第34話『っせえんだよ、お前は僕の邪魔をするな』

『絶――』

『わかっておるわい。こんな状況で妾が力を貸す他あるまい』

『わかってくれているのならいいさ。僕の骨が折れたら速攻で治すぐらいで頼む』

『気絶するではないぞ』


 その言葉に気絶しそうだ。

 この都市まで、幸か不幸か骨折なんて一度たりともしたことがない。

 まあ、これは折れてるんじゃないかってぐらいの痛みは知っているが。主にあいつのせいだが。


 絶のおかげで、先ほどまでの疲労感が微塵も感じない。

 いやこれ、物語とかでいうところのチート能力っていうんじゃないか。……でも、彼ら彼女らはここまで傷に悶えてはいなかったな。

 しかもどんな反動があるのかすらわからないって、逆に言ったら最悪の能力とも言えるな。

 まあ、まともに絶の力を有効活用できない僕が出来損ないってだけなんだろうけれど。


 さて。


「気づいてやれなくてごめんな。今、楽にしてやる」


 両手に再び熱を感じる。

 無残にも跡形もなく崩れ去ってしまった屋敷の残骸が視界に入った。

 ごめんなさい、元の持ち主様。


「行く――」


 一歩踏み出そうとした時だった。

 僕と廃霊体の間に、光の壁が――光の炎が形成される。


「なんだこれ」


 そして、足音。


「おいてめえ、雑魚のクセになんで出しゃばってんだ」

「宮家……」


 そこには、こんな暗闇にはあまりにも眩しすぎる光を纏う宮家の姿。


「偶然近くを通りかかって騒がしいなと思って来てみれば、何だこの状況」


 偶然って、随分とずさんな仕事っぷりじゃないか。


「こんなところで会うなんて、本当に偶然じゃないか」

「お前、寝ぼけてんのか? よくもまあこんな状況でそんなことを言えたもんだ。やっぱりお前、頭のネジが飛んでんじゃねえのか」

「お褒めにあずかり光栄だよ。で、こんな時間にどうしたんだ?」

「はあ? こんな状況だからここに来たんだろ。たくよ。自分の手柄欲しさに廃霊体とやりあうつもりって馬鹿すぎるだろ。せめて連盟に連絡ぐらい入れろ」

「これはうっかりしてたよ」

「じゃあ後は俺が――」

「ダメだ」

「はあ?」


 僕はこれから初めて宮家に逆らう。


「これは僕の仕事だ」

「この期に及んで何を言ってやがる。てめえみてぇな雑魚が廃霊体に敵うはずがねえだろ」

「まあそうかもしれない」

「だから俺が一発で終わらせてやろうって言ってるんじゃねえか」

「だから、だよ」

「何がだよ」

「僕は、僕が決めた信念がある。だが、宮家じゃそれに反するんだよ」

「手柄欲しさの信念なんざ捨てちまえ」

「はぁ……」


 ため息を吐く宮家は頭を抱えている。


「お前、本当に美月さんの何を見て育ってきたんだよ。いいから黙っ――」

「っせえんだよ、お前は僕の邪魔をするな」

「……」

「お前こそ、師匠の何を見てきたんだよ。お前は黙って僕の姿を見ていやがれ」

『かっかっかっ。主様、良くぞ言ったぞ』


 返答がない。

 これは間違いなく怒が飛んでくるか拳が飛んでくるんだろうな。


 しかし、そのようなことは起きなかった。


「姿を見ていろ……か。そんな台詞を言われたのは数カ月ぶりだ」

「なんだ、お前にそんなことを言える上司が居たのか」

「お前の師匠にだよ」

「……そうか」

「てめえが死んだら手を貸してやる」

「ああ、それでいい」

「あんたらは師弟揃ってぶっ飛んでるよ」


 宮家はその言葉を最後に、光の壁と自らの光を消す。


「勘違いするな。お前を行かせるのは、お前が師匠の弟子だからだ」


 はいはいどうも。

 そんなツンデレは可愛い女の子だけでにしておいてくれ。


 光の壁にたじろいでいたであろう廃霊体の二人は、それがなくなったものだから、僕を標的に定めて向かってくる。

 二人の間の距離がなかったため、二本の巨腕が僕の頭上から降り下ろされた。

 回避不可能。

 そう判断した僕は両腕を天に掲げ、最大限の気を放出する。


「んぐぐぐぐぐ」


 重い、重すぎる。

 ミシミシミシ、パキパキパキ、と腕や足と全身のありとあらゆる骨から音が鳴り続けた。

 鳴り続けているというのは、体が壊れる度に絶の力で修復しているから。

 一瞬、宮家の視線が心配になったが、こんな視界不良ならばそこまで心配はいらないだろう。音は……聞こえていないことを祈るしかない。


「んらあぁ!」


 のしかかる巨腕を一瞬だけ押しのけ、その隙に後方へ跳ぶ。

 着地した瞬間、もう一歩後ろへ跳んだ。

 向かって左の廃霊体が、もう一本の腕で薙ぎ払ってきたから。


「悲しみは全部僕が背負う。だから思う存分来い!」


 僕の声が届いたのだろう、廃霊体の動きは活発化したように、全ての動きが速くなる。


『あいつが居る手前、そこまで無茶はできない』

『じゃが、あやつらのために無茶をするのじゃろ?』

『さすがは絶、わかってるじゃないか』

『かっかっか、じゃろ』

『つまりはそういうことだ。頼んだぞ』

『お任せあれ』


 ここからが本番だ。

 さっきみたいに真正面から行って、あの攻撃をくらえば一撃で亡骸と化す。

 かといって回避行動を続けていても埒が明かない。


 じゃあどうするかって?


 自分でも笑っちゃうぜ。

 そんなの決まっているだろう、真っ直ぐ前に、だよ。


「うおぉおおおおおおおおおおっ」


 カラカラに乾いた喉を鳴らし、吠えながら全力前進。

 そんなことをすれば当然、巨腕が振り下ろされる。

 だが、回避はしない。


「しゃらあ」


 左手で巨腕に触れ、軌道をほんの少しだけずらす。

 これまた当然、左手はあらぬ方向へ曲がるが、すぐ元に戻る。

 そのまま足元まで潜り込み、両手の光を廃霊体に張り手で送り込む。


 結果、一人目の廃霊体を天へ送り届けられた。


 だがまだだ。

 と、もう一人の方へ振り向くと――。


「っぐっかっ」


 廃霊体の視界が入ると同時に、その巨腕が僕を襲う。

 そのまま僕の体は、ちょうど宮家の足元まで何度も転がって吹き飛ばされた。


「おう、俺の手伝いは必要か?」

「ははっ、馬鹿言うんじゃねえ」

「そうかよ」


 体の修復は完了している、が、このままスッと立ち上がるのは、人間のそれを逸脱している。

 とか考えていると、宮家が柄にもなく手を貸してきた。

 正しくは、そんな優しいものではない。力任せに、地面からぬいぐるみを拾い上げるような感じで左腕を掴まれて。


「ご親切にどうも」

「さっさと終わらせろ。てめえの美月さん擬きの回復も長くはもたねえだろ」

「言われなくてもそのつもりさ」


 宮家は不服そうに「けっ」と顔を背ける。

 それにしても良い方向に勘違いしてくれているみたいだ。

 実際は違うんだが、そういう言い訳もできるんだな。

 じゃあ、それに習って、と。


 消えた光を再び灯し、体に押し当てる。


『今、なのじゃろ』

『そういうことだ』


 ポッキポキに折れた骨を治してもらい、表面のかすり傷はそのままに。

 よし、これで走り出しても違和感はもたれないだろう。


 僕はほぼ全力疾走で廃霊体へ駆ける。

 今度は同じように防ぐと怪しまれてしまう。


 じゃあ、スライディングだ。


 生まれて初めて行うスライディングは、運よく成功し、廃霊体の足元へ潜り込めた。

 ちなみに廃霊体の巨腕は容赦なく襲ってきたが、上からの振り下ろしだったため助かった。もしも横振りだったら、終わっていたに違いない。


 後は。


「あっちに行ったら、温かい家に住めるように祈ってるよ」


 両手の光を押し当て、廃霊体は光の粒となって天へ向かって行った。

 安堵に座り込みそうになると、足音が近づいてくる。


「本当にやっちまうとはな」

「どうだ、僕だって案外捨てたもんじゃないだろ」

「てめえ、もしかしてこんな無茶をずっと続けてるんじゃねえだろうな」

「い、いや? そんなわけがないだろ。こんなことを続けてたら命がいくらあっても足りないだろ。見ていて、そんなこともわからなかったのか?」

「うっせえ。んなの見てたらわかるわ。あんなクッソ雑な戦い方してりゃあな」

「なんだ、褒めてくるのか。ありがとう」

「ここで殺されてえのか。報告は俺がしておく」

「そのことなんだが……」

「お前みたいな馬鹿と一緒にするな。んなのわかってるわ。俺が祓ったことにするんだろ」

「そうしてもらえると助かるよ」


 頭の回転が速いやつが相手だと、いろいろと言い訳を考えずに済む。

 まあ一応、パッと思いついたのは、遺言みたいだが衣月ちゃんと小陽ちゃんとの時間を大切にしたいから、ぐらいだな。

 これは嘘ではないし、実際にアルバイトで居続ける理由でもある。


「さて、今日の仕事はこれでおしまいだろ。僕は疲れたから、帰らせてもらう」

「これだからアルバイトはよぉ。俺達はこれからが本番だっつうの」

「そうだったのか。それはご苦労様」

「クソが」


 そういえばそうだったな。

 夜までの時間がアルバイトで、夜の時間帯は彼ら。

 まあどっちにしても仕事意識が高いやつらに任せるしかない。

 僕はもう疲れた。


「ああ、そうだ」


 肩を抑えて足を引きずる僕は、宮家の声に足を止める。


「廃霊体は、てめえならなんとかなるってことはわかった。が、【黒霊体】には関わるな」

「なんのことかはわからないが、そんな危険な場面になったらさすがに逃げるさ」

「ただ逃げんな。連絡をしろ」

「そうだな。んじゃ、僕は帰る」


 傍から見たらなんとも痛々しい見た目で歩いているのだろう。

 まあそれは今だけさ。

 もう少し離れたら、この傷も元通りなのだから。


 歩く最中、考える。


 宮家は、【黒霊体】という単語を言っていた。

 笑えるが笑えない。

 僕は、本当に冗談で【黒霊病】の行き着く先が【黒霊体】だと思っていた。

 それは無知からくるもので、僕が言うのと宮家が言うのとではその意味がまるで違う。

 ただの憶測でしかなかった【黒霊体】が、本当に存在するとなると……。

 僕は、彼女、伊地守の顔が浮かび上がってきてしまう。


「クソ。なんて残酷なんだ。僕は、本当にあいつの大切な家族を……」


 どこにもぶつけられない感情を、拳に力を込めてただ堪える。


 そうだ。

 もうこんなちまちまと探りを入れている時間なんてない。

 いち早く伊地の家に行って、強引でも力になってやらないと。


 ああ、衣月ちゃんと小陽ちゃんには――。

 ダメだった。

 僕は何事もなく歩いていたが、既に限界を迎えていたらしい。

 膝から崩れるように倒れ、地面に顔を強打する前に絶に受け止められた。


『今日はもう無理じゃ。妾が主様を家まで送り届ける。じゃから、ゆっくり休むのじゃ』

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