第10話
ミカエルはルネの顔に耳をよせ、彼女が呼吸していることを確認してほっと胸を撫で下ろす。生きていることはわかっていたが、直接確認せずにはいられなかったのだ。
「遠目に姿だけでもと思ったんだが、これは何かまた複雑な事情がありそうだな」
ミカエルはルネを抱きかかえ、鏡の破片が散らばっていない、窓際にルネを降ろした。
「さて、どうしたものか」
ミカエルは部屋をひと通り見て回る。ぱっと見て分かるのは、この部屋はおよそ一国の大貴族の令嬢が過ごすような部屋では無いということ。ベッドには寝具の中身が散らばり、机の上の花瓶は倒れて、そのすぐ横に座面が破れた椅子が転がっている。全身が映る大きな姿見は、無惨にもひび割れてその役目を果たせていない。
(あれもこれも、全て彼女の家族がやったのか。彼女から具体的な虐待内容まで聞いたことは無かったが、聞かなかったのは間違いだったか?だが、例えルネに聞いても話さなかっただろう)
ミカエルが再びルネの元に戻ろうと顔を向けた時、ドアをノックする音がした。
「お嬢様?」
ミカエルの形のいい耳がぴくんと動く。
聞きなれた声だ。アルベルト。ミカエルは彼と顔見知りだった。ミカエルの仕事にアルベルト率いる騎士団が遠征に出ていたのだ。その時、話をして仲良くなった。フィサリスと同様、ミカエルの数少ない友人だ。
(確か、兎の獣人の妻がいたのだったな。そうか、彼はこの家の騎士だったのか)
またドアをノックする音がする。
「お嬢様、私です。アルベルトです。先程お嬢様のお部屋から大きな音がしたあと、奥様がお嬢様の部屋から出ていらしたと近くにいたメイドに聞いて、またお怪我をされていないかと思い参りました。扉を開けることが難しければ声だけでも構いません。お部屋に入る許可を頂けませんか」
アルベルトの声からは本気で心配していることが伝わってくる。
ミカエルの耳がまたぴくんと動いた。
(アルベルトの他にもいるな。……この家の使用人か?)
そういえば、とミカエルは思い出す。
ルネはメイドやアルベルト達騎士団の話をする時は楽しそうだったな、と。この家でルネを虐げているのは、クロースティと、義兄、そしてその2人と共にこの家の使用人となった者たちだけだ。普段ルネの世話をする専属のメイドや騎士団の者達は、むしろルネを慕って守ってきた。
「お嬢様、リリィです。開けても宜しいですか?お嬢様が心配なのです。どうか、私共を部屋にいれて頂けませんか?怪我の手当だけでもさせてください。どうか、お嬢様」
今度は若い女の声だ。アルベルトといいこのリリィというメイドといい、クロースティが部屋から出ていったという理由だけで、まるでルネが怪我をしていることを確信しているような言い方に、ミカエルは目を細めた。
(やはりこれが君の日常なのだな、ルネ)
ミカエルが振り向いた先で、ルネは月明かりを背に目を閉じている。青白い肌が更に白く染まり、まるで蝋人形のようだった。
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