第17話
月の光に照らされて、魔物の表情が見えた。目がなまめかしく紫色に光っている。ミカエルの言っていた通り、見た目こそ熊に似ているが、その額からは2つの大きな角が生えているのがはっきりと確認できた。だが、それよりも気になるのは
(あの胸のあたりに光っているの、何かしら)
魔物の顎の下、心臓のあたりに何かが赤く光っている。それはとても眩しくて、何が光っているのかルネには分からなかった。
魔物が吠える。ミカエルは戦闘態勢に入ったのか、前のめりに構えているのがルネの位置から見えた。
(ミカエル様)
声には出さずにルネはミカエルを呼ぶ。その直後、先手を切ったのはミカエルだった。魔物は一瞬で飛び上がったミカエルの姿を追えていない。きょろきょろとあたりを見回している。
「ふっ、でかいわりには鈍いな」
ミカエルの体が翠色の光を帯びた。
ミカエルは口の端を吊り上げて、魔物に向けて一気に両手の鉤爪を振り下ろした。鉤爪はミカエルと同じ翠色の光を放っていた。
『グルルルラアアア!!』
魔物が大きく吠える。鉤爪に傷付けられた箇所から、真っ赤な血が噴き出した。空中に飛ぶミカエルはその血が顔につくのを鉤爪で防ぎながら着地し、すかさず魔物の背後に周った。ミカエルが走った後に翠の光が走る。魔物がミカエルに向かってその長い手を振りかざした。ミカエルはそれを難なく交わし、背後から魔物の足元に攻撃した。
魔物が足を取られ倒れこむ。その視線の先に、1匹の猫がいた。
ミカエルは月を背に、魔物の赤い光をめがけて、鉤爪を振り下ろした。
『グルルルラアアア!!』
キィンという金属同士がぶつかるような音がしたと同時、赤い光が割れて霧散する。魔物は仰向けに倒れた。
しばらくの静寂。口火を切ったのはミカエルだった。
「ルネ、終わったぞ。今降ろすから待ってなさい」
ルネは呆気にとられて口を開けたまま頷いた。
戦闘は僅か2、3分の出来事だった。ミカエルの表情は戦闘前も戦闘中も、そして武器をしまう今も、変わらないように見える。余裕過ぎて何てことないと、その表情で語っている。ミカエルがこちらに目を向けている。優しいペリドットが細められ、それにつかの間の安心を貰った瞬間、ルネの体がふわりと浮いた。
「きゃっ、み、ミカエル様!」
木の上で平衡感覚を失ったルネは咄嗟にミカエルに手を伸ばした。
ミカエルもルネに手を伸ばし、しっかりとつかんで引き寄せる。
「大丈夫だ。私の浮遊魔法…」
「使うなら使うって言ってください!びっくりしました!」
「すまない」
ミカエルは少し可笑しそうに笑って謝ったのを見て、ルネは頬を膨らます。
「今度からは一言言ってから使うことにするよ」
「お願いします。…ミカエル様、もう終わったのですか?」
「今日のところはな。まだ魔物が潜んでいる可能性がある。木の幹に付けられた爪痕は複数あった。他にもいるかもしれない。今日はこの魔物をこのまま帰る。明日、また同じ場所を周ってみよう」
「その、大丈夫なんですか?村の方は」
「任務が終わるまで、村全体に結界を張っておいた。魔物は入れない。襲ってきたとしても、結界の外で私が倒せばいいだけだ。その時は、君も結界の中にいてもらう」
ミカエルが魔物と村を交互に見やりながら言った。
抱えられながら眉を下げるルネに気付き、ミカエルはにやりと笑ってみせた。
「ルネ、私が強いことが、今ので分かっただろう?」
「え、ええ」
「それでも心配だというのか?」
「あ、当たり前です!」
「……そうか。だが、人に心配されるのもいいものだな」
「ミカエル様?」
ルネが恨めしそうにミカエルを見る。ルネの視線を浴びて、ミカエルは笑いながら肩を竦めた。
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