第3話 ざまぁしてやりました

 しかし、洞窟の通路はかなり複雑に入り組んでいて、しかもかなり広いため、なかなか外に出られない。おまけに、魔物の気配もあちこちにあるので気が抜けない状況だ。


「なぁ、ドラゴンの力で壁を破ったり、天井を壊して脱出したりできないのか?」

「そんなことしたら洞窟全体が崩れて生き埋めになる可能性もありますよ。それに私、今は怪我が酷くてあまり暴れられる自信がありません」

「そういやそうだったな……」


 人間の姿になって見た目は元気そうだったが、彼女はさっきまでずっと痛めつけられていたのだ。時折足を引きずったり、顔をしかめて痛みに耐えるような姿を見せるのも痛々しい。崖から落ちたものの、ほぼ無傷の俺が申し訳ないくらいだ。


「それに、今のロイは私の力を譲渡したので前よりもかなり強くなっているはずですよ。この洞窟にいる魔物程度では相手にもならないはずです」

「ほんとかよ」

「はい。ロイはドラゴンライダーになったんですよ? それはもう英雄級の力が手に入ったも同然です」

「へぇ……」


 俺は自分の手をまじまじと見つめた。確かにフラウの言う通り、身体の奥底から湧き上がる力を感じる。使い方は分からないが、洞窟の魔物相手に練習してみてもいいかもしれない。

 と思っていると、ちょうど目の前に魔物の一団が現れた。

 ゴブリンと呼ばれる緑色の小鬼のような姿をした醜悪しゅうあくな化け物たちだった。


「よし、早速試してみるか」


 俺は剣を構えながら、ゆっくりと魔物たちに近づいていった。心なしかいつもより剣が軽いような気もする。


「ギィッ!」

「ギィー!」

「キシャー!」


 俺に気づいたのか、ゴブリンどもは一斉に襲いかかってきた。


「はっ!」

「グギャァ!」


 まずは先頭にいた一匹に斬りかかった。……のだが。


「えっ……?」


 剣を横薙よこなぎに振るった瞬間、その刀身が光を放ち、ゴブリンを数体まとめて吹き飛ばしていた。


「えっ……ちょっ……」


 俺は呆然としながら、次々と向かってくるゴブリンたちを斬っていった。


「嘘だろ……一撃で……?」

「すごい……流石ですロイ」


 フラウの声援を受けながら、俺は夢中で剣を振るった。そしてものの数分で全ての敵を殲滅せんめつしてしまった。


「ハハッ……マジかよ……」


 俺の手に握られていたのはそこら辺の道具屋で買ったただの安物の剣だ。それが、まるで伝説の聖剣のようにきらめいている。


「これが……ドラゴンの──フラウの力か……」


 俺は自分の身体の変化に驚きつつも、どこか納得していた。フラウと契約した時から感じていた不思議な感覚の正体はこれだったのだ。


「フラウ、お前凄いよ! 本当にありがとう」

「いえ、私は解呪のお礼として当然のことをしただけです。それよりも、早くここから脱出しましょう」

「ああ、そうだな」


 それから俺達は出口を探してひたすら歩き続けた。すると、しばらくしてようやく外に出ることが出来た。空は既に薄暗くなっていた。



「やっと出られた……」

「ふぅ……疲れましたね……」


 フラウが人の姿のまま地面に座り込んだ。彼女によると人間の姿の方が身体を維持するエネルギーが少なく楽らしい。それでも歩けなくなるということは、彼女の体力は限界に近いのかもしれない。


「大丈夫か? 夜はアンデッド系の魔物がいるから近くの村まで行きたいけど、立てるか?」

「ちょっと待ってください、すぐに……」


 だが、立ち上がろうとした彼女はすぐにへたりこんでしまった。


「……無理そうですね」

「だよな……」


 俺は彼女の前にしゃがみこんだ。


「ほら、乗れよ」

「えっ? でも……」

「いいから」


 俺は背中を差し出した。フラウは少し迷っていたが、やがておずおずと俺の首に腕を回してきた。彼女がしっかりと掴まったのを確認してから、俺は彼女を背負うようにして立ち上がった。


「しっかり捕まってろよ」

「は、はい」


 フラウの柔らかい感触を感じつつ、俺は村を目指して歩いて行った。

 フラウを背負って歩くこと数時間。途中で何度か魔物に襲われたが、フラウを背負ったまま戦い抜きなんとか無事に村に辿り着くことができた。ドラゴンライダーとしての力がなければ間違いなく途中で命を落としていただろう。




「ここが、村の入口か」

「そうみたいです」


 村はそこそこの規模だった。木で出来た簡素な門があり、見張りの兵士の姿もある。

 俺たちは村の中に入ると、泊まれる宿を探した。フラウの体力のことも考えると早めに見つけたかったが、ほどなくして邪魔が入ってしまった。背後から声をかけられたのだ。


「……お前、ロイか? どうしてお前が生きている?」


 振り返ると、ダンジョンで俺を追放したSランクパーティーのリーダーの金髪男が立っていた。彼はまるで幽霊でも見たような顔で俺を見つめていた。


「よう、さっきぶりだな。そっちも無事に洞窟から出られたようで何よりだ」


 俺は不快感を噛み殺しながら軽く挨拶をした。すると金髪男は鼻で笑ってきた。


「オレたちがあんなダンジョンで苦戦すると思うか? ていうかお前こそよく生きて帰れたな」

「お陰さまでな。じゃあ先を急ぐから失礼するよ」

「待てよ」

「ひぃっ!?」


 金髪男を無視して歩き去ろうとすると、男に腕を掴まれた。背中のフラウが悲鳴を上げる。


「お前に生きてもらってちゃあ困るんだよ」

「心配すんな。お前らの悪い噂なんか流しやしねぇよ。する価値もない」


 俺は冷たく言い放った。だが、金髪男の表情は変わらない。それどころかますます怒りに燃え上がったように見えた。


「ふざけんじゃねえぞ! このクソ野郎が!」

「きゃあっ!!」


 金髪男はいきなり俺を突き飛ばした。俺はバランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。その拍子に背中のフラウが落ちそうになったが、俺は咄嵯とっさに手を伸ばし何とか彼女の身体を支えることに成功した。


「おい、危ないだろ! 怪我人がいるんだぞ!」

「うるせぇ!! さっさと死ねやオラァッ!!!」


 金髪男が腰の長剣を引き抜き、俺に向かって振り下ろしてきた。

 かわすと剣がフラウに当たってしまう。俺はフラウを庇うことを選んだ。


「クソッ!」


 すると「ガキィィンッ!!」という金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。……見ると、咄嗟に頭を庇った俺の左腕が白銀に輝く鱗のようなものに覆われており、それが剣を弾いたらしい。


「な、なんだその魔法は!? 一体どうやって!」


 金髪男が焦ったように声を上げた。彼は知らなかったのだ。俺がフラウと契約してドラゴンライダーの力を手に入れたことに。


「──知るかよ」


 俺は空いている右腕で男の腹を殴りつけた。ドゴッ! とこれまた鈍い音がして、金髪男は苦悶の声を上げながら吹き飛んだ。


「ぐぁぁぁぁっ!?」


 金髪男は地面でのたうち回り、やがて気絶したのか動かなくなった。


「恨むんなら女神様を恨め」


 うつ伏せに倒れる金髪男に捨て台詞を吐くと、俺は急いでフラウに駆け寄った。

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