取調室に、また二人
「証言が嘘だとか、また言い出さないでしょうね?」
机に肘をつきながら、横山は言った。
「今回は嘘をつく理由がない。相手は小学生だしね」
「小学生だからと言って嘘をつかないとは限りませんし、理由もないとは言い切れません」
「じゃあ、逆に教えてよ。嘘をついてまで、あんたを犯人にしたい理由」
「そこまではまだ。ただ、あえて言いますが、不審者は俺ではありません。こちらから小学生に声をかけることはないです。どちらかというと、子ども苦手なので」
「何でよ」
「自転車で通りたいのに、道幅いっぱいに広がっているからですよ。俺も彼らの楽しい時間を邪魔したいわけじゃない。けれど、道に広がって遊んで塞がれたら苦手にもなります」
「そんなの、ベル鳴らしたり、声かけて道をあけてもらえば良いじゃない」
「あからさまにこちらを不審者みたいな目で鬱陶しそうに睨んできて、防犯ブザーをちらつかせられたら言う気も失せますよ」
「そりゃあんたが怪しく見えるからじゃないの?」
ともかく、と話が脱線していたのを横山は修正して、本題に入った。
「目撃者は全員あんたが犯人だと証言した。で、あんたは違うと言い張る。互いの証言が食い違うなら、どちらかが嘘をついていることになる」
「俺は、嘘をついていません」
「それを証明できる?」
楯川はこめかみを指でかき、少しして言った。
「十五時半まで、俺は隣街の田間河の方で利用者様宅にいました。芽具露のあのコンビニまで、自転車で約十五分かかります。先ほども言った通り、十六時三十分から次の方のお宅に訪問しました。ただ、使用した物品をきちんと元に直したりしないといけないので、五分から十分、早く訪問させていただいたはずです。この二軒のお宅はご家族様が一緒に暮らしていたり、見守りカメラを設置していたりするので、時間の証明になるかと思います」
「あんたでもミスはするのね。じゃあ、時間かかったでしょう」
「え、と、ええ。まあ、時間はかかりますから、早めに訪問させてもらっていますけど」
「ん? まあ、確認するわ。ただ、問題はその訪問していない三十分の間なのよ」
「むしろ、たった三十分で何ができるというのか、と聞きたいところではありますが」
「六十秒で高級車が盗まれるんだから、三十分はかなり長いと思うけど」
昔の映画を引き合いに出さないでください、と楯川は言った。
「本当に、小学生たちは俺を見たんですか?」
「まあ、そうくるわよね。会った記憶がないんだから。でも、向こうは間違いなくあんたを指差した」
「四人と一人の証言だと、四人の方が優先されますね」
「子どもの証言は当てにならない、というのは昔の話ね。貴重な証言として扱われるわ」
「小さな声もこぼさない、良い事だとは思いますがね。でも、目撃したのが昨日ではない可能性はないですか?」
「昨日、以外?」
「昨日は、たまたまコンビニに寄ったんです。普段は家で沸かしたお茶を水筒に入れて持ち歩くのですが、その日は忘れてしまって」
「じゃあ、水筒がある日はどこにいるの?」
「公園です。それこそ小学校近くの。コンビニとは学校挟んで反対側になるのかな。ベンチがあるのでそこで休んでいます」
「それって、あの大きな池のある?」
「ああ、はい。多分そうです。そこは遊具とかあるので、小学生が学校終わりに遊んでいるのを見かけたことはあります。遊んでいる、というか、おふざけが過ぎる、というか」
楯川はそこで言葉を切り、顔をしかめた。子どもたちが楽しそうに遊んでいる、という風景ではなかったのだろうかと想像しつつ、横山は話を続けた。
「そこで見たあんたの記憶と、不審者の記憶がごっちゃになっている、と? 一人ならともかく、四人全員一致する?」
「では、四人がしめし合わせた、ということはありませんか?」
「可能性は否定できない。けど理由は? あんたを陥れる理由は何?」
「それはわかりません。先ほど話したことをきっかけに、出来るだけ子どもとは距離を取っていますので。接触しなければ恨みを買うこともないと思うのですが」
「こちらとしてはその話が動機じゃないかと思うわ。いつもいつも急いでいる時に道を塞いでいる生意気な小学生たちに対して、遂にキレた、とか」
「それなら声かけなんかまどろっこしい事せずに問答無用で殴ってますけどね」
そう言った後、楯川は何かに気づいたか目と口を閉ざし、こめかみをかいている。
「何? 自分の動機に気づいちゃった?」
横山が茶化すも、楯川は聞こえていないのか無反応だった。
「あのさ、だんまり決め込んでないで、自白なりなんなりしてもらえない? うちの管轄立て込んでて色々と大変なのよ」
横山のその言葉に、ピクリと楯川は反応した。何事にも無関心そうな男が反応をしめしたことに、横山は少し意外に感じた。
「何か、他に事件でもありました?」
「ちょっとね」
楯川は少し待ったが、彼女はそれ以上話す気が無いらしく、それ以降は口を閉ざして右手の親指から小指までで机をリズムよく叩いている。
「子どもでも、いなくなりました?」
その言葉に、横山の指が止まった。
「何でそう思うの?」
「表情と声音が変わりましたね。じゃあ、そのことで俺を問い詰めなかったのは、前みたいに『二つ』の事件を下手に結びつけて、一つの論理が破綻したせいで二つの容疑から容疑者が外れてしまわないようにするため、ですか。で、今度は秘密の暴露、犯人しか知りえない情報を話すのを待っている」
「無駄口は叩かないで、聞かれたことだけに答えなさい。なぜ、子どもがいなくなったと?」
「不審者騒ぎは昨日のみ。注意喚起と見回りを強化するくらいの対応しかしないものでは? なのに警察は容疑者を率先して探し出し、任意同行までして取調室に連れてきた。声をかけただけで、事件らしい事件すら起きていないのに。おかしいと思うには充分な理由です。小学生になにかあったのかと思ったのは、彼らが面通しをしたから」
「他には? 知っていることを話しなさい。いなくなったと考えた理由は何?」
「勘です。ただ、殺人ならこの前以上の取り調べでしょうし、誘拐が現在進行形で発生中ならそれこそ俺の相手なんかしてる場合じゃないでしょう。担当する部門も違うから、という理由があるかもしれませんが。であるなら、知り合いの子どもがいなくなったか何かで、仕事を終わらせて探すのを手伝いに行きたい、というのが刑事さんの置かれている状況ではないかと」
楯川が横山を見た。少し迷ったが、彼女は情報を楯川に話す事にした。全く信用できない人間ではあるが、これまで彼の言葉がヒントになって事件の解決に繋がったこともある。
「知り合いの知り合い、くらいの繋がりなんだけど、同僚のお子さんが昨日からいなくなった。行方不明者届けが出され、警察と地域住民とが連携して目撃情報を募っているが今のところ情報は無し」
「その件も、昨日なんですか?」
「そう。だけど、小学生たちはその子どもは一緒にいなかったと話していたから、不審者と行方不明とは無関係だと考えられていた」
ふむ、と楯川はまた目を瞑り、こめかみをかいた。しばらくして、横山に尋ねた。
「小学生は四人、と言いましたよね」
「ええ」
「本当ですか?」
「間違いないけど、何でそこを疑っているの?」
「俺が見たことがあるのは、五人だからです」
大きく息をついて、意を決したように楯川は切り出した。
「やはり、俺が犯人であることはありえません」
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