2章8節 ただ一つ言うことをきけ

 来るべきポスター発表に向けて、私たち四人は頭を抱えている。


 ただ四人で調べたことを纏めるだけじゃなく、みんなが議論したことをポスターにしようと決めたのだけれど。なかなか大変なことだった。


 なにせ答えが決まってない。


 思いついたときはみんな背伸びをしたがって盛り上がったけど。もう議題を変えられないところまで時間を使ってしまった。


 私たちにとって、内に抱えている心情や意識が映り込んだものだったから。


「いやね。別に勉強したいぜっつー気持ちを折ろうだなんてつもりねーのよ。でも、ここじゃなきゃダメか。って思うのは普通だと思うぜ」


「そうそう、わかってるじゃない呉内くれうちくん。高校卒業資格は試験で取れるし、学校に行きたいなら養護学校がある。私や万洋まひろみたいに特別な訓練もしないで、安全な学校生活を送りたいなんて甘え過ぎじゃない」


 恵宝けいほう高校を過ごしやすくするにはどうするべきか。


 選ばれたテーマそのものがバリアフリー化に向いているものだけれど、八城と呉内の意見は手強いものだった。


 工事に必要な期間。設置するべきものの判断基準。悪用された時の対策。


 色々と意見があって、喜佐美くんと私は議論を続けてきたけれど。


 心情とコストの問題は反論しづらく、根が深かった。


「恵宝高校に入れるかどうかは試験で選ばれてるよね。その上、身体の問題で更に弾かれる。バリアフリー化で学費を自分があまり使わない設備や道具に使われてしまうのを不公平だと思うなら、入れる能力があるのに入れないのも同じだと思うけど」


喜佐美きさみ。そりゃちいと聞けない話だな。ペンが持てて試験に合格すれば誰でも入れるっていうのが理想みたいだが。じゃ、目が見えないんで試験問題は音読させます。教室移動の度にベッドを転がします。ってのは通らないだろ」


「実際に決まった上での運用の話をしているね。今はその一歩手前、公平感っていう気持ちの話をしていると思っているんだけど。どうかな」


「悪い。話をずらしちまったな。喜佐美の言う通り、俺らみたいなのは体力面での課題を試験もされないで突破している。言われてみりゃ確かに不公平だよな。だが、見えてる不公平と見えない不公平。問題になるのはどっちだと思う」


 辞書に書いてあるような丁々発止のやり取り。


 いつも通りの雰囲気と言葉で激しい議論を展開できているのは、喜佐美くんと呉内の仲がいいだけではないのだろう。


 意見を修正し、議論の方向を調整しあい、自分の考え方を変えて、相手の考え方も変える。


 どこに落ち着くかはわからないけれど、答えはどこかに収束してくれるのではないかという予感がしている。


 書記を務めていることもあるけれど、私はタジタジで上手いこと一つ言えないのがもどかしかった。


「んー。喜佐美のグループはいいね。いいグループディスカッションだよ。ポスターに纏めて、頑張って間に合わせてね」


 四人がそれぞれに作ったメモを読んで、田辺先生は褒めてくれた。


 最初の議論は喜佐美くんがいい感じに進むように適宜調整してくれたけれど。四人が全員で喋っていると時間が足りなくなった。何を喋ったかすら誰も詳しく覚えていなかった。


 反省を生かして、私が書記を。八城やしろがタイムキーパーを。喜佐美くんが全体的な取りまとめをやって、呉内が積極的に意見を出す。


 議論の際に役割分担をして、話し合う度に結果が出せるようになっていた。


久留巳くるみさんが上手にメモを取ってくれるから、僕たちも安心して意見交換ができるんだ。ありがとう」


「喜佐美くんが話がずれないように修正してるから。とってもやりやすい。助かってる」

「照れちゃうな」


 手ごたえは全員が感じているようで、空いた時間にメンバーで話すことも少なくない。


 一緒に先生へグループ課題を提出した後、喜佐美くんと褒めたり褒められたりするのが嬉しかった。


「そういえば。昨日桃華ちゃんと寄り道したでしょ。どこ行ってきたの」


「わ、もう知ってるんだ。さすが」


「桃華ちゃんに自慢されちゃって。今日の放課後連れてってもらうんだ」


「ど、ドーナッツ屋さん。や、私そんなに食べる方じゃないんだけど。八城さんがどうしてもっていうから」


「呉内とはよく河原で遊ぶんだけど、やっぱり女の子同士はお洒落なところに行くね」


 そうだね、と笑顔であいづちを打つので必死だった。


 スポットを見つけたら即でデートに誘うとは。八城、恐ろしいやつ。


 当然、私だってやられっぱなしじゃない。

「今度の土日、どっちか空いてる?お家のこととかなければ、おでかけでもしない」


「んー、うん。久留巳さんとなら大丈夫だね。いいよ。日曜日はどうかな」


 一瞬だけ迷ったように見えるのは、自分の体調のことを考えたからだろう。


 受けててよかった。救命講習。


 制服を着たままの自分のままなら、学校の外のことまで知っている八城との差が埋まらない。


 休日を選んだのは高いハードルだったけれど、こっちを選んでよかった。


 思惑があっけなく達成できて、つい頬が緩んでしまう。


 見られるのも恥ずかしいから、お手洗いに行ってくると一度離れて。


 扉の内側で頭を抱えた。


 どこに行けばいいかわからないし。デートに使えそうな服もなかった。


「で、男の子ってどういうところ行けば喜ぶのかな」


「そりゃ河原だろ。丸太みてえな大きさの木の枝はあるし。でっけえ石を川にぶん投げてぶっ壊すのたまんねえ。あと、ラーメン。アブラビタビタチャーシューモリモリのやつ」


「連れてけるわけないでしょ。っていうか、正直に答える気ないよね」


「そりゃおちょくっちゃいるがよ。切羽詰まってんだろ。いいから連れてけって」


 喜佐美くんの意外なところを知っている人物といえば呉内。男の子同士ならきっと楽しい穴場を知っているはず。


 という期待は見事に裏切られた。当たり前か。


 考えてみれば、付き合いたいのに。行くところが友だちと一緒ってダメじゃん。

 

 帰りの電車の中で一海さんにメールして相談しようか迷ったけど、喜佐美くんにバレそうな気がするから止めた。


 クラスメイトや同級生の女子に相談したら、噂になって喜佐美くんが困りそうだし。

朝野先輩の連絡先は持っていなかった。



 自宅の最寄り駅に到着した私の指は、絶対に送っちゃいけないだろう人物にメッセージを送信していた。


 放課後デートを終わらせた帰り道にいるだろう、八城桃華に。

 

 変に取り繕ってまた仲が悪くなるよりいいと思って返事を待つことにしたけれど。案外と八城は快く返事をしてくれた。


 たった一つの条件と引き換えに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る