54「予想外の展開じゃね?」②





 水無月茅は、語った。

 まだ茅が十代の頃、水無月家の神域に好奇心からこっそり入ってしまったことがあった。そこで出会ったのが、二十歳ほどの青年――土地神みずちだった。

 その名からわかるように、蛟である。

 蛟とは、水を司る竜、または水神とされている。

 向島市を守り、水無月家に祀られているみずちは、信仰を得た古い川が成ったものだった。


 彼は人々が好きだと言った。

 水無月家から出ることはできないが、向島市に住まう人々を愛していると、笑顔で語った。

 彼は、長い間ずっと水無月家から人々を眺めていたらしい。

 笑い、泣き、ときには怒り、悲しみ、いいこともすれば、悪いこともする。そんな人々が愛しいと言った。


 ――ゆえに死にたいと願った。


 茅は、なぜ、と尋ねる。

 みずちは、土地神として本来の役目を果たせずにいる。

 その理由は、長い間、土地の穢れを引き受けていたからだ。

 そもそも土地神は、穢れを引き受ける必要がない。だが、彼は優しいゆえに、行ってしまった。そして、そんなみずちを崇め、祭り、巫女となった水無月家に祀られ現在に至る。


 穢れを飲み込み、神として力を振るうことができない。

 魑魅魍魎から人々を救うこともできず、川の氾濫、日照り、飢饉も起きてしまった。

 人々はみずちに願い、あろうことか生贄を差し出した。

 望んでいない、やめてくれ、と叫んだみずちの声は当時の水無月家当主によって無視され、強制的に捧げられた。


 命を奪われた幼い子供の魂を供養するために、優しいがゆえにみずちは生贄を受け入れてしまった。

 飲まずとも、食わずとも、信仰と自然がある限り生きていけるみずちには、生贄を差し出してでも、たとえ鬼畜生と呼ばれても、小さな犠牲で多くを救おうとする人間たちが怖かったという。

 みずちの不幸は、生贄を捧げられたことで力が回復したことだろう。


 生贄にされた少女は、生贄にされることを自ら望み、みずちのために、苦しむ人々のために身を捧げた子供ながらに高潔な持ち主だった。それゆえに、みずちが力を取り戻した。

 みずちは生贄になった少女のために、力を尽くした。

 おかげで、土地は豊かになり、信仰が増え、力が増していく。


 そして――またしても汚れを引き受けすぎたせいで土地神の力を失いかけた。


 愚かだと笑えばいい、とみずちは言った。

 愚かだろうと、馬鹿だろうと、生贄になった少女のために滅びる覚悟で力を使い続けたのだ。

 しかし、人間たちは、生贄を用意した。

 やめろ、と叫んだみずちの声は届かない。

 また同じことが起きた。


 なんどか繰り返し、五人の少女が生贄になった。

 みずちの届かぬ場所で、もっと多くの生贄があったという。


 みずちはその身を犠牲にして土地神として力を続け、壊れた。


 始まりは、力を取り戻したいと思ったことだ。

 時代は流れ、信仰心が消えつつある現代で、力を欲した。

 なぜかはわからない。

 人々を憂いてだったのかもしれないし、ただ力を欲しかっただっかもしれない。


 次に、知らぬ間に生贄を求めていた。

 そんなことを伝えた記憶がないため、動揺した。

 すぐに生贄などいらぬと伝えたのでことなきを得たが、そこで察した。


 自分はもうどうしようもないほど汚れてしまったのだと。

 土地神ではなく、ただの悪神として堕ちかけているのだと。


 最悪の場合はこの身が守護するはずの土地に害を与える可能性があることを考え、水無月家当主に自分を滅ぼすように願った。

 神として初めての人への願いだった。

 しかし、それは断られた。

 理由は簡単だ。

 土地神とはいえ神を殺す力を持つ者がいないことと、神殺しという業を背負うことができる者がいなかった。


 そして、みずちは水無月家の一角に結界を幾重にも張り、閉じこもった。

 水無月家では、会議を重ね、みずちの願いを叶えたいができぬのなら生贄を捧げて正常に戻ってもらわなければならない、と。

 しかし、みずちは生贄を捧げられることがそもそも嫌だった。


 泣き笑いながら語るみずちを茅は抱きしめ、ひとつの約束をした。

 わたくしがあなたを殺しましょう、と。

 しかし、神殺しをするほどの力を得ることはできなかった。

 そして、何度もみずちのもとへ通い親密になっていき、ひとりの子を妊った。


 茅は、当主であった母にだけ真実を告げた。

 父親が誰だかわからない子として澪が産まれ、その後、親戚の人間と結婚し、都が生まれた。

 人の夫は茅が自分に愛情がないとわかっていても構わないと言ったが、結婚すれば心が動くだろうと思っていたようだ。しかし、茅の心は微動だにしない。そのことに絶望し、行方をくらませてしまった。


 澪と都は、分け隔てなく育てられた。一族の人間も差別するような人間はいなかった。

 しかし、みずちの限界が近づき、いよいよ生贄となったとき、澪が選ばれた。

 父親がわからないこと、都のほうが次期当主としての声が多かったことからだ。

 意外なことに澪はあっさり受け入れた。


 生贄に澪を捧げることに一番反対したのは、長老の雲海だ。

 誰よりも澪を可愛がっていたからこそ、大きなショックを受け、どう接していいのかわからず、辛く当たるようになった。

 心の折り合いをつけるためだろう。

 茅は、雲海が澪に辛く当たる度に必ず泣いていることを知っている。


 もううんざりだった。

 長く土地神として人々に尽くしてくれたみずちを解放してあげたい。

 娘を父親に生贄として捧げるなどできるはずもない。

 しかし、神殺しができる者もいない。


 水無月家はみずちの限界が来ないことを祈り続けた。


 ――そして、由良夏樹が現れた。


 今まで、感知したことのない魔力は、本来なら人間界に来ることはできない上級の魔族かと疑うほどだ。

 土地神を殺せる力を持っているとわかった。


 茅にとって、由良夏樹は――希望となった。






 〜〜あとがき〜〜

水無月家の神についてざっくり。

昔の水無月家にも悪意はありませんでしたが……苦しんだゆえの行動は辛く悲しいものでした。



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