魔法少女の使い魔にさせられた私。元の身体に戻るため、お嬢様学園で憧れの的であるお姉様と契約したはずだったのに、実は男で、私と百合百合するため女になりたいそうです。

ななよ廻る

第1話 魔法少女の使い魔にならない? なんて、お母さんの冗談と思っていたら、翌朝ベッドの上で蝶の羽が生えた妖精になってたんですけど。

「魔法少女の使い魔にならない?」

 いつもと変わらない朝の食卓。

 少し焦がしすぎたトーストをかじっていた私に、テーブルの向かいに座ってニコニコしているお母さんがそんなことを言い出した。

 突然、母親から脳内設定を問われた年頃の娘は、どんな反応をするのが正解なのか。

 とりあえず、半眼を向けてもそもそトーストを食べ続ける。


「なに、突然。アニメの見すぎじゃない」

「アニメの影響じゃないわ。ブレイカーは撃てないもの」

 1から10まで影響しかない内容だ。この時点で、私はお母さんの話を適当に聞き流すことを決めた。苺ジャムが欲しい。


「代々魔乃まの家は魔法少女を輩出していてね、

 人の心を苗床にして育つ花『ハートブルーム』を回収しているの」

「へー」

 よくある話ですね。アニメの中では。

 新しい食パンに苺ジャムをぬりぬり。うーん、美味しそう。


「この地域にハートブルームが現れた時は私が回収していたのだけれど、

 私もそろそろ良い年だから厳しくなってきて」

「え? 魔法少女になってたの? 街中で?」

「魔法少女だもの」

 真顔で返された。止めて止めて怖い。

 いくら年齢以上に若く見えるからって、母親が魔法少女のコスプレしてご近所歩いてるとかおぞまし過ぎる。どうか冗談と言ってくれ。


 娘がドン引きしているというのに、お母さんは喜々として脳内設定を語り続ける。

「ハートブルームの苗床にされた人は、特殊な力を使うから気をつけてね」

「……お母さんはもう少し、娘の気持ちを慮ってほしいな」

 恥ずかしくて表歩けなくなっちゃうから。

「それで、ユミルちゃんは魔法少女の使い魔になってくれる?」

「あー、はいはい。なりますなります。

 だから、年甲斐もなく魔法少女のコスプレは止めてね」

「コスプレじゃありません」

 ぷくーっとほっぺたを膨らませるな。我親ながら、年齢不相応にかわいいのがムカつく。

 食べ終わった食器を持って席を立つ。


「そういえば、なんで魔法少女じゃなくて使い魔なの?」

 魔法少女輩出してる設定じゃないの?

 訊くと、お母さんは至極あっさりと答える。

「だって、ユミルちゃん魔法少女の才能ないもの」

 脳内ファンタジーでも平凡なのかよ、私。



 とまぁ。

 お母さんの脳内設定に話を合わせていたのが昨日きのうの朝のこと。

 その日は何事もなく、学校に登校して、勉強して、帰って宿題、サブスクの映画を適当に観て寝たわけだけど……。


「なんかちっさい妖精みたいになってるー!?」

 翌朝、起きると身体が小さくなっていた。

 どころか、あらゆる部分が異なっている。

 背中から蝶みたいな羽が生えてるし、身体はスマホと同じぐらいの背丈しかない。

 薄く栗色に染めていた髪はナチュラルな金髪になっている。しかも碧眼。平凡な私とは思えないほど顔も整っていて、どこからどう見ても別人だ。蝶の羽が生えたスマホサイズの小人を別人と例えていいのかはともかく。

「おっぱいも大きいし」

 ちっちゃくなったのに大きくなったとはこれいかに。やべぇ、真っ直ぐ立つとつま先が見えねぇ。これが巨乳の世界なのかぁ……。

 なんて感慨に耽っている場合ではない。


 なぜか飛べるようになっていたので、小さな身体でどうにかこうにか部屋の扉を開けてリビングに降りる。そして、アニソンぽい鼻歌を歌い、ご機嫌に朝食の準備を進めるお母さんを怒鳴りつける。

「ちょっとお母さん!? なにこれどういうこと!?」

「あらぁ? なにになるかと思ったけれど、可愛らしい妖精さんなのね。

 うふふ、それならきっと魔法少女になってくれる人もいるわ。よかったわね」

「よくないわ!」

 自分の娘が別人かつ手のひらサイズになったというのに、なんだその反応は。もう少し娘を労れ。


 色々言いたいこと訊きたいことは山ほどあるが、とにもかくにも、

「元に戻して!」

「えー」

「えーじゃない!」

 これじゃぁ学校にも行けない。どころか、普通の生活もままならない。


 声を荒らげ、睨み付けていると、お母さんも根負けしたらしい。「かわいいのに」と小さく零し、エプロンのポケットからペンダントを取り出す。花びらの形をした、ルビーに似た輝きを放つ飾りが付いている。

 まるで変身ヒロインの玩具みたい。

 妖精サイズに合わせたかのように小さなペンダントをお母さんの手のひらからひったくるように奪う。普段、ペンダントなんて付けないから悪戦苦闘してしまうが、どうにか首にかけられた。

「……元に戻らないけど」

「せっかちな子ね」

 こんな状況で焦るなというほうが無理。


 落ち着かず、変化がないか身体のあいこちを見ていると、突然身体が発光する。気付けば、見慣れた自分の手が視界に映り、服も寝巻きに使っているジャージに変わっている。

 どういう原理かわからない。けど、

「治ったぁ……」

 ほっと、安堵の息が溢れる。朝から嫌な汗をかいた。

「ペンダント外すと使い魔に戻るけどね」

「……なんですと?」

 お母さんののほほんとした一言に、声が固くなる。

 溺れかけていた私に浮き輪を投げて助けたのに、わざわざ浮き輪に穴を開けるようなことを言う。


「いや、使い魔に戻るって、元々私はこっちが正常なんだけど?」

「……? でも、今のユミルちゃんは、使い魔が正常な姿だから」

 はて、とお互いに首を傾げる。ただし、私の顔は冷や汗まみれで真っ青だろう。

 額に手を当て、しばし熟考。そして、深呼吸。すー、はー。よし、ちょっと落ち着いた。

「話を聞こうじゃないか」

「学校遅刻しちゃうわよ?」

 うちのお母さんは呑気すぎる。



 結論から述べると、脳内設定だと思っていた魔法少女の話は本当だったらしい。

 うちの家系が代々魔法少女を輩出しているのも。

 ハートブルームという、わけわかんないモノを回収しているのも。

 なるほど。色々言いたいことはあるけど、それはこの際どうでもいい。問題は、

「なんで勝手に私を使い魔にしたの!?」

「勝手じゃないわ。

 昨日の朝ちゃんと『使い魔になってくれる?』って訊いたら、『なります』って言ったもの」

「……言った! 確かに言ったけどさー!?」

 本当だと思わないじゃん! なんでもない朝食の雑談みたいな雰囲気で振ってきた使い魔話が、本当なんて誰も思わないよ!


「もっとなんかあったでしょ!?

 厳かな雰囲気というか、前フリみたいなものが!」

「前フリ……そうね。確かに」

 私の言葉が伝わったのか、はっと口を押さえて瞳を大きくする。

「怪物に襲われるとか、ピンチな時に現れて『私と契約して魔法少女の使い魔になってよ』ってお願いするべきだったわ。

 お母さん、その点だけは反省するわ」

「もっと反省するべき点があるでしょ……!」

 ダメだ。私の母親リアル魔法少女のクセして、オタクだから現実と空想が混ざってどれが本気なのかわからない。


 もういい、わかった。私が大人になろう。じゃなきゃ、話が進まない。

 ビークールビークール。よし、冷静。

「どうやって私を使い魔にしたの?」

「昨日の朝食に食べてた苺ジャムが変身アイテムよ」

「娘の食事に毒を盛るな!?」

 はっ。しまった。つい冷静さを失くしてしまった。落ち着け、落ち着け……って、落ち着けるか!


「毒を盛ったなんて酷いわ。

 使い魔にするだけなのに」

「十分毒みたいなものでしょ……。

 だいたい、使い魔になるって了承する前にジャム食べてたんだけど?」

「……てへ♪」

 殴りたい。舌を出して誤魔化そうとか歳考えて。可愛くないって言えないのが、本当に腹立つ。


「変身っていうなら、元に戻りそうなものだけど」

「正確に言うと、今ユミルちゃんの体は使い魔状態で固定されているの。

 変身っていうよりは、変態?」

「おいこら、意味はわかるけどその言い方は失礼でしょ」

 さなぎから蝶になるみたいな成長のことを言いたいのだろうけど、表現として最低すぎる。娘を変態呼ばわりするな。


「じゃあ、このペンダントは?」

「一時的に使い魔状態を解除してくれるアイテムね。

 流石に使い魔のままじゃ、人間社会で生きていけないもの」

「その配慮が、どうして違う方向に向かなかったのか……!」

 せめて、せめてペンダントをしている時だけ使い魔になるならまだマシだったのに。受け入れられるかは別だけども。


 くぅ。まだ、まだ大丈夫。落ち着けぇ。

「どうやったら元に戻るの?」

「戻らないわよ」

「……リアリー?」

「戻らない」

 違う。問い返したのは私だけど、訊きたかったのは別の言葉だ。


「はぁっ!? 戻らない!? なに私これから一生ちっこい妖精のままなの!?」

「可愛くていいじゃない」

「いいわけあるか!?」

 娘の人生なんだと思ってるのこの母親は!?


「えー。変な動物とか虫になるより全然いいと、お母さん思うんだけどなぁ」

「そりゃそうだけ、……ど?」

 待って。今、この母親なんて言った?

「もしかして、妖精以外に変わる可能性もあったの?」

「うん。ランダムだから。

 よかったわね、妖精なんて珍しいもの。SSRものね!」

 ついに私はへたりこんで頭を抱えた。

 マジなんなんもぉ……。なんでいつの間にか人生ガチャ引かされてるの私ぃ。もういっそ泣いてしまって引きこもりたい。


 めそめそしていると、流石に鈍い母でも見兼ねたのか、心配そうにしゃがんで頭を撫でてくる。慰めるくらいなら最初からするな。

「そんなに使い魔嫌だったの?」

「当たり前でしょ……」

 使い魔になりたい奴なんているわけないじゃん。

「魔法少女界隈だと、使い魔になりたい人が沢山いるのに……変わった子ね」

 変人しかいないのか魔法少女界隈。


「そうね……そこまで嫌がるなら、無理強いはできないわね」

「……え?」

 でも、さっき戻らないって。

 微かな希望に顔を上げると、笑顔のお母さんに迎えられた。

「あるの? 元に戻る方法?」

「あるわよ」

 あるのか。そうか……そうか。

 ……?

「いやあるなら最初から言ってくれない!?」

 なにこの時間!? 全部無駄じゃん怒ったのも落ち込んでたのも!?

 返して! 無駄に消費させられた私の感情と体力と、無遅刻無欠席の皆勤賞を返して!


 ただ、となにやら不穏な言葉をお母さんは口にする。

「簡単じゃないわよ」

「簡単に娘を使い魔にしておいてよくいう」

「ちゃんと訊いたもの」

 本当に悪気なさそうだなこの母親。いっそ清々しい。


 へたりこんでいた私は、どうにかこうにか立ち上がる。いつの間にか濡れていた目尻を拭う。

「それで、方法は?」

「ハートブルームを集めること」

「それって」

 確か、人の心を苗床に育つ花? だったっけ。

 それを集めると、私は元に戻る。

 思わず、私は半眼になってお母さんを睨めつける。


ていよく働かせようとしてない?」

 マッチポンプに似た陰謀を感じる。

「してないわよ?」

 ニコニコ笑顔を浮かべて、まるでその胸の内を伺わない。くそぉ、魔女めぇ。


 あらん限りの罵詈雑言で文句を言いたいところだけど、もはやそんな気力も残っていない。

 もぉ、今日はいいや。部屋戻って寝よう。

 のそのそと重い足をどうにか動かして歩くと、後ろから声が投げられる。

「それじゃぁ、頑張って相棒の魔法少女を探してね」

 ピタリと体が膠着こうちゃくする。

 ギギギッと軋む体を無理矢理動かし、振り返る。ぽけぇとした呑気お母さん。

「魔法少女を……探す?」

「うん。使い魔じゃ、人間に宿ったハートブルーム取り出せないから」

 そうか、そうなのか。ふーん。なるほど、なるほど?

 はぁぁっ。もはやため息しか出ない。

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