


 わたくしは改めて青年――ウェイ君に向き直り、いかにも聖女らしく慈愛に満ちた微笑みを浮かべて言い聞かせました。


「よいですか、ウェイ君。わたくしにはこの世界でやらなくてはならないことがあるのです」

「……なんだか知らないが、それは命をかけるほどのことなのか?」

「ええ。それがわたくしガチヲタの使命なのです」


 作品に対する愛を二次創作という形で漫画にしたい。

 できれば、その漫画をきちんと完成させ、同人誌ほんという形にしたい。

 さらに欲を言えば、その同人誌をイベントで頒布したい。

 いわば、イベントへの参加は愛を貫くための推し活なのです。

 わたくしにとって、同人誌ほんを落とすくらいなら命を落とす方がマシなのです。


 私の覚悟を聞いたウェイ君は、表情を変えないまま淡々と続けました。


「この世界にいる限り、お前は聖女として戦場に駆り出されることになる。そのことはわかっているのか?」

「そっ、それは……もちろん承知の上です」

「モンスターはお前が思っている以上に凶悪だ。お前、死ぬぞ」

「ヒェエッ!?」


 超絶イケメンの口から発せられる「死ぬぞ」というシンプルな言葉の破壊力。

 これがアニメや小説なら「ご褒美ですッ!」と大歓喜するところですが、実際に死んでしまう可能性があるのですから呑気に喜んでいる場合ではありませぬ。


 それにしたって、せっかくやる気になっているのですからそんなに脅さなくたっていいじゃありませんか。

 聖女に水を差して何の得があるというのでしょう。


「あの~。ひとつ確認させていただきたいのですが」

「なんだ」

「ウェイ君はわたくしの護衛なのでしょう?」

「それがどうした」

「わたくしを死なせないために君がいるのでは?」

「……………………」


 ちょ、ちょっとッ!

 急に黙らないで! 不安になっちゃうでしょッ!?

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