第36話 エルフちゃんと大晦日

 いよいよ年の瀬だ。

 十二月二十九日。


「ただいま~」

「景都、エリカ、ララちゃん、ただいま~」


 両親の帰宅だ。どこの国かは知らないが外国からのご帰還である。

 月末を晦日といい、年末を大晦日というそうな。


 この日の夜はズワイガニを食べた。


「カニの足と爪は初めて食べますぅ」

「だろう。だろう」

「甘味があって美味しいですぅ」

「そうだね」

「この味はシルクスパイダーに似てますねぇ」

「お、おう」


 ララちゃんもおっかなびっくり最初は殻を剥いていたけど、すぐになかなか器用に剥くようになった。

 妹も前は硬いからお兄ちゃんやってって言っていたのに今日は自分でやっていた。

 少しばかりお役御免になった俺は寂しく感じるものの、その成長には感激と感謝を感じる。


 シルクスパイダーというのは一メートルくらいあるクモの魔物でカニみたいな味がするそうだ。

 背後から襲われるとひとたまりもないため、初心者キーラーなのだとか。

 エルフの森では毎年十人以上犠牲になっているのでなかなか怖い相手なんだって。


 それからタクシー運転手の孫娘の瑞希ちゃんの話を報告した。


「ということで瑞希ちゃんの病院に行ってきて魔力障害であるのは確定だったから治療のために通ってる」

「そうか」

「そのうち退院できると思う」

「あまり公にはできないのが歯がゆいが、これくらいならお目こぼしできる」

「ありがとう親父」

「いや、こちらこそすまない」


 瑞希ちゃんは名付けの加護により水属性があるのが確定している。

 異世界魔術によれば『名は体を成す』は事実であり、これは加護の一種なのだそうだ。

 瑞はもちろん稲が豊作になるという意味と水に関連している。

 彼女はすでに指先から水を出せる。


 俺は土だな景都なので。土というか地球、大地というか。

 景色も都市も両方土属性だ。

 俺はからっきしだけど、土が出せてもあまりうれしくはない。


 年末、三十日。

 近所の山月神社に参拝へ。

 俺んちとハルカの家合同で二台の車で向かう。


 駐車場に車を置いて鳥居を潜る。

 脇道もあるけど魔除けなどの意味がある鳥居は潜ったほうがいいという言い伝えだ。


 手水で手を清めて進む。

 こういうところは砂利道になっているので足音がする。


 本殿の前で二礼二拍手一礼。

 礼をしてお賽銭、今年はいいことがあったので奮発して五百円を投入。

 また礼をする。


「何お祈りしたの、お兄ちゃん?」

「別に」

「あっ、言わないほうがいいんだっけ」

「うん。神様との秘密の約束だから」


 妹が聞いてくるが、俺はそう思ってる。

 ちなみにララちゃんを含むみんなの無事を祈ったけど、頭を下げるときは俺は頭の中では何も浮かべない派でただ無心にお祈りする。

 だから何をお願いしたかと言われると、実は何もお願いはしていない。

 いいんだ。普段からお願いしているし。

 どうせどこにいてもいつでも見ていると思う。神様なんだから。

 異世界があるということで、今年は少し真剣だった。

 つまりどんな形であれ神様も実在している可能性が少しでもあるということだ。


「上位存在とは」

「なにお兄ちゃん?」

「いや、口に出ていたか。なんでもない」


 神様は何を考えているのか。なぜ世の中には不公平なことがあるのか。

 実は神様はすべてをコントロールしていないのではないか。

 ただ世界を創造し、なりゆきは見守るのみ。

 そう考えるとしっくりくる。

 ちょっとスピリチュアルなこと考えるとダメだな。ニヤニヤしてしまう。

 俺には向いていない。


 それで大晦日、三十一日。


 夕ご飯。おそば。

 母親がスーパーで買ってきた近所の製麺所のそばだ。


「いただきます」

「「「いただきます」」」


 ずずっとそばをすする。うまい。

 今日は海老、海苔、サツマイモ、春菜、ナスの天ぷらもある。

 春菜は地場モノのアブラナ科の謎の野菜だ。


「美味しいですぅ」

「ああ、カップ麺のかき揚げも好きだけど、これはこれで」

「ですぅですぅ」


 何回かカップそばは出したことがある。

 あのサクサクで汁でしっとりしてくるかき揚げもかなり好きだ。

 でも母親の揚げる家の天ぷらは間違いなく美味い。


 ゴーン。ゴーン。ゴーン。


 除夜の鐘が鳴る。

 こちらは近所の東川寺とうせんじの鐘の音だった。

 江戸以前から続いているという由緒あるお寺だけに参拝客も多い。

 駅名の東川ひがしかわ駅と地区名の由来でもある。

 鐘の音は全部で百八つ。煩悩の数とされる。みんな知ってると思うけど。

 本当に百八つ鳴らされるか分からないけど、夕方から間隔を空けてずっと鳴り続けてる。

 お寺に行くと甘酒が貰えるのが伝統で小さい頃はよく行っていた。

 一人になってからは家でさっさと寝ていたので最近は縁がなかった。

 感染症が流行るようになってから年末年始の集まりも分散が呼び掛けられるようになって久しい。


「甘酒できたよー。お兄ちゃん」

「お、さんきゅ」


 俺たちも家で甘酒を飲み年越しだ。

 テレビの年越し番組を見ながらソファで過ごす。

 暖房を入れてあるのでこたつはない。

 こたつでみかんの和室も憧れはあり一度はやってみたいとは思う。


「三、二、一。新年、おめでとうございます」


 テレビがその瞬間を伝える。


「おめでとう」

「おめでとうですぅ」

「おめでとうございます」


 みんな新年の挨拶をした。

 このメンバーになって七か月くらいか。

 無事に新年を迎えられてうれしい限りだ。さて寝るか。

 年号も新しくなり気持ちも新たに今年一年も頑張りたい。


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