22「知らないところでなんかあるじゃね?」





 由良夏樹の家の前に立っていた月読命は、生徒が今度こそ静かな眠りについたことを確認して背を向けた。

 しばらく夜風に当たりながら歩くと、前方から見知った顔を見つけ挨拶をした。


「こんばんは。ルシフェル殿」

「こんばんは。月読命殿」


 深夜の道路を歩くのは、エコバッグを持ったルシフェルだった。


「お使いですか?」

「父に命じられてビールを買いにスーパーまで。日本のスーパーは素晴らしい」

「お互い父親には苦労させられますね」

「違いない」


 月読とルシフェルは苦笑した。

 どちらも父親には振り回されてばかりだ。

 息子として通じるものがあるのだろう。


「せっかく会ったのだ、少し話さないかな、月読殿」

「構いませんよ」


 ガードレールに寄りかかったルシフェルは、ビールを一本月読に差し出す。「ありがとうございます」と微笑み、月読は受け取った。

 ふたりはプルタブを開けると、乾杯し、缶ビールに口をつける。

 少し静寂のあと、ルシフェルが口を開いた。


「奴らの痕跡に気づいているか?」

「もちろんです」

「対処は?」

「現在は見守っています」

「日本の神らしい台詞だ」

「弟は戦う気満々ですが、いたずらに向こうを刺激する必要もないでしょう。無視する、ということも時には相手にダメージを与えることができるものです」

「一部の魔族は、奴らにつくらしいぞ」

「そちらの対処は?」

「サタン様は放っておけという。私としては、殺したい」

「サタン様は本当に魔族らしい。囚われない、自由な方です。神々ではそうはいきません」

「ふん。飄々とした神がよく言う」


 ルシフェルはビールを飲み干し、鼻を鳴らす。


「彼らとの共存は可能でしょうか?」

「ありえないだろう。我らがよくても、向こうが拒んでいる」

「……そちら側も同じでしたか。せめて対話だけでも、と思ったのですが、彼らの考えは変わらず――私たちを排除ですからね」

「名もない生まれたばかりの神や魔族風情が……」

「その生まれたての神や魔族に、すでに我々はやられているのですよ」

「ふん。神だろうと魔族だろうと、弱ければ負ける。自然の摂理だ」

「しかし、奪われなくてもいい命が奪われるのはどうかと思います」

「なら、手を繋いで仲良くしてみろ。それができないのなら、殺し合うだけだ。我々はずっとそうやって生きてきた」

「ええ。だからこそ、その生き方を変えたい」

「甘い。いや、強さゆえの傲慢か。月読命殿、あなたは私よりも傲慢だ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 月読もビールを飲み干し、ルシフェルに「ご馳走様でした」と微笑む。


「生徒の中に、愛の神の恩恵を持った者がいます。幸い、力は厳重に封じられていますが、もしかしたら接触があるかもしれません」

「わかっていて泳がせているだろう?」

「残念ですが、力を悪用していましたので、生き餌にさせてもらいました」

「教師が聞いて呆れる」

「耳が痛いです。しかし、私が教師としてここにいるのは、愛の神から力を授けられた人間に再び接触するのを待つためですので」


 月読やルシフェルと敵対している『とある神』が何年か前に、とある少年と接触した。

 その少年に力を与え、なにをしたかったのか不明だ。

 しかし、少年は力にはっきり気づくことこそなかったが、自分に都合のいいように働く『何かがある』とわかり、悪事を働いていた。

 悪事と言っても、異性に自分を好印象を与える程度のものであり、また、その少年の悪意が特定の人物に向かってはいたが、神が介入するほどではなかった。

『とある神々』の恩恵を受ける者、影響を受ける者は世界中にいる。

 月読は、この街で、のんびりと釣りをしているだけに過ぎない。


「ですが、当たりかもしれません」

「なに?」

「この街には彼がいます」

「……由良夏樹君ですね」

「はい。三原優斗と近しくも影響を受けず、別世界に渡り凄まじい力を持って帰還した少年です。私たちがそうであるように、彼らも興味を持つでしょう」

「彼を利用するのは許さないと行っておきましょう」

「利用でありません。いつの時代でも勇者には試練が与えられるのですから」


 ルシフェルが月読を睨む。


「結果、その試練を由良夏樹君が乗り越えられなかったらどうする?」

「その時は、私の責任もあるので死んで償いましょう」

「ならば、そのときは私が喜んで殺してやろう」

「期待していますよ、ルシフェル――いえ、一心ぴゅあくん」

「私の名を気安く呼ぶな、月読命」

「ふふふ」


 にこにこと微笑む月読命に、ルシフェルは舌打ちすると、彼に背を向けて歩き出す。

 思うことは山のようにあるが、神々に魔族が口を出してもなにも変わらないことを知っているので、これ以上言葉を交わすことは無駄だと思った。


「ルシフェル殿」

「なんだ?」

「私は、この国を、この街を、住まう人々を愛しています。由良夏樹君も三原優斗君もです」

「それで?」

「由良夏樹君に至っては、期待もしているのです。我々のような存在ではできないなにかを、彼ならできるのだと」

「ふん。せいぜい見守っていろ。サタン様のお気に入りの子だ。万が一があれば、恐ろしいことになるぞ」

「胆に銘じておきましょう」


 月読も、ルシフェルに背を向け歩き出す。

 ルシフェルも、来た時と変わらず由良家に向かって歩き出した。







 そんなふたりが感知できるギリギリの範囲外で、見ていた存在がいた。

 ビルの上に腰掛けた、まだ十代前半の少女だ。


「あははははははは! 私のおもちゃが壊れちゃったのかな? 壊れちゃうのかな? それともー?」


 少女は、神だった。

 しかし、神としての名はない。

 神話に出てくることもなければ、何かを成し遂げた英雄でもない。

 だからといって、神界に住まう住人でもない。


 少女は――現代が産んだ、新しい神だった。


 彼女は笑う。

 楽しそうに笑う。

 旧い神々を徹底的にすり潰し、駆逐し、新しい神話を作るのだ。

 そのために、仲間を増やし、駒を増やし、毎日が楽しかった。


 少女は愛を司る女神。

 幼少期の三原優斗に勇者の力を授けた張本人だった。






 〜〜あとがき〜〜

 いろいろ今後の謎回でした。

 ひとつだけ言っておくと、別に三原優斗君は活躍など微塵もしないんじゃよ。


 次回からは、また賑やかな日々と、バトルの予感。




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