75「決着の時間じゃね?」⑤





「これでよし。さてと、あとは君ね」


 地面に転がって動かない優斗を無視する。

 気絶しているわけではないが、封印術のせいで身体に気だるさを覚えているのだろう。そのような副作用があると聞いている。だが、知ったことではない。


「おにいちゃ」

「気安く俺を兄なんて呼ばないでもらいたい。君は、朝、俺がちゃんと話をしたのに、なにも感じなかったのか?」

「それは」

「一登にも迷惑をかけて、家に押しかけてきて、優斗と協力してなにかしようとしていたのなら、俺は心底君を嫌悪する。言っておくけど、すでに軽蔑はしているから」


 力を使って脅すこともできないわけではないが、不用意に力を見せる愚かな真似はしない。

 とくに優斗がそばにいるのだから、なにか特別な力が存在すると知れば探り続けるだろう。


「あ、杏は」

「君と問答することはない。これは、忠告だ。俺にもう二度と関わるな。俺には家族がいる。友人がいる。君に関わっている時間はない」


 ショックを受けた顔をする杏だが、朝だって似たようなことを言っている。

 聞いていなかったのか、都合の悪いことは耳に入ってこないのか、優斗に魅了される云々以前の問題だ。


「君が幼い故にしたことはいいとして、君は俺よりも気に掛ける人がいないのか?」

「え?」

「――父親だよ。君のせいで離婚し、ふたりで生活したのなら、君がずっと迷惑をかけていたんじゃないのか? 俺に謝る前に、父親に謝った方がいいんじゃないのかな?」

「……あ」


 夏樹の指摘で、杏はようやく父親のことを思い出したようだ。

 一登の話では、杏と父親はすれ違っているらしい。というよりも、最低限の義務しかするつもりがないようだ。今までの行いのせいで見放されたのか、諦められたのか、どちらにしても夏樹には関係のないことだ。


「一登にも謝るべきだ。いや、感謝すべきだ」

「で、でも」

「でもでもだってを聞くつもりはない。君はもっと物事を考えるべきだ。優斗みたいな屑と離れて、よくない友人たちとも距離を置き、今後のことを考えるべきだよ」


 夏樹は杏を突き放しながらも、これが最後だと思い、助言をする。

 なによりも、一度は夏樹の父になってくれた人が不憫だった。

 まだ杏も十三歳。やり直すことはできる。今ならまだ、若気の至りで済ませることだって、無理矢理できる。


「俺の言いたいことはこれだけだ。あ、でも最後に。俺になにか言うことは?」

「え? え、あ、杏、杏は悪くないよね?」


 もういいや、と思った。

 謝罪を聞きたかったわけではないが、一言言ってくれれば、夏樹も気が楽になったのに、そうはならなかった。残念だ。


 これにて、かつて義妹だった綾川杏との縁が完全に切れた。


 夏樹はもう用がないと杏に背を向けて公園から去ろうとする。

 だが、杏は納得がいかないようで追いかけようとした。


「待って、おに――」


 だが、杏の足は止まってしまった。

 それ以上、踏み込めなかった。

 その理由は、芸能人でも太刀打ちできない美女が公園の入口で夏樹に向かって満面の笑みで手を振っていたからだ。

 女性が由良家になんらかの理由でいたことは知っている。誰かと問いただしたい気持ちも杏にはあるだろうが、近づけない。

 近づいてしまえば、比べられてしまうと考えると足が竦むのだ。


「あ、お待たせー」

「待ち侘びたぞ。さあ! カロリー多めのラーメン屋にゴーじゃ! その後は、街でデートじゃぞ!」


 小梅はわざとらしく夏樹と腕を組むと、杏に向かい勝ち誇った笑みを浮かべた。


「――っ」


 杏は、小梅が自分に見せつけているのだとわかり、顔を真っ赤にすると、


「もういいもん!」


 そう言い残して、優斗を置いて走り去っていった。


「俺様の勝ちじゃ!」

「大人げねー。でも、ありがと」

「気にせんでいい。俺様が美人すぎるのはいつものことじゃ。あの程度の小娘など、俺様の美人オーラで近寄れんのよ!」

「小梅ちゃんめっちゃ美人だもんね」

「あ、はい。そんなはっきり言われたら、わたくし照れてしまいます」

「小梅ちゃん、素、素が出てるよ!」

「おっと、俺様としたことが! というか、ナチュラルに口説くな! まずは文通からじゃぞ!」

「小梅ちゃん古い! 古いよ! 大正時代の方!?」

「馬鹿もん! 紀元前の方じゃ!」


 まるで昔から仲がいい気の知れた友人のように――いや、友人以上、恋人未満のようなふたりは、腕を組みながらスマホで人気のラーメン屋を探して昼食を楽しんだ。

 ラーメン屋では『特盛完食したら無料』をやっていて、小梅がチャレンジして見事完食。店主さんと一緒に写真を撮って、壁に飾られるなどした。

 その後、ふたりで街を歩き、ゲームセンターでプリントシールを撮り、川で無駄に石を投げ、釣りをしていたおじいちゃんから予備の竿を借りて大きな鯉を釣った。

 笑顔を絶やすことのなかった夏樹は、優斗のことも杏のことも忘れて、ただただ楽しい時間を過ごしたのだった。








〜〜あとがき〜〜

一応ですが、優斗くん杏さんは決着です。

今後、優斗くんは今までしてきたことの反動が、ね?

二章では新たな幼馴染みが「ふはははは、杏は幼馴染みの中でも最弱」みたいなことを言って出てくるかも知れません。

今後もお楽しみください! よろしければ、小説のフォロー、レビューをよろしくお願い致します!

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