5次会 3rd バラード
大会3日目は歌がメインの演目バラードであった、
音楽室でピアノを使った最後の追い込みが効いたんだと思う。
歌声が綺麗に響いていた。
泡波さんは本番が一番上手く歌えていた。
感情が一番乗っていて。合宿を通して、一層愛が募ったのだと思う。
他のチームと比べて熱量が段違いであった。
一方の八海さんも、泡波さんと同じくらいの熱量で歌い上げていた。
二人ともに、同じ人への愛を込めて歌う。
間に挟まれた白小路さんは、誰のことを歌っているのかは、全く気付いていないようであった。
二人のパフォーマンスが終わった後、二人に向かって「そんなに募った愛が、意中の相手に伝わればいいですね」って言っていた。
それを聞いて、二人ともに切なそうな顔をしていた。
まだ、あの二人の戦いは終わりが見えないようであった。
うちの高校から出ているチームすべての演目が終わったところで、会場にいた白州先生が僕と部長に話しかけてきた。
「どうにか、泡波の方もバラードは上手くいったみたいだな」
「はい。おかげ様です。合宿の成果が出たみたいです」
白州先生は、うんうんと頷いた。そして、笑顔で喜んでいた顔から少し真面目になり僕に話を切り出した。
「補習授業を通して酒姫のことを教え込んだが、この状態から最終ステージまで勝ち抜くのは難しいんじゃないか? どう考えている?」
「あと2演目、また作戦を練って頑張るしか……」
白州先生は少し悩んだ顔で答えた。
「一つ提案なのだが、これからも一緒に練習するか? 今回みたいに密に練習ができるとは言えないかもしれないが、お互いに高めあったりできるんじゃないか?」
白州先生からの提案。
これは願ってもないチャンスだろう。
体育館のような広いスペースで練習ができるし、音楽室だって使える。
レベルの高い人たちと一緒に練習することで、新たな気づきもあるだろう。
この話はとても良い話だ。
「部長……、どうしましょう……?」
「そうだね。一緒に練習する方が彼女たちのためでもあるよ。きっと」
「それなら良かった。また一緒に高めあおう。まだまだあいつらは伸びしろがあるぞ!」
そうして、推し活部は、この後も酒姫部と合同で練習をすることとなった。
次の演目までは、また日数が空いてる。夏休みは酒姫部と一緒に練習する日々が続いた。
◇
合宿の時と同じく、僕と部長は何も手伝いができない日々であった。
白州先生の怒号が飛び交いながらも、酒姫部、推し活部は切磋琢磨して、互いに助け合いながら良きライバルとして高めあっていた。
今月の部活動の報告書を書かないといけないと、部活終わりに、推し活部の部室へ来る。
合宿が終わってから、練習場所は主に体育館と音楽室のどちらかであった。
いつも練習していたこの部屋自体に来ることも無くなっていた。
今月の報告書として、大会3日目のバラードの記事を書き始めた。
僕や部長が支援するよりも、白州先生の指導は素晴らしかった。
その成果として、泡波さんのバラードはとても良かったなと、感傷的になってしまった。
愛すること。
伝わらなくとも、そこに意味はあって、それが良い表現に繋がっている。
そう思って報告書を書くが、僕の推し活への愛は意味があるものなのか。
僕は、いったい何のために推し活部にいるのだろう。
プロデュースをするって言って、いったい何ができていたんだろう。
マネージャのような、ただの雑用だけしかしていないじゃないか……。
何のために僕は推し活部の扉を叩いたんだ……。
昔、ライブ会場で見た酒姫が衝撃的で、そこから酒姫を追いかけることが始まったんだ。
中学生の時に、酒姫の良さを周りの友達に話したことがあったけれど、その時はとても引かれたのを覚えている。
その時から、酒姫を好きな気持ちは僕自身の中で留めておこうと思っていたのに、推し活部の部活動紹介の熱い演説を聞いて……。
話題に出すこと自体が勇気のいること。それをあんなに熱くなって紹介して。
人の目も気にせず、自分たちの好きな気持ちを……。
――ガラガラガラ。
部室のドアを開けて入ってきたのは、部長であった。
驚きながら、部長に確認した。
「……どうしたんですか? てっきり帰ったかと……」
「……何もすることないなって思って、藤木君を手伝おうかなって」
部長は僕の隣の席に腰かけた。
表情は明るく無かった。
いつも推し活部にいるときは、締まりのない口元で笑顔の顔しか見た事ないののに……。
部長も僕と同じく、推し活分を支援することができないことに、虚しさを感じているのだろう。
部長の気持ちが知りたくなり、少し聞いてみた。
「……部長は何で酒姫を好きになったんですか?」
僕の問いかけに、少し落ち着いた口調で部長は話し始めた。
「僕はね、茜氏がきっかけだったんだ」
そういうと、席から立ち上がり一本のDVDとDVDプレイヤーを棚から持ち出してきた。
「実はね、茜氏って中学時代に酒姫していたんだ。見習いだったけど」
「……え? そうなんですか? 初耳です」
「ふふ、ここだけの秘密だよ? その時は実力も無くて、活動している途中で学校の成績が悪くなったとか理由をつけて辞めちゃったんだ……」
部長は取り出したDVDを流し始めた。
映し出された映像には、地下ライブ劇場が映し出されていた。会場はとても狭かった。
観客と酒姫との距離がとても近かった。
「茜氏は絶対にしゃべらないけど、同一人物だって僕にはわかるんだ。だって僕の最初の推しだもん」
ライブDVD映し出された小さい女の子。
言われてみれば茜さんのような面影はあったが、踊ってる様子は、とても見られたものではなかった。
リズムにもあっていないし、ところどころ振りも周りと違っていた。
本当に茜さんなのかと、信じられなかった。
「この学校に来て、酒姫部を見たときに驚いたんだ。あの時の子がいるって。勝手に興奮したよね。ライブ会場で何度も会っていたと思っても、お客さんのことは覚えてないよね。勝手に追いかけてただけだし……」
部長は遠い目で、当時の茜さんのダンスを眺めていた。
「事件があって、酒姫部も辞めちゃったけど、そこで終わっちゃうのが悲しくて、僕から声かけて誘ったんだ。中学生時代の二の舞になって欲しくないって。推しがいなくなっちゃうのは、もう嫌だって」
部長は話しながら、若干涙声になっていた。
「僕みたいなのから誘われて、それも酒姫部辞めたばっかりの状態でこんな部活に誘われるなんて、めちゃくちゃ怒ってたけど。推し活部には酒姫部を辞めてきたような先輩たちもいて、そこに共感したのかな、茜氏はこの部活に居てくれるようになったんだ」
DVDでは、茜さんのグループの歌が終わった。
次のグループが出てきて、歌いだした。
入れ替わりでいろんなグループがライブをしているようだった。
「泡波氏のダンス見て思ったでしょ? 泡波氏も元酒姫見習いだったんだ。このグループ見てごらん」
出てきたグループのメンバーに泡波さんに似た女の子がいた。言われてみれば泡波さんだということがわかった。
「みんな頑張ってたんだよ。挫折しても、諦めずに、この高校で一から酒姫部に入って頑張って。けど、そこでもまた挫折して。それでも、また今も推し活部で活動し始めて頑張っている。……藤木君には感謝している。あの二人がまたやる気になってくれて、やる気を出させてくれて。僕にはできなかったことだよ。……彼女達を、絶対酒姫にしようね」
DVDでは泡波さんのグループの歌も終わっていた。
ライブの最後に全グループが出てきて挨拶をしていた。
「――私たちは、いつか人気グループになれるまで頑張るので、皆さんまた応援しに来てください」
「――皆さんの応援があって、私たちは頑張れているんです」
茜さんと、泡波さんの言葉。
僕にできることって何だろう……。
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