第二話 雪

 最後の授業を終え、歩き慣れた帰路に就く。冬空からは、粉雪。少しばかり遅い、初雪である。

 ざっと辺りを見渡すと、カップルがちらほら目に入った。

 さらに見回すと、視界に入ったのは、洋菓子店のカップルフェア。なるほどな、と勝手に一人で納得。


「はぁ、寒い寒い。さっさと帰るべ」


 呟くと、白の息が虚空に舞い上がった。

 そんな、お手軽・冬の風物詩を見て思い出す。


「手袋すんの忘れてた」


 年季が入っていて穴も空いているが、無いよりはマシだ。

 なんて自分に言い聞かせながら、俺は鞄を漁って手袋を捜索。


「は? なんだ、コレ……」


 しかし出てきたのはなんとビックリ、ピカピカの手袋であった。泉に落とした覚えも無ければ、「あなたが落としたのはこのボロの手袋(以下略」と問いかけてくる正直者好きな女神に出会った記憶も無いのだが、はて。コレは一体全体何事であろうか。

 と、思案に耽るも一瞬。セットで出てきた手紙により、俺の疑問は即座に解決されることとなる。


『toセンセー。手袋がボロっちかったので、勝手に手作りしました。

もし寂しくなったら、コレをアタシだと思ってもよかとよ?(笑) by生徒兼恋愛教師』


 ──とんでもないサプライズであった。


「つーかアイツ、いつの間に……」


 いつの間に作ったのかという疑問もあれば、いつの間に俺の鞄に放り込んだのかという疑問もある。

 まあ今となっては、真相は闇の中なのだが。


「フン、手袋にお前を重ねるほど寂しくねぇっつーの」


 などと文句を垂れつつも、せっかくなので、早速嵌めてみることにする。俺は基本的に、貰ったものは使う主義なのだ。貧乏性である。


「痛っ」


 が、すんなりと手袋を嵌めることはできなかった。中に何か入っているようだ。

 紙片の角が指に刺さったのだろうか。チクリと痛みを感じる。


「あ? なんだ、また手紙かよ」


 なんのギミックだよと思いつつ、手袋の中をまさぐると、今度は小さく折りたたまれた紙切れが出てきた。

 わざわざ、手紙を二つに分けるとは。最後の最後まで、何を考えているのか分からないヤツだ。

 しかし、面倒だからと片方の手紙を読まないほど、俺も薄情ではない。もう会うことはないだろうが、最後まで彼女の茶目っ気に付き合ってやろう。

俺は細かく折られた紙を開き、メッセージに目を落とす。


『to優作くん。アイラブユー。byマユ』


 それは、予想だにしないメッセージで。あまりに単純で、唐突な告白。


「クソ。クソ。クソっ。お前は、本当にっ……いつもいつも……っ……生意気なんだよ……!」


 ポカポカと温度を放つ手袋を握りしめて。今となっては、もう届くことの無い声をあげる。

 なんとなく、察していた。なんとなく、そういう可能性も無くはないとは思っていた。

 けれど俺はずっと、『勘違いだ』と自分に言い聞かせてきた。当然だ。勘違いであろうとなかろうと、その先を考えるのは教師として間違っているのだから。

 アイツの気持ちを見ないようにしていた。

 最後まで見ないのが正解だから。

 最後まで教師と生徒でいることが、普通なのだから。

 故に、まさかこんな形で気持ちを伝えられようとは、夢にも思わなかったのだ。


「……なあ。繭?」


 しんしんと雪を降らせ続ける冬空を見上げる。

 今は彼方の、彼女の名を呼んだ。


「──俺、やっぱ女心は分からねぇよ」


 瞬間。

 瞼に落ちた雪が、温かな滴へと変わった。

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