2次会 合同合宿②
早速、酒姫部との合同練習が始まった。
蒸し風呂みたいに暑い体育館でキビギビと動く。酒姫部では、まずは基礎練のようなステップの練習をするらしい。
しばらくすると白州先生が声をかけた。
「みんな、水分補給しないで倒れたらシャレにならないからな。水分はしっかりとるように」
白州先生に促されて、みんな水分を取り始めた。
酒姫部のマネージャー達は、上級生から順番に飲み物を渡しに行った。
飲み終わるのを待って、終わったペットボトルや水筒等を端の方へ片付ける。
マネージャーもキビキビ動く女子だけでだった。推し活部は、自分自身で飲み物を取って飲んでいた。
きっと、こういうマネージャーの役割みたいなのも好きじゃないのだろう。
「いやー、酒姫部と合宿なんてテンション上がるね! これが未来の酒姫だよ! 今のうちに写真でも撮ってた方が良いよ!」
部長は酒姫が本当に好きらしい。目を光らせている。この場にいるだけで楽しそうだった。
それとは対照的に、茜さんたちは酒姫部を嫌っているのが伝わってきた。
いつもはニコニコ練習しているのに、今日は全然笑っていなかった。
休憩を数回挟みつつ、基礎練習がひと段落つくと、本格的なダンスの練習が始まった。
アップテンポなリズムに合わせて、決められたステップをするようだ。
茜さんは、二階堂さんと隣り合わせでステップを踏んでいる。
「茜、今でもステップできるんだな?」
「そっちこそ、前は出来なかったのにね?」
どちらも全くミスがない。
音にずれないように正確なステップで踊っているため、意図せずともぴったりと動きがあっていた。
華麗なステップ。
基礎練習では笑わなかった茜さんは、二階堂さんといる時は笑っていた。一旦音が止まって、ステップも終わった。
「……はぁはぁ。体力は衰えていないみたいだな」
「……はぁはぁ。そっちこそ、ちゃんと練習してるんだな」
2人で拳と拳を合わせて、健闘を称えあっていた。
酒姫部のトラブルが無ければ、同じ酒姫部としてユニットでも組んでいたに違いない。
午前中はひたすらダンス練習が続いた。
酒姫部のマネージャがほとんど仕事をするので、僕と部長はただ見ているしかなかった。
「なんかこうやって見ると、僕たちは何にもできないなってことを痛感させられるよね。白州先生が指揮もとっちゃうし、マネージャーさん達が全部仕事もしちゃうし。僕たちの存在意義って何だろうね……」
◇
午後は音楽室を借りているようで、ピアノの前にメンバーが集まり、ボイストレーニングをした。
なんで推し活部なんかと一緒なのかと、酒姫部には不満があるようだった。
白州先生がビアノを弾き、それに合わせて歌う。
「……本格的に僕たちすること無いねぇ……」
「部長、せめてアドバイスしましょう。曲が終わったタイミグで」
そう思っていると、白州先生は曲を途中で止めて、ズバズバと指摘しだした。
「泡波、言葉が聞き取りずらい。しっとりと聞かせるバラードで歌詞が分からないなんて致命的だぞ! もっと口開け!」
……ここでも、何も出来なかった……。
◇
合宿は、朝昼夜と3度の練習に別れていた。
夜にも体育館で練習が行われた。
朝よりかは涼しかったが、まだまだ蒸し暑い。
みんな汗だくになっていた。
「よし! 今日はここまでにしよう! 」
白州先生が終わりを練習の終わりを宣言した。
「初日、お疲れ様! 明日も合宿あるからゆっくり休めよ!」
白州先生は言い終わると、一斉に気が抜けたようであった。
「……ふう。終わったー! 初日からキツすぎるな……。シャワーでも浴びてすっきりしたい……」
ステージから茜さん達が降りてきた。
「シャワーは、学年上のやつから順番な!」
「はーい。けど、藤木君、部長、男子は1番最後ですよ!」
この中で、1番カーストが低いんだな、僕と部長は……。しょうがない……。
シャワーをすぐに浴びない僕たちは、寝床である推し活部の部室に戻る。
明日の準備と荷物を整理していると、数分程で茜さんと泡波さんが戻った。
「ふう、練習終わりのシャワーはいいな!」
とてもスッキリした顔をしていた。
「お疲れ様です! それじゃあ私、行ってきます!」
南部さんは、相当シャワー浴びたかったのかすぐに行ってしまった。
「あれ? あいつタオル間違えてね? 私のタオル持っていったぞ?」
茜さんの使い終わったタオルを何故か持っていってしまったらしい。きっと疲れていたからだろう。
「……まったく。ドジだなアイツ。藤木、バスタオル持って行ってやってくれ。久しぶりに二階堂とはしゃいで踊りすぎて、体が痛い。ちょっと頼んだぞ」
「……え、バスタオルって、酒姫部のマネージャーにでも渡しに行けば良いですか? 探すのも大変だな……」
「直接プール行け行け。外から声かけて、置いてくるだけでいいよ」
そう言われ、少しでも役に立てればと、僕はバスタオルを持って部室を出た。
シャワーは、プールの更衣室の先にあるものを使う。
夏の夜は少し涼しい。
プールに近づくと、南部さんの声が聞こえた。
「……久保田さんは、なんで酒姫になりたいんですか?」
問題となった2人がいるぞ……。
何も返事が無くて、南部さんが話し続けていた。
「私、中学の時、私いじめられていたんです。何も考えずに話してしまうものだから、ついつい人を傷つけてしまっていたようです。数人の親しいと思っていたお友達からいじめられて、それが全体に派生していって……」
こんな話を立ち聞きして良いものか悩んだが、今南部さんに話しかけるのが難しいので、その場で待っていた。
「……ふん。なんだ同情でも誘ってるのか?」
「そんなんじゃないですよ。今は周りに誰もいないんです。だから身の上話でもしてみたくなったんです。この話、誰にも言ってないんですよ。恥ずかしいじゃないですか、こんな話……」
少し沈黙の時間が流れた。途切れた話の続きは、久保田さんの方から切り出した。
「……私は姉がいるの。姉は酒姫やってて、いつもちやほやされているの。私も酒姫を目指さなくちゃ、家族がかまってくれなかった。そう思って、中学生から酒姫目指して活動始めたんだ。酒姫にならなくちゃ、だれも相手してくれなくなる……」
「そんなこと無いですよ!」
既に酒姫部はシャワーを浴び終えたのか、周りには誰1人いなかった。
僕はプール更衣室前、空を見上げて聞いた。
「酒姫になるだけが全てでしょうか? ならなくても愛されます。まだ酒姫になっていなくても、どうにか酒姫になろうと頑張っている久保田さん好きです」
「……ちっ。そんな綺麗事。大会で衣装汚されて、そんなことされたあなたが、そう思っているわけないじゃん!」
「中学の時、ただの意地悪をされてきた私にはわかります。大会でのこと、あれはしたくてしてるわけじゃないです。悪意が無かったです!」
「……悪意だらけだよ、人を蹴落とそうとして……」
「悪意じゃないです。全ては酒になるため、愛されるためだとわかりました。やっぱり久保田さんはいい人です。素直でまっすぐで、人が大好きなんです。それが久保田さんです」
「……私の何を知ってるのよ」
「何も知らないです! 何も知らないから、もっと教えてください。どんなものが好きですか? 可愛いものが好きですか? 久保田さんっていつも推しの色付けてますよね?」
「……なによ」
「泡波さんも同じの付けてました。これが
「うっさい! 好きなんだよ……。これに気づくのは同担だけよ……あなたも……?」
「ふふ。久保田さん、もっと自分を好きになってください。今のままでも久保田さんは可愛いんです。今のままでも愛されているんです。それに気づいてください。私は久保田さんが好きです!」
完全に入るタイミングを逸してしまったな……。
「……なんであなたに好かれなくちゃいけないんですか。私は手段を択ばないし、大会のことは悪いとも思っていない。謝ったりしないからね。……勝手に好いてれば……」
「わかりました。じゃあ仲直りしたということで体洗いっこしましょう!」
「いや、なんでばか、あほ、なんだお前、仲直りしてない!」
「一緒に酒姫目指しましょうよー」
「勝手に目指して。私は私でやるから!」
「え? それって、応援してくれるってことですか? やっぱり優しいです!」
「違うー!」
仲直りしたかはわからないが、少し打ち解けたようだった。楽しそうだし。もう少し放っておこうかな。
そう思っていたら、遠くから人影がこちらに向かってきた。
「……ん、君は推し活部の?」
酒姫部部長の
久保田さんといい、エースチームは最後まで残って練習をしていたらしい。
「……君、もしかして覗きか?」
こんな所に男1人でいるなんて、そうか、不味かった……。必死に言い訳をする。
「いえいえいえ! 南部さんにこのタオルを届けに……」
「……そうなのか? じゃあ届けておいてあげよう!」
獺さんにタオルを渡した。「ありがとうございます」とお礼を言って部室へ戻ろうとすると、獺さんが語りだした。
「南部はいいやつだな。君が推すのもわかるよ。あの子は人に影響を与えることができる。前に進む力をくれる」
「……は、はい」
「時々、酒姫とは何かを考えるんだ。ただのエンターテイメントを提供するのが酒姫じゃない。歌を聞いている人に元気を与える。勇気を与える。頑張ろうって気にさせてくれる。それをさせてくれるあの子は、もう立派な酒姫だよ。私も清酒祭の時にあらためて頑張ろうって思えた」
冷徹と言われていた獺さんは笑っていた。
「合同合宿の提案をしたのは私なんだ。どうにか君たちの助けになればと」
「……え、そうなんですか?」
「頑張ってくれ。 私たち酒姫部も全力で戦う。一緒に勝ち抜いて、正式な酒姫になろう。南部に直接言っても、きっと伝わらないだろうからな。推し代表の君に伝えたかった」
「……ありがとうございます」
「あいつを支えてやってくれ」
「はい!」
そういうと、獺猫さんもプールの更衣室へ入っていった。
「あ! 獺さん! 一緒にシャワーどうですか? 今、久保田さんと裸の付き合いしてるんですよー」
「久保田、そんな趣味があったのか?」
「ち、違います。 誤解です!」
「そういう気があるなら早く言ってくれればいいものを。私も混ぜてくれ!」
……バスタオルは渡せたので、これ以上いるのも野暮だろう。
空には綺麗に満月が輝いていた。
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