第24話

 ミカエルは息をのんだ。ルネが後ろから抱き着いていて身動きが取れない。さすがにこれは駄目だと思って、ミカエルは身をよじった。


「ルネ、放してくれ」

「嫌です」

「ルネ、いい加減に……」

「私は、まだ何も出来ませんけど、でもここで貴方を行かせるわけにはいかないんです!ミカエル様、貴方は傷なんて大したことないと思っているかもしれませんが、私は痛いです。私はミカエル様がいない未来を考えただけで、胸が痛いです」

「ルネ、落ち着け。私は死なない」

「分かっています。でも不安なんです。このままミカエル様を行かせてしまったら、この先も同じことを繰り返すのでしょう?そうしたらいつか……って。考えてしまうんです」


 ミカエルは押し黙った。


(そうだな。私は今まで自分のことを後回しにしてきた。それはこれからも変わらない。だが……それがルネの不安感を煽るのなら、改めた方がいいのか?)


 ミカエルの無言を何と受け取ったのか、ルネの不安が増大する。


「ミカエル様、お願いします。今日は帰りましょう?」

「それは……」


 ミカエルの視線はホーンベアに向けられている。ホーンベアの意識はまだ村に向いていない。だがこの様子で万が一村人が襲われるのは、何としても避けなくてはいけない。

 ミカエルはルネの手をやんわりと掴む。


「ルネ、私は死なない。大丈夫だ。だから……」

「嫌!ミカエル様!」


 またルネから凄まじい魔力を感じた。


「ルネ!落ち着け。魔力が暴走している」

「嫌、嫌、ミカエル様がいなくなるなんて、絶対に嫌です!」


 ルネが叫んだ瞬間、辺り一面に強風が吹き荒れた。

 ルネを中心に風が吹く。ミカエルは舞い上がる土と葉に視界を奪われ思わず目を閉じた。近くでホーンベアの咆哮が聞こえる。ミカエルから見て2時の方向に吹き飛んでいくのが気配で感じ取れた。


「ルネ、これは君の意志か……?」

「ミカエル様がいなくなるのは嫌です!」


(違う。魔力が暴走しているだけだ)


「ルネ、落ち着け。私はここにいる」


 ミカエルはルネの頭をそっと撫でた。本当は抱きしめてあげたいが、後ろから囲われていて叶わないため、代わりに頭をルネの頬に優しく擦りつけた。目を閉じる。


(まずは私が落ち着かなくては)

 

「大丈夫だ。ずっと一緒にいるから。離れたりしない。ずっと一緒に、私と一緒に逃げよう。どこまでも君と2人で、君が安心できる場所を探そう、信じてくれルネ」

「信じる……?」

「今は難しいか?ならば、君が自分自身のことを信じられなくても、私のことが信じられなくても、私の言葉はそのまま受け取れ。私は嘘はつかない」

「そのまま……受け取る……」


 ミカエルはルネの頭をもう一度ぽんと撫でた。すると、ルネが後ろで体の緊張を緩ませるのを感じて、少し間を置いて深い呼吸音が聞こえる。


「ルネ、大丈夫か」

 

 ルネはふっと薄く目を開けた。落ち着いている。ミカエルを拘束していた腕を緩めると、彼はルネを振り向いた。


「ごめんなさい、私また……」

「謝ることは無い。私も、君ともっと話をしておくべきだった」

「ミカエル様、ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのはこちらの方だ」

「え?」


 どういうことか聞く前に、ミカエルは視線をルネから外した。そこには、最後に残っていたホーンベアが大の字で倒れていた。

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