7次会 進むべき道

 4日目の演目が終わった次の日。


 最後の5日目の演目を前にして、推し活部の部室へと集まった。


「いやー、良かったよ、みんな。僕は感動して会場で泣いてたよ」

「そんな泣くほど良かったのか?」


 部長は、いつにも増して上機嫌だった。

 茜さんはそんな部長からの言葉に対して、少し嫌そうな素振りを見せながらも、顔はうれしそうであった。


 僕だけが、心の中に黒い感情が渦巻いていた。


 ジャズのステージでは、南部さんの存在が無くなっていた。

 このチームに、南部さんがいなくてもうまくいっている。

 そう思ってしまう演目であった。

 ……それでいいんだろうか……。



 上手いけれど、審査員からは良い採点を付けてもらえると思うけれど、南部さんの存在はどうなるんだろうか。

 南部さんの気持ちはどうなるのだろうか。


 ジャズは、魂の対話だと白州先生から教えてもらった。

 そんな対話に南部さんは入れてもらえなかった。


 これで良いんだろうか……。

 3人揃って、このチームなのに。



「……これでいいのかな……?」

 僕はふと心の声が漏れてしまった。

 ‌部室に集まっているメンバーには、小さい声でも聞こえてしまったらしい。


「どうしたの? 藤木君?」


 そう聞き返されると、漏れ出てしまった思いは、ダムが決壊するように次から次へと出てしまった。


「……上手くいっているんですけれど、こんな形のパフォーマンスで、それで良いんでしょうか……。他のチームと同じレベルに立てたのかもしれない、同じ点数に追いついたかもしれない。けど、今やっている事ってチームの本当の魅力が伝わることでしょうか……。皆さんらしさが抜け落ちてしまったような……。このチームに南部さんがチームに入れていないんです……」



 吐き出された僕の気持ちに、茜さんが答えてくれた。

「……まぁそれは少し思ったよ。けど最終ステージに進まないとだろ……」


 南部さんも、切ない表情で答えてくれた。

「……私も、上手い二人に任せることで次のステージに進めるなら……」



 そんな南部さんの切ない表情に、僕はタガが外れてしまった。

「僕は……、これが正解じゃないと思うんです。皆さんはそれで酒姫になって嬉しいですか? これが皆さんが望む酒姫でしょうか。審査員の採点ばかり気にして、良い点を取ることばかり意識している。審査員が見たら、どんなパフォーマンスをするのが一番良いかばかりを意識している。それが勝つことなのだと思います。けれど、自分たちの魅力を発揮しようとしないで、何かを犠牲にして……。そんな酒姫に、そうなりたかったんですか?」


 ‌みんな聞いているのだが、答えようとしなかった。

 みんなが黙って聞く中、僕は続けた。

「上手い踊り、上手い歌、審査員から点数を取れるように振る舞う。それと引き換えに、チーム内で辛い思いをする人がいて、そんな酒姫になりたかったんですか? それで魅力って出ますか? 昔のことはよく知りませんけど、昔の酒姫部がやっていたことと同じなんじゃないですか?」


 茜さんと泡波さんの表情がピクっと動いた。

 それでも僕は続けた。


「酒姫部をやめたきっかけって何ですか? 酒姫になりたいと思ったきっかけは何ですか? 酒姫を好きな理由って何ですか? 歌が上手いからですか? ダンスが上手いからですか? 推しを決めたのは何でですか? 可愛いからですか? カッコいいからですか? それだけが理由なんですか?」


 段々と僕はヒートアップしてしまった。

「推し活部に最初に来た時、茜さんや部長が教えてくれたじゃないですか! ‌もっと深く、もっと詳しく、酒姫を推すってそんな表面的なことじゃないって! ‌この部活に来た時に言ってくれたじゃないですか! ‌酒姫って何ですか!」


 感極まって机を叩いて立ち上がっていた。

「僕は、応援できないですよ、今の皆さん! ‌戦略戦略って、何がしたいんですか! 楽しいんですか! 酒姫って、そんな存在なんですか!」


 黙って聞いていてくれた茜さんも流石に怒った声で返した。

「……おい、やってる方の立場にもなれよ! ‌こっちだって本気でやって、最終ステージ目指しているんだよ!」


「皆さんの気持ちになってますよ! だって今、全然楽しくないでしょ? 伝わってこないんですよ楽しさが。型にはまって、決まった動きだけして。皆さんは白州先生の操り人形ですか。それじゃ魅力が出ないんですよ!」



「なんだよそれ!」

「昔の、最初この部室に来た時の茜さんの方が魅力的だった。泡波さんも清酒祭の時の方が楽しそうだった。酒姫らしかった。皆さん、思い出してくださいよ。誰かを犠牲にしてて、それでいいんですか……。酒姫って何ですか……。今の自分を推せますか……」


 怒っていたはずなのに、感極まったせいなのか、何故か涙が溢れてきた。


「……藤木君言い過ぎだよ。一旦頭冷やして」

 部長にたしなめられた。


 自分の流している涙にも気づき、少し冷静になれた。

「……すいません。言い過ぎました」


 トーンダウンして、椅子に座った。

 僕の気持ちを受け取ってくれた南部さんが、こちらを真剣な表情で見てきた。


「……藤木君、私はどうすれば良いですか……。私もチームのために、一生懸命頑張りたいだけなんです……」



 その後、しばらく沈黙が流れた。

 熱気のこもった暑い部室。

 ‌開かれた窓から涼しい風が吹き抜けてカーテンを揺らした。

 部室を吹き抜ける風に、部室内のメンバーの頭が少し冷やされた気がした。



「……なんとなく、お前の気持ちは伝わったよ」


 おもむろに茜さんがしゃべりはじめた。

「元々は、お前が南部を推したいって言い出したんだもんな。白州先生に言われたまま、こんな形になって申し訳ない……」


 しばらくの沈黙で、僕も頭を冷やせた。

「……いえ、すいません、自分の方こそ。皆さんはとても良いパフォーマンスをしてました。ジャズはあれが正解だったかもしれないです……」



 今度は部長が聞いてきた。

「5日目、最後の演目はどうしようか……」


 みんなが、僕の答えを待っていた。

 僕は1つだけ持っていた答えを話し始めた。

「最後の演目はヒップホップです。魂の共演。そうやって白州先生から教えてもらいました」


「白州先生から言われたのは、私がメインで歌うことになっていたな」


「そう、リズム感があるという理由で、茜さんがメインでほとんど歌う形で提案されました。けど、僕は、みんなでパート分けして歌うといいと思っています。それがヒップホップで表すこと、魂の共演だと思っています」


 みんなは、僕の話を真剣に聞いてくれていた。

「3人で歌わないと、魅力は出しつくせないと思ってます。そうじゃないでしょうか。このチームの魅力、誰かが欠けてしまっていては、魅力が出しつくせないんです。みんながそれぞれに良いところを持っていて。それが合わさるから、もっと良くなるんです」


 少し間が空き、各々で僕の言葉を真剣に考えてくれた。

 茜さんが最初に答えてくれた。

「……分かった。パート分けしなおそう。白州先生のところに行って宣言して来ようぜ。最後のステージなるかもしれないから、うちらの魂見せたいんでって」


 茜さんの言葉にみんな頷いた。

 白州先生の所へと向かった。

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