第19話

 村の敷地の外を一周しながら、結界のほころびも無いか確認する。ミカエルはレントに預けたルネを気にしている。


(ルネは無事に部屋に案内されただろうか。おかしなことを聞かれたり、からまれたりされていないだろうか。いや、きっとこれは心配しすぎだな。どうも最近はルネのことばかりを考えてしまう)


 ミカエルはかぶりを振った。

 その時、ミカエルの人より感度のいい耳がある音を捉えて反応する。耳飾りがチリ、と揺れた。


「何かいる」


 音がしたのは森の方からだ。ついさっき倒したホーンベアと同じ鳴き声だ。


(仲間か。3、いや4体?)


 倒れた仲間の匂いを辿ってきたらしいホーンベアの影が4つ見える。人間には見えない距離で、じっとミカエルを見据えている。


(来るか?)


 ミカエルが構えた時、村の方からレントが声をかけてきた。


「ミカエルさん!」

「!」

「ミカエルさんこんな所にいたんですね。今さっき、ルネさんを部屋に案内して…」

「レント、ちょっと待ってくれ」

「え」


 ミカエルがこちらを見ずにいうので、レントは訝しんで彼の視線を追う。だがそこには欝蒼とした森が続くだけで何も見えない。もう一度ミカエルを見ると、彼は森の奥をじっと見つめ、見定めるように目を細めている。

 

(行ったか…?)


 ミカエルは耳をすませた。足音が遠ざかっていくのを確認し、やっと武器に触れていた手を放した。レントを見る。彼は何があったのか分からないといったふうに、不安の表情をしていた。ミカエルはレントに軽く笑みを返して言った。


「すまない。ルネを送ってくれたんだってな。ありがとう」

「いえ。あの、何かいたんですか」

「いたが、帰っていった。今日倒したホーンベアの匂いを辿ってここまで来たんだろう。私の気配を感知して去っていった」

「そうですか。すみません、タイミング悪くて」

「問題ない。明日、また森の中を回ってみるよ。結界もあるし、私がいる間は、心配は無用だ」

「頼もしいです。あ、そういえば、僕、さっきルネさんに無神経なこと聞いちゃったかもしれなくて…。次会った時に直接言いますけど、すみませんって言っておいてもらえますか?」


 レントは申し訳なさそうに眉を下げて言ってきた。

 ミカエルはそれに対して頷いて訊ねた。


「それはいいが、何を言ったんだ?」


 少し口調が強くなってしまったミカエルの問いかけに、レントが答える。


「ルネさんはどうしてミカエルさんと一緒にいるんですかとか、本当は貴族なんじゃないですかとか、そんな感じのことです」

「ほう」

「ほんとに他意は無いんです!ただ、平民っぽい恰好をしてる割には仕草とか口調が上品だし、それに、すごく綺麗だから」


 ミカエルは緩く指を口元にあてて、考える仕草をした。


(そういったところからでもばれてしまうのか。気を付けねば。彼女を絶対にあいつらに渡すわけにはいかない。逃げ続けなくてはいけないのだから)


 黙ってしまったミカエルに、心配になったレントが声をかける。


「あ、あの、ミカエルさん?」

「ああすまない。考え事をしてしまった。ルネに君がさっきの件を気にしていたと伝えておくよ」

「ありがとうございます。あの…」

「なんだ?」

「言わないようにしますから。ミカエルさんとルネさんの容姿とか、そういうの、ほかの人には言わないように。村の人にもそう伝えておきます」

 

 ミカエルは僅かに目を見開いて、にやりと笑った。


「話が早くて助かるよ」


 そこでレントとミカエルは別れた。

 案内された家のドアに手をかけるミカエル。その双眸はいつになく真剣だ。


(彼女を二度と傷付けさせない。安寧の地がどこにもないなら、私がつくってやる)

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