第93話・伯爵と公爵
「孫を切り捨てたか。ワシのところにも第二王子殿下が何をするか分からぬので、気を付けるようにと連絡が来たが。まさかのう」
「作戦を変更するべきだと思われます。ミューラー公爵閣下に爵位と領地の返上の根回しをして頂きましょう」
伯爵様は戸惑っておられますね。
孫であるクリスティーナ様の為に爵位も領地も投げ捨てる覚悟をした伯爵様とは、全く違う価値観で動いておられる方。
どちらかと言えばミューラー公爵こそ、貴族の中の貴族と言えるのかもしれません。
伯爵様は優しすぎます。
本来は国王陛下や国が背負うべき失った命への償いを一人でなさる姿は立派ですが、為政者には向かないでしょう。
「ミューラー公爵と手を組めと申すのか?」
「国を潰したくないのならば、それが現状では最善です。今回の決断ではっきりしました。第二王子殿下はダメですが、ミューラー公爵閣下は利害さえ一致すれば、伯爵様を潰すまではしないと思われます」
私達の提案に伯爵様は、珍しく不快そうな表情を見せました。
第二王子を操り嫌がらせなどもあったのでしょうから、当然かもしれません。
貴族の力関係が王太子派に主導権が移るのは、避けられないでしょう。
しかし伯爵様がこのタイミングで爵位と領地を返上すれば、王位継承で騒ぐ王家も貴族達も、全てに冷や水を浴びせることが出来ます。
そのタイミングでミューラー公爵は、第二王子派を上手く王太子殿下の治世での要職に割り込ませるでしょう。
主導権は渡しても影響力が残せるならば、ミューラー公爵にとって悪い話ではないはず。
「やれやれ。だからワシは貴族が好かんのだ。敵ながら奴に雇われて今まで犠牲になった者達が、それでは浮かばれんではないか」
「断罪することも可能です。しかし必ず国は荒れます。王太子派も似たような貴族である以上は、対立する者を残した方が安定はします」
「分かっておるよ。エル殿。済まぬな」
ミューラー公爵は第二王子殿下を切り捨てに掛かっていますが、今ならばミューラー公爵をも断罪するのは可能です。
元々その予定だったのですから。
しかし何も知らぬ国民や伯爵様の領民のことを思うと、混乱は少ない方がよいでしょう。
政治には満点はあり得ません。
少し悪い言い方をすれば、誰が王になろうが誰が主導権を握ろうが、国民からするとあまり関係はないことですから。
「久々だな。伯爵。元気そうでなによりだ」
「公爵閣下もご機嫌麗しゅう」
私とジュリアはそのまま伯爵様のお供として、ミューラー公爵の屋敷に来ました。
ジュリアは馬車の元で待たされましたが、私は少しこの国の物とは違いますがメイド服なので、お付きのメイドとして通されました。
通された部屋は応接室でしょうが、部屋の外と天井裏と床下に合計で十二人の手練れが潜んでます。
気配から攻撃的な意志はないのでしょうが、伯爵様が怒りのあまり怒鳴り込んで来たかもしれないと、警戒はしてるのでしょう。
今の伯爵様は槍も武器もありません。
万が一の時には私がジュリアのところまでお連れしなくては。
「閣下。私はこの度、王都に爵位と領地の返上に参りました。是非閣下のお力添えを願いたいと思っております」
「……正気か? そなたが望めば、爵位を上げることも可能なのだぞ?」
「私には閣下のような決断は出来ませぬ。私の行動で陛下以下皆の目を、少しでも覚まさせる事が出来れば本望です。それを最後のご奉公にして、私はクリスティーナと静かに生きてゆきます」
「惜しいな。本当に惜しい。ハイドの件ならば謝罪しよう。クリスティーナの件は以後何があろうと口も手も出さん。その上でその決断を変える気はないか?」
「ありがとうございます。ですが私はもう陛下にも、王太子殿下にも仕える気はありませぬ」
「……分かった。そなたの意志を尊重しよう。ただしハイドには気を付けろ。おそらく今夜にでもあの馬鹿は動くぞ。私もそなたを殺したなどと言われて、国民に恨まれたくないからな。必要とならば兵も貸すが?」
「お気遣いありがとうございます。ハイド殿下が何をするか知りませぬが我が身は守れます故、お気遣いなく」
ミューラー公爵は壮年の威厳のあるお方でした。
しかしさすがに伯爵様の決断は、予期してなかったのでしょう。
驚き一瞬戸惑っていました。
とはいえ流石は一国の派閥を仕切るお方。
伯爵様に今までのことを口頭ながら謝罪して、引き留めに掛かりました。
その言葉に嘘はないように思えます。
好きか嫌いかで言えば決して好ましいお方ではありませんが、決断と切り替えの早さは見習いたい程です。
交渉はあっさりと終わりました。
細かな打ち合わせなどしなくても、これでミューラー公爵が伯爵様が爵位と領地を返上して安全に戻れるように手配してくれるでしょう。
あとはミューラー公爵程のお方が匙を投げた、第二王子をどうするかですね。
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