二人目

 言葉以上の気炎を避けながらも、「小林一葉」の証言に一段と身を乗り出して、傾聴の価値ありと表す。


「あの、わたし以外にも取材の予定はあるんですか? 被害者への取材」


「えぇ、検討しています」


「わたしも取材の協力をさせてもらえないでしょうか」


 思わぬ角度からの提案に私はのけぞった。椅子に座って有象無象の記事ばかり作成するばかりで、取材をする機会にそれほど執着していなかったからこその驚きかもしれない。知見が足りず正しく判別はできないが、私にとって追い風としか言いようがない。


「きっと、わたしがいれば、スムーズに取材が出来るはず」


「小林一葉」は私の考えと同じようである。同じ事故の被害に遭った被害者を傍らに置いて取材を取り付ける方法は、往々にして起きがちな、初対面による警戒心を和らげ、話を円滑に進ませるはずだ。


「それは助かります!」


 今なら軽妙なスキップを踏んで家路に帰る事も吝かではない。


「他の被害者に事故の様子を聞く事ができれば、わたしの疑問も晴れるような気がします」


 私達はすっかり意気投合し、取材という体裁はもはや形骸化した。喫茶店を出る頃には、都合のいい時間をお互いに洗い、清々しい別れを告げる。


 自宅に戻ると、私は残りの五人の素性を遍くメディアを介して調べる。テレビを点けていれば、氏名や年齢、性別などは受動的に獲得できたが、そこから先の取材に赴く為に必要な情報は、積極的に手を動かす必要があった。一つ一つを咀嚼しつつ、吟味した上で最も接触を図りやすいと感じたのが、「蓮井廉」であった。地元の高校へ通う十五歳の男子学生。多くのメディア関係者が足掛かりにしやすい人物となり、未発達な思考を見越して、あらゆる質問をぶつけるだろう。私とて、それは例外ではなく、学校名と修学時間を調べて下準備をし始めていた。


 喉が渇き、冷蔵庫へ行こうと椅子から立ち上がろうとした矢先、ポケットに違和感を覚えた。剥落した記者としての意識が、ボイスレコーダーの存在を失念させていた。


「ハハッ、何やってんだ」


 録音の具合を確かめると、布が擦れ合う音によって、会話のほとんどが聴き取りづらく、意味を成していなかった。ただ、それでいい。今となっては、小林一葉との間に結んだ信頼に影を落とす代物に過ぎないのだから。


「中川第一高等学校」


 偏差値は至って平均的で、部活動に於いても特筆した結果を出しておらず、無味乾燥と形容すると失礼にあたるが、それが学校の情報を調べた私の率直な感想であった。ただ、今回の事故をきっかけに瞬く間に脚光を浴び、「中川」と、打ち込むと学校名が旗手として現れ、その影響が如何に甚大なものだったかを物語っていた。


 彼と鉢合わせるならば、下校時が好ましい。突発的に渡される名刺ほど、受け取り難く、信頼に足らない物はない。なるべく彼の心に寄り添いながら、別れ際に渡すのが波風が立たないだろう。


「あの、小林さん。平日の夕方、時間空けてもらえますか?」

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