メリー・メアーの長い首
第32話 メリー・メアーの長い首 1
かつてある心理学者がこういった。
「夢とは、脳の小部屋で演じられる無意識の舞踏である」と。
対して〈ホール〉は外だ。
我々は悪夢とともに脳髄から出て〈ホール〉で踊るのだ。
1
人と人の関係とは不思議なものだ。
私は最近出会った女の子と〈ホール〉で遊ぶようになった。
良縁。奇縁。腐れ縁。
世の中には色々な関係性がある。
私たちのそれはどうだろう。
私は「癒やし」のために〈ホール〉へやって来ている。となれば我々は旅先での知り合いといったところだろうか。
我々は〈ホール〉の自由と、時に訪れる客人の悪夢を楽しむ。
○○○
来ましたね、と私がいう。
すると
リゾートホテルのなかというのは、探せば意外な物も見つかるもので、私たちはやすやすと秋祭り用の浴衣や帯、ぽっくり下駄まで見つけ出すことができた。
どちらも帯の結び方なんてわからないので、感性に任せて巻いたり捻ったり潜らせたりを繰り返したところ、何とも形容しがたい、呪術的とでもいうような着付けに仕上がった。
詞浪さんは完成した瞬間そのことに飽き、このままでは生活に不便だと気づいたのか、帯をぐいっと回して、結び目の位置を鳩尾の辺りへ調整した。何かあったとき解きやすいように。
「しかし、あんた毎回姿が違うよね」
〈西瓜子〉とでもお呼び下さいと私はいった。
「やだ。バカみたいだし」
ホテルの玄関を出ると、安スピーカーからながれる祭り囃子が強くなった。
生温い空気とともに、ソースや砂糖の焦げた匂いが漂っている。
赤や青、或いは針のように鋭い白熱電球の灯りが、海岸沿いの道のずっと遠くまで続いて、上空は屋台の煙のため曇っている。
「お祭りを連れてきて来てくれるなんて気が利いてる」詞浪さんが笑った。
慣れないぽっくりを気にしつつ、我々は夜祭りの悪夢のなかへと入って行った。
今回、〈ホール〉へやって来た客人は二人の男だった。どちらもたいへん酩酊している。
二人の酔った男が無人の夜店を見回しつつ近づいてくる。
酔いの浅い、眼鏡の男の方が、もう一人のぐでぐでの男を支えて歩いてる。
頭を金髪に染めた泥酔男は、もはや眼鏡の男に介護されているといっていい格好だった。
「おい~。ここ地面がぐにゃぐにゃじゃねえかよ~」
「ぐにゃぐにゃはお前の足の方だな」
眼鏡の男がいうが、金髪の方は聞いてはいず「目がチカチカるぅ」などと喚いていた。
「祭りの灯りだ……祭りなんかやってんのか。いやそれよりこの状況で無人ってことあるか?」
眼鏡の男は、周囲の異常さに気づいたようだった。
夜祭りはまったくの無人で、イカ焼きもたこ焼きも焼きっぱなし、金魚すくいの金魚はすべて腹を見せて死んでいた。
祭り囃子だけが賑やかだ。これが〈ホール〉だ。
「いいから、もうタクシー呼べよ
「呼ぶにもここがどこだか分かんねえんだよ」
「いいから呼べよ、使えねえな~
「今月分は返したろ」
「そんなんじゃ、ぜんぜん足りてねぇだろうがよぉ」
「わかったから歩けって」
「お前んちは俺の家の金でだなぁ~」
「ああ。駄目だコイツ」
眼鏡の男は歩きながら、ずり落ちていく金髪の男を引っ張り上げなくてはならなかった。
そのとき、金髪の方が砂浜の方を見ていった。
「オイオイオイなんで海が見えんだよぉ~。どこだよここ。
「タクシーいいだしたのお前だろ」
うんざりした様子で眼鏡の男は立ち止まった。よく見ると眼鏡はフレームが曲がっていた。
「――確かにいつの間にこんなとこに迷いこんだ? 確か『クリスタル』で飲んでたよな? で、『クリスタル』追い出されて……それから――」
ここは〈ホール〉ですよ、と私がいうと、客人たちはぎょっとしたようだった。
我々が屋台のお面にまぎれていたので、気づかなかったのだ。
○○○
歪んだ眼鏡の男は、
泥酔した金髪の方は
世古田眉山と縦親栄利。
曲がった眼鏡がヨコ。酔い崩れた金髪がタテと私は覚えた。
タテの金髪男が金貸しで、
金髪男では話にならないと見て取った私は、もっぱら
要するに、ここは〈ホール〉という現実とは異なる世界で、我々はここで何をしてもいい。という様な事だ。
その際、我々に憑いてきた悪夢に気をつけなくてはならない。
「悪夢? この夜祭りは夢って理解でいいわけ。現実の俺らはどっかで寝てるってことか? じゃあ〈ホール〉ってなんだよ?」
「酔っぱらってんじゃねえか~のこの子~」
とうぜん二人とも懐疑的だった。
そこで詞浪さんは浴衣のたもとを、ごそごそさせ、なかから小玉西瓜を取り出して見せた。
質量的にはありえない発生の仕方で、二人は思わず西瓜へ顔を寄せた。すぐに後じさる。
小玉西瓜には人の顔が浮き出ていて、それは口を動かして、何かをひそひそ呟き続けている。これが彼女の持ちこんだ悪夢というわけなのだった。
「いやいやいや、何だよそれ」
金髪の
悪夢とはこういうものです、と私はいった。〈ホール〉では女子高生の脇の下からトラックいっぱいの西瓜を収穫することも可能なのだ。
「どんな世界だよ」
「ともかくアンタらにも、こんなふうに悪夢がくっ憑いてきてるってわけ。この夜祭りがそうなんだろうな。あんたらが来るまで屋台なんて一台もなかったんだから」
詞浪さんがそういうと、二人の客人は不承不承だがうなづいた。単に西瓜が怖かっただけかもしれないが。
「ところでこれ食べれる物なの?」
「食べれるよ。食べたら西瓜になるけど」
「食べれないじゃん」
ともかく〈ホール〉へ来る客人は、こうした悪夢を、現実のものとして背負うことになる。
悪夢がどんな姿を取るかは人それぞれだが、いずれにしろ本人の欲望ないし恐怖が反映されたものになるはずだ。
「で、俺らのその……悪夢が? 夜祭りってことか」
「夜祭り……ってよぉ……」
二人の客人は何事か納得している。
が、その詳細は私たちに教えてはくれず、というより二人の間でも話題に上げるのを避けている様子すらあった。
歪んだ眼鏡の
「まあ要するに夢は夢だろ?
それから
「帰れるよねえ? え? 何かいって?」
とこれは
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