3次会 遊園地

 推し活部は、山崎先生に言われるがまま、遊園地へとやってきた。


 暑い夏の昼下がり。

 照りつける日差しの中で、明るい音楽が鳴り響いている。

 音楽に合わせて陽気に踊るマスコットキャラクター。


 こんなに明るい世界にいるのに、推し活部のメンバーの気持ちは晴れなかった。


 楽しそうに笑う子供たちの声も聞こえてきた。

 着ぐるみのキャラクターがおどけたジェスチャーで子供たちと遊んでいる。

 遊園地を訪れたお客さんの気持ちを盛り上げようというサービス精神が見える気がした。


 無言で眺め続けていたが、茜さんが痺れを切らした。

「……あーだこーだ言ってもしょうがないか。あの時どうしてればよかったなんて言ってもな。次があるさ!」


「……来年は受験だから、茜さんたちは引退じゃないんですか……? 3人でやるのはこれで最後じゃないですか……?」


 南部さんが抱えていた疑問を投げかける。


「……また、趣味でやればいいだろ。楽しいからやってたんだし。品評会とか、もともと気にしてねーし。こんな結果は気にしてもしゃーないよ」



 実際その通りだろう。

 最終ステージに行けるのなんて、ほんの一握り。

 いけなかったからって、今までやってきたことが無駄になるなんてことは無いし、そこだけが目指す場所じゃない。

 清酒祭であれば、来年も出れるだろうし……。


 南部さんは納得がいってなかったようだったが、茜さんに丸め込まれていた。

「そんなことで悩んで、今日を無駄にする方がもったいないよ! せっかく山崎先生のお金で遊べるんだ、楽しもうぜ!」


 僕も無理やりにでもそう思うようにして、今日は楽しもうと思った。


 ◇


 着ぐるみで楽しませようとするキャラクター達のショーが始まったので、みんなで見ていた。

 こういうキャラクター達は、とてもダンスが上手かったりする。

 部長が、ふとつぶやいて、僕に教えてくれた。


「酒姫を目指してた人ってね、こういうところで仕事してたりもするんだよ。元気なキャストさんや、お店の人、キャラクターの中に入って踊っている人たち、道は少し違うけど、昔は酒姫を目指していた人たちだったりするよ」


 そう聞いてから見ると、着ぐるみの動きが、なんだか全国品評会に出ていた人たちのように切れのある動きに見えてきた。


「あの中の人のこと、実は僕は知っているんだ。地下のライブ会場で見たことある。踊り上手いでしょ。今は声出してないけど、歌もうまいんだよ」


 とても切れのあるダンスを披露している。

「けど、運が無かったのかな。酒姫にはなれなかったみたい。こういうところで働けているのは成功している方かもしれないけれども。芽が出ないで、全く違う職業に就く人だっているんだ。僕たちがいくら推そうとも、現実って残酷だよね。一握りの人しかなれないからこそ、酒姫は輝いて見える。だから、そこに向かって頑張る人たちがいて、その人達も輝いて見える」


 一生懸命にダンスを踊るキャラクターを見て、そんな過去があるのかと感慨深くなった。

 どういう姿であれ、どういった形であれ、人を楽しませる事がしたかったのかなと思った。


 ‌キャラクターのショーが終わって、集まっていたお客さんもちりじりに去っていった。


「……茜氏、明日からどうする?」

「夏休みも終わるんだよな……」


「このまま、練習せずにしばらく休みにする?」


 ‌このまま、僕たちも自然と解散してしまうんだろうか……。


 部長からの質問に、南部さんが答えた。

「……明日、清酒祭でやった曲を踊りたいです。最後に一回だけで良いので。それをやったら色々諦めます。せっかくなんで、自分たちの成長を確かめたいんです。頑張ったことは無駄じゃなかったって少しでも思いたくて……」


「わかった。いいよ」


 南部さんは、涙を目に溜めながら、笑っていた。

「……入部してからずっと、夏休みに入ってからなんて特に。酒姫目指すことに、とても夢中になれました。皆さんと過ごした数カ月ですけど、とても熱い日々でした。その集大成をもう一回だけ!……沈んだ気分じゃ踊れないですよね! 今日は皆さんで楽しみましょう!」


 僕たちは、遊園地で思う存分楽しんだ。


 ◇


 翌日、推し活部は全員学校に来ていた。


「ちゃんと衣装持ってきましたか? 私は部長の衣装を、またお借りします!」

「ああ、もちろん持ってきた。南部の提案だからな。全力で歌って踊ろう。藤木、ちゃんと最後のパフォーマンス撮っておけよ? 私たちのプロデューサー!」


 僕もうなずいて、ビデオカメラをセットした。


 メンバーは、楽曲が始まる前のポーズを決める。

 これで本当に見納めなのかと思うと、切ない気持ちが溢れてくる。


「準備できました。部長、曲の方お願いします」

「おっけー、始めるよ……」


 部長が返事をして、音楽を流そうとしたところで部室のドアが開いた。


 ‌――ガラガラガラ。


 そこには慌てた表情の山崎先生が立っていた。

「おい! ‌みんないるか? ‌これを見てくれ!」


 いつも飄々としている山崎先生だが、走ってきたのであろう、息も上がりながら急いで部室に入ってきた。


「何ですか、今大事なところなんですよ」

「せっかくなんで山崎先生も見てきますか? 推し活部のラストステージ」


「いや、見て欲しいのはこっちなんだ! 全国品評会、敗者復活戦があるらしいんだ!」



「……えええ!!」


 山崎先生は、お知らせの手紙を見せてくれた。



 ――この度は惜しくも総合評価Bランクであったチームに向けてご連絡いたします。

 今回のファーストステージは、5演目と非常に多い演目でありました。総合的に審査するという目的でのことでした。


 ――総合的に評価をした結果、合格不合格を郵送させて頂きましたが、総合評価Bチームの中でも、一部の演目を見ると他のチームに追随させないくらいのパフォーマンスを発揮されているチームもございました。それは、合格チームをも上回るようなパフォーマンスでございました。


 ――そのため、ネット放送を閲覧した視聴者の方々から、失格にするのは惜しいとの声が多数上がりまして、この度、敗者復活戦をする運びとなりました。


 ――楽曲は自由。一番自信のある楽曲で、総合評価Aチームを超えるような演技をされるチームがございましたら、最終戦へと進んで頂きたいと思います。



 推し活分は、総合評価Bであった。

 5日目の演目で、A評価を取れたおかげで、ギリギリ総合評価Bを得ていた。


「うちのチームも、敗者復活戦の対象なんだ」


 そう告げられても、いきなりのことで呆気にとられていた。


「反応薄いが、お前たちはまだ諦めてないよな? まだチャンスがあるってなったから、これに賭けてくれ!」


「……やったーって喜んでいいんでしょうか……?」

「またしても、首の皮一枚つながった感じだな……」

「うん。私たちらしいかも。楽曲は自由っていうけれど、どの楽曲で勝負する?」

 メンバーたちがそれぞれ、希望を持ったようであった。



 楽曲を決めるにあたって、茜さんがまとめに入ってくれた。

「A評価をもらったヒップホップで行くのが妥当か……。つい最近練習してたっていうのもあるし」

 頷きあって、推し活部メンバー内では異論は無いようであった。


 ……僕以外は。


 ‌僕は、後悔すると思ったので、発言した。

「あの……。皆さんの一番の魅力が出ているのは、今着ている衣装の、この楽曲だと思います。清酒祭でやったこの楽曲」


 まとまりかけていた話を覆すようで、申し訳なかったが言わないと後悔すると思って続けた。

「一番近くで皆さんを見ていた僕が言うんです。一番このチームを推してる僕が言うんです。一番このチームを愛してる僕が言うんです。間違いないです。……絶対にこれが良いと思います……」


 自信満々に言っておいて、みんなの反応の無さに、少し自信が無くなってしまった。

 茜さんが念のためというように聞いてきた。

「まだ大会で歌われていない曲だけど、こんなオーソドックスな曲で出て行ったら、隅から隅まで厳しく採点されるんじゃ無いか? それでもいいのか?」


 部長も考えながら答えてくれた。

「僕も厳しいっていうのは思う。だけど、この曲を躍らせたら一番なのは、このメンバーだっていうのも思う」



「シロちゃんはどう思う?」

「私も、この曲が、みんなが一番輝いて見える」


 段々とみんなの気持ちが固まってきた。

「わかった。難しいこと考えてもダメだな。前、藤木に言われたとおりだ。一番良いと思う楽曲で行こう! ‌ここまで来たら、当たって砕けろだな!」



「よーし。敗者復活戦は今週末だ。頑張ってくれ!」

 そういうと、山崎先生は帰っていった。



「ふぅ……。これが最後じゃなくなったな」

「またこの曲を何度も踊ることになるとは……」

「ありがとうございます。藤木君、頼りにしています!」


 ‌みんな笑顔に溢れていた。

「みんな! しみじみするのはまだ早かったね! 練習しよう! 崖っぷちなことに変わりは無いからね! 楽曲全然違うし、これからは酒姫部とは別れたままで、推し活部の部室内で練習しよう!」


「はは。同じ曲で、またここで練習続くなんてな」

「体育館よりかは暑くないから、私はこっちが好き。シロちゃんも近くで見ててくれるし……」



「クロ、藤木、うちわ準備!」

「藤木君は、飲み物も買ってきて下さい!」


「うぁー。久しぶりに僕たちの仕事もいっぱいだね!」


 みんなも、部長も張り切り出した。

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