メリー・メアーと虹の架け橋
第23話 メリー・メアーと虹の架け橋 1
かつてある心理学者がこういった。
「夢とは、脳の小部屋で演じられる無意識の舞踏である」と。
対して〈ホール〉は外だ。
我々は悪夢とともに脳髄から出て〈ホール〉で踊るのだ。
1
人には色々な欲望があるものだ。
例えば〈食べる〉という行為ひとつとっても、その目的は様々だ。
「生きるため食べるのだ」という者もいるが、実際ほとんどの人は旨そうだからという理由か、さもなくば習慣で食事をしている。
動物だって「生きるため」等と考える頭は持っていない。本能から来る欲望に従っているだけだ。
他にも、アスリートなら節制と大食の両方を行う。身体を造るためだ。
何がいいたいかというと、人にはいろんな欲望があって、それは〈食事〉という根本的な行為にすら複雑な意味づけをさせてしまうということだ。
今回は、そういうお話である。たぶん。
■■■
〈ホール〉に夏が来て、私はガーデニングにこり始めた。〈ホール〉でガーデニングをはじめたなら、どこに何を植えてもいい。
ホテルのビーチや、軽トラックの荷台。
民家の屋根の上。
病院の入ってはいけない小部屋。
神社の一番大事な箱の中。
また、ホテルの各階に果実の鉢植えを配置して、移動しながら気儘に食べられるよう工夫したりもした。
ビルなみに育った紫陽花群の迷宮を迷子になったこともある。悪夢世界の紫陽花は、蝗のように文明を覆い尽くしたが、次に来た時には消えていた。
〈ホール〉には自己保存のような法則があるらしい。
仕組みとしてはいろいろ考えられる。
例えば、スカベンジャーのような掃除屋が存在して、起こった変化を分解してしまうのかもしれないし、あるいは、ゲームのように、客人いなくなった〈ホール〉は、状態がリセットされるのかもしれない。
結局は何も分からない。〈ホール〉は謎なのだ。
育てた植物も、次に訪れたときには消えているのだが、私はそれも後腐れなくて気に入っている。
今回は食材で攻めた。
拠点にしたリゾートホテルの浜辺を青々とした畑に変えた。ビーチは生い茂った枝葉のおかげでいっきに涼しくなった。特に茄子とトマトの匂いが強かった。
畑には悪夢世界の素敵なラジオドラマの声が響いている。植物は音楽などを聞かせてやるとよく育つというから、このような措置を執ってみた次第だ。
内容はメロドラマで、今ちょうど三人目の愛人が溶けて死ぬところだ。ザ・フライ夫人は溶解液のキッスでメンズを捕食するのだ。
最初は何となく聞いていたのだが、そのうち私はドラマにはまってしまった。こんなとろけるような甘酸っぱい恋物語が、どこかに転がっていないものかと思う。〈ホール〉は無人の世界なので期待はできないが。
緑の中へ入っていって、西瓜を一つ収穫した。
獰猛に茂った枝葉が、皮膚を切りさいてくるのも小気味いい。〈ホール〉の植物は素敵に独創的で、飽きることがない。
まるまると太った西瓜をもぎる。
縞模様の果実には、人の顔に似た凹凸があり、何か喋っているようでもある。
試しに耳を当ててみると、中からは老人同士が囁き合うような、判別しがたい音が聞こえてきた。
実は熟れきっていて、指で弾くと、瑞々しい音をたてて割れた。果汁が顔まで
なかは赤いばかりで誰も入っていない。
悪夢は植物に似ている。
個性という種に、生活環境、
そして〈ホール〉では、その悪夢を収穫することができるのだ。
ジャガイモも収穫して、野外調理しようと準備している時だった。バスのエンジン音が近づいて来る。
また悪夢を抱えた客人が漂着したのだ。
今回はどんな悪夢が味わえるだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます