キノッピ 3
うっすらとした記憶の底に、しなやかな獣がいた。
白い光の中から現れたその獣は、僕に繊細だが熱い首枷をして雪の中に引きずり出した。
屠られる。
そう覚悟したとき目が覚めた。
僕は、氷枕をして氷毛布をかけられて倉庫のようなところに寝かされていた。
氷毛布? そんなの聞いたことない。
半身を起こそうとすると、ものすごい力で肩を掴まれ寝かしつけられた。
「まだ寝てたほうがいいよ」
知っている声だった。
誰だったろう。すごく身近だけど遠く、それでいて悲しい声。
そうだ、これはまだ夢なんだ。T集配所で壬生からクソ不味いスポーツドリンクを飲まされて、それからトラックに乗ったところまでははっきりと覚えている。
乗り込んでしばらくして頭の中がぼーっとしだして何も考えられずフロントガラスの純白地獄を眺めるしかできなくなった。
だんだん遠のいてゆくのはフロントガラスなのか、それとも僕の意識なのか。
あのまま僕は夢の中にいるんだ。
そうでなければどうして耳元で天使の声が聞こえる?
夜野まひるの声が。
「実況が始まっちゃったんだ」
見上げると、そこに夜野まひるの顔があった。
動画で見るよりもずっとずっと透き通った肌をしていた。
瞳の色は黒かったはずだけど、今は金色をしている。
金色の瞳ってあり? それってカラコン?
そして、あたりにかすかにただよう山椒の香り。
辻沢の夏の夕暮れを思い出させた。
でも、そんなことどうでもいいことだ。
目の前に夜野まひるがいる。
知らず知らず、涙が頬を伝って落ちた。
僕は涙を袖で拭いながらゆっくりと体を起こした。
一瞬血の気が引いて目の前が暗くなりかけたけど、目をこらすとそこは、いつものしけたトラックの庫内だった。
開いたドアから見える雪の上に積荷が置いてある。
そんなことしたら段ボールが濡れてしまうのに。
で、代わりにできた隙間に僕が寝かされていたらしい。
それからゆっくりと奥へ向き直ると、まるでSNSライブとか実況動画のような光景だった。
そこに夜野まひるが横座りでいた。
その後ろに鈴鹿アヤネが、そしてまひるの左肩に首をもたせかけて座っているのは笹井コトハだろう。
REGIN♡IN♡BLOODSの最強クラン、アンセラフィムそろい踏みだった。
どういうこと?
パニックになりそうな中、気を取り直してよく見ると、みんなよほど疲れているのか元気がなさそうで、もっと言えば生気が感じられなかった。
特に心配なのはコトコト(笹井コトハの愛称)だ。
顔半分が包帯にくるまれそれに赤黒いシミが広がっていたから。
目をけがしたの?
自慢のあのおっきくてキラッキラの瞳は大丈夫?
それは事故のせい?
そもそも、みんなあの事故で死んだんじゃなかったの?
僕は幽霊を見てるの?
「幽霊じゃないよ」
夜野まひるが僕の心を見透かしたかのように言った。
たしかにあの聞き慣れた声。
それを求めてどれだけ動画を再生したか。
「ありがとう、キノッピさん」が聞きたくて何回動画に投げ銭をしたか。
でも、どこか違う。
前はもっともっと包み込むような優しい声だった。
いまの声には棘がある。
どこか切迫した雰囲気がある。
まるで人前では絶対出さない裏声のようだった。
「どうして? どうしてここに? 死んだはずじゃ。だって冬のオホーツクに飛行機が墜落して、機体も遺体も見つからなくって、捜索が打ち切りになって、運営が叩かれて、犯人捜しが始まって、ネットを見るのが苦しくなって、まひるがいない僕の人生は地獄だと気づいて……」
何を言っているんだろう。
僕のことなんて、ゲードル界のスーパースター、夜野まひるに関係ないじゃないか。
―――――――――――――――――
ここまで読んで頂きありがとうございます。
面白そう、続きが読みたい、応援したいなと思ってくださった方は、
お気軽に、作品をフォロー、♡、★、応援コメント、レビューをしていただくと、執筆の励みになり大変うれしいです。
フォロー、★、レビューはトップページ↓↓↓から可能です
https://kakuyomu.jp/works/16817330650226917287
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます