第二十四話 レックス宝石店(2)

 凍った。

 空気が凍っていた。

 店の従業員もレックスさんも、私の一言に固まっている。

 誰も動けず、口も開けず。まるで時間までも凍り付いてしまったように長い時間そのままだった気さえする。


「ま、マリー……」


 そんな凍り付いた時間を再び動かしたのは、冷や汗を流すウィルの一言だった。

 

「どう、いう……何を言い出すんだ? 君は今、占いで欲望や執着心にとらわれていると、そう言ったじゃないか?」

「ええ、言いました。ですが考えて欲しいのウィル」


 インプレッス商会の子供は、大人になると独り立ちする。それはレックスさんも同様だ。


「レックスさんも自身の宝石店を開き、今では事業を大きく広げてすらいる。でもその規模は、もうこの街に収まる物じゃない」


 レックスさんの宝石店は、超有名店だ。名を聞けば挙って貴族達は挙って集まり、レックス宝石店の宝石を手にしようと、大枚をはたく人だっている。それも全ては周りに注目を集めるため、その注目がより興味を引き、人々を掻き立てる。


「つまり、すでに国全体に波及するほどの一大ブランドなの」

「それは……そうだろうが……」

「対して、インプレッス商会はどうでしょう」


 この街の礎になったほどの歴史と伝統がある、たしかに大きな商会だろう。その後継者ともなれば、大変な栄誉だ。

 しかし、所詮はこの街の一商会。国全体に影響を及ぼすとは残念ながら言い難い。決して小さな規模ではないにしても、その規模は、既にレックスさんのお店は凌駕する勢いだ


「どちらがより栄誉を勝ち取れるか、どちらにより勢いがあるのか、そして――どちらの方がより稼げるか。それはもう、明白です」

「……なぜそう思う?」


 黙っていたレックスさんが口を開いた。


「ただの占いだけでそこまで言い当てるなら大したものだが、とてもそれだけとは思えない……何を根拠にそんなことを言える?」


 決め手になったのは確かに占いの結果だ。でも、他にも疑う余地はあった。


「もともと変だとは思っていたんですよ。レックスさんがラステルさんのお店に人を送り込んでいることが」

「変?」

 

 ウィルの疑問に、あえて質問で返してみた。


「ウィル、もし貴方がラステルさんのお店への妨害を企て、人を送り込むのなら、どんな人をどの程度の人数送り込みます?」

「それは……」


 言いづらそうに、レックスさんの顔を伺いながら、ウィルは答えた。


「私なら……人数は少数にしてその手のプロを送り込むかな。その方が、確実だろうし、犯行が発覚する確率は低くなる」


 期待通りの答えに私も嬉しく頷く。

 

「ですが実際送り込んでいたのはその手のプロではなく、ただの一般人。それもかなりの大人数」


 そんな大したことも出来ないであろう人達を送り込んで、一体なにをさせようというのでしょう? ましてそんな一般人達ならどれだけ金を積んで緘口令を強いても、犯行が絶対に漏れないと限らない。


「そんないつ発覚してもおかしくないような曖昧なやり方、ここまで業績を伸ばしてきたレックスさんがするでしょうか?」


 そんなことをすれば、レックスさんだけではない、これまで積み上げてきた宝石店の信用にも関わってくる。

 

「なにより、ラステルさんのお店はまだ開店したばかり、しかも業績が上がってきていたとも言い難い。そんなお店に、わざわざ妨害行為など仕掛けるでしょうか?」

「それは……後継者争いがあるから……」

「ならなおのこと変です。後継者争いの妨害を企てるのなら、ラステルさんのお店よりもヴィヴィオさんのお店でしょう」

「それは……!」


 ヴィヴィオさんのお店も、レックスさんほどではないにしても女性客の人気も高く、業績も十分伸びている。

 でも彼女のお店にそういった痕跡はなかったし、二人で会って雑談したりと、二人の関係も決して悪いわけではない。それは彼女やレックスさんの証言からも分かることだ。

 ついでに、さっきの私の質問からも分かることがあった。人を雇っていることを指摘した時、彼はこう言った。『君には関係の無いことだ』と。

 店舗調査だとかなんでも嘘でもそう言えばいいところを、あえて関係ない、と言い放つあたり、レックスさんの根は真面目なのだろう。


「だがマリー、それならなぜレックスさんはラステルさんのお店に人を送り込んだんだ?」


 もっともな疑問だった。


「私は、この問題の前提に、インプレッス商会の後継者争いがあるものと思い込んでいました」

 

 だが、その思惑がレックスさんにないとしたら?

 全ての行動が、別な目的のためにものだとしたら?

 今までの物事が、別な見え方をしてくる。


「レックスさん、もしかして……」

「………………」

「弟さんのお店を、密かに盛り立てようとしていたのでは?」


 私の告げた結論に、レックスさんはなにも言わない。

 反応を示したのは、むしろウィルだった。


「盛り、立てる……?」

「つまりね、ウィル。レックスさんは人を雇って、ラステルさんのお店に行かせて、いかにも『お客が来ている人気のお店』って見せようとしていたのよ」

 

 お客がたくさんくるお店は、それだけで効果がある。

 人がたくさん集まれば、周囲を行く人の注目を引くし、人がいると言うことは、そこで扱う商品はいい物だろうと錯覚もしてしまう。

 そこでレックスさんはサクラを雇って、常にラステルさんのお店に人がいる状態を密かに作り、お客を呼び込もうとした。

 それなら、レックスさんの行動にも説明がつく。


「これは予想ですが……お店に来ていたお客さんのほとんどは、レックスさんの仕込みだったのでは?」

「あ、あの大勢のお客のほとんどが!?」

 

 ウィルが驚くのも当然だろう。

 なにせあれだけひしめき合っていたお客のほとんどが、実際のお客ではないというのだから。

 

「実際、ラステルさんのお店の売り上げは、お客の入りに対して売り上げは決して良くはありませんでした。それもこの件を裏付ける証拠です」

「………………」

「恐らく、レックスさんは彼女達に『ラステルさんのお店で、特定の時間滞在しろ』という依頼を出したんでしょう」


 唯一予想外だったのは、お店に起きた怪奇現象だ。

 ラステルさんのお店には、二種類のお客さんがいた。怪奇現象に驚き逃げ出すお客と、動じないお客さん。

 前者が本来のお客で、後者がレックスさんの仕込みだ。

 あの現象によって、自然に集まったお客達が怖がって逃げ出すことになってしまったが、レックスさんが雇った人達は、下手に店を出ることが出来なかった。

 なにせそれが契約であり、それを破れば依頼料がもらえなくなってしまう。

 だから固定客がついているように見えても、実際には売り上げが上がっていないという謎の現象が起こり、より奇妙さを深めていったのだ。


「そもそも、後継者争いをしていて互いに敵同士なら、レックスさんはラステルさんの店のことをヴィヴィオさんに話はしない、か……」

「それにもし仮に二人が共謀していたとしても、わざわざ二人が手を組まなければならないほど、現状でラステルさんが厄介な商売敵とも思えない」


 そう考えると、不可解だったレックスさんの行動も理解できる。


「つまり、レックスさんは後継者争いの妨害工作をしていたのではなく、実際はラステルさんに手を貸していた……違いますか?」


 尋ねるように、レックスさんへ視線を向ける。

 これまでの推理を黙って聞いていたレックスさんは――肩をすくめた。

 でもそれは、今までのような小馬鹿にしたようなものではない。

 

「まったく……君は占い師よりも探偵をすべきじゃないかな」


 値下げの交渉にでも折れたように、どこか諦めと観念にも似た脱力だった。


「一つ違う点があるとすれば、私は手を貸していたのではない。あくまでも応援していただけだ」

「同じことでは?」

「いいや違う。0と1くらいそれは違うことだ」

「よく、わかりませんが……なぜこんなことを?」

「兄姉の一人が自分の店を持った。それなら家族が応援するのは普通なことだ」

 

 おかしなことでもないだろ。と言わんばかりにレックスさんは白状する。

 今までの対応が嘘のように、清々しさすらあるほどだ。 


「それならラステルさんに一言あっても良かったのでは? 送り込んだお客さんだって、お店でなにか買わせるようにしたって――」

「それは違う」

 

 清々しさから一変。

 再び、厳しい表情を作るレックスさん。 


「言ったはずだ、私がしていたことはあくまでも『応援』だと。私の依頼した人間に物を買わせてしまったら、それは間接的に俺が弟に金を出したことになる。せっかく独り立ちしたというのに、兄が手を貸していたら、独り立ちの意味がない」


 それは、ある意味で商人らしい考えだったかもしれない。

 手を差し伸べることと応援は全く違う。レックスさんの言っていたことはこういうことだったのか。


「恐らく妹のヴィヴィオも似たように考えているはずだ。ラステルのことは影ながら応援しようと。だがそれにしても厄介なものを送りつけおって……」

「あれは、もう不幸な事故としか言えませんね……」


 レックスさんから話を聞いたヴィヴィオさんも、本当に心の底から弟のラステルさんの心配をしたのだろう。

 それで彼女なりの気遣いであんな禍々しい像を送りつけて、それが騒ぎに波紋を広げてしまった。


「レックスさん、このことを弟さんにお伝えしませんか?」

 

 今回の件、誤解が誤解を呼んで話が捻れている。これを解消するには、やはり三人が正直に話し合うのが一番だと思う。

 でも、当のレックスさんはどうやら違う考えのようだった


「……ダメだ。独り立ちした以上、これはアイツの問題だ」

「………………」

「アイツはインプレッス商会の後継者になりたがっている。そのために努力もしている。そんな人間に求められてもいない手を差し出すことは、アイツへの侮辱であり、プライドを傷つけることになりかねない」

「そんな……」

「ありがとうマリーさん。でも、このままでいいんだ……」


 それはひどく寂しい一言だった。

 同じ商売人。一人の大人として立った以上、それに手を差し伸べることは、一人の大人と認めた相手への侮辱にもなりかねない。

 でも彼らは兄弟。そこには違う繋がりと、優しさもあるはずなのに。


「……今朝のことでラステルさんのお店の噂が広がりつつあります、それも悪い方向に。このままでは、お店の評判に関わりかねません」


 私は、どうしても諦めきれなかった。


「お店のことだけじゃありません、ラステルさんはお二人のされたことに誤解とはいえかなりお怒りでした……このままでは、ご兄弟の仲を引き裂くことにもなりかねません」


 彼らは血を分けた兄弟だ。たとえ同じ商売人だとしても、一人の大人として認められたとしても、そこは変わらない。

 そんな彼らが、バラバラになってしまうのは見たくない。


「いいじゃないですか、プライドを傷つけたって。兄弟の仲を引き裂くことになるより、ずっといい」


 しかし、レックスさんの態度が変わる様子はなかった。


「マリー、もうこの辺で……」


 ウィルが店を出るため、私の手を取ろうとする。

 でも――私はその手を、あえて払った。


「……占いで大切なことは、信じることです」


 根拠のない曖昧なものであるからこそ、そこに出たものを信じなければ、なにも生まれない。

 だから信じる。

 結果を、カードを、そして――相手を。


「お願いです、弟さんと話をしてあげてください」


 自分が初めて信じた時、相手もまたきっと信じてくれるから。


「…………一度だけだ」


 レックスさんも、きっとそうだと信じていた。


「一度だけ、話そう……。そこから先はどうなるかは知らんぞ……」


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