第12話 ぽんぽこぽこぽん! こんこんちきちき!

 たぬきときつねの縄張なわばりは、大きな川をはさむ形でとなり合っている。右側にたぬき、左側にきつねが暮らしていて、顔を合わせるとすぐにケンカになるらしい。

 ケンカの原因はいつも同じ。

 たぬきときつね、どちらが化けるのが上手なのか。

 今日ヒロが化かされたのは、そのケンカにまきこまれたせいだろう、と鬼丸は言う。


 ヒロと鬼丸が川にかかる橋の真ん中までやってきた。

 みんなが川に落ちないよう、安全のために手すりのつけられたその橋は、鬼丸の父親が作ったものだという。


「たぬきー! きつねー! 話があるから出てきなさーい!」

 鬼丸が大きな声で呼びかけると山にこだまする。

 その声におどろいた鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 すぐとなりにいたヒロも腰を抜かしてしまいそうになるほどだ。


「ぽんぽこぽこぽん! ぽこぽんぽん!」

 橋の右側からたぬきが一匹、丸々と太ったおなかをたたきながらやってきた。


「こんこんちきちき! こんちきちき!」

 橋の左側からもきつねが一匹、きれいなしっぽをゆらしながらやってきた。


「だれかと思えば鬼の子じゃないか。うるさくて目が覚めちまったぞ」

 たぬきは、ふくらんだおなかをかきながら大あくびをする。


「そんなに大声で呼ばなくても聞こえるわよ。わたしになにかご用?」

 きつねは、ふさふさのしっぽをなでながらたずねる。


「なにか用じゃない! あたしの友だちを化かして落とし穴にはめたでしょ!」

 顔をまっ赤にさせた鬼丸が大きな声でしかりつける。


「おいらはやってないぞ。さっきまでずっと昼寝していたんだからな」

「わたしも知らないわよ。みんなで集まって毛づくろいしていたからね」

 たぬきもきつねもアリバイがあるからと無実むじつを主張する。


「うそをつかないで! ちゃんと証拠しょうこだってあるんだから! これを見なさい!」


 鬼丸は、落とし穴のすぐそばに落ちていた水にぬれた葉っぱを取り出した。


「これは化ける時に使う大事なものでしょう。だから、たぬきかきつね。あんたたちのどっちかが化かしたに決まってる。さっさと白状はくじょうしてあやまりなさい!」


 それを見た二匹の反応は異なった。


 たぬきはおどろいたように目を丸くして、きつねは口元をニヤッとゆるませた。


「こ、この葉っぱは……」

 たぬきがなにかに気づいたようだったが、すぐに口を閉じた。


「あら、これはたぬきの縄張りに生えている木の葉っぱじゃないの。わたしたち、きつねの縄張りには生えていないものよ」

 きつねは、口元をさらにゆるませながら話をする。


「この葉っぱは、たぬきが化ける時に使うのね。それなら……」

 鬼丸は、何度かうなずいてからヒロの方を向いてたずねる。


「たしか草むらへにげていった動物は、茶色い毛をしていたと言ってたよね?」

「うん。茶色い毛だった。でも、あの時見たのは……」

「わかった! 化かしたのは、たぬき! あんたでしょ! 早くあやまりなさい!」

 ヒロがなにか言いかけたけれど、それよりも早く鬼丸が結論を出した。


「お、おいらじゃない! おいらは化かしてないんだ! 本当だ! 信じてくれ!」

 たぬきは、二本の前足を合わせて必死に「やっていない!」と主張する。


「うそをつかないで! にげた動物は茶色い毛で、落とし穴のそばにはたぬきの縄張りにしか生えていない木の葉っぱが落ちていたんだからね。あんたしかいないでしょ!」

 しかし鬼丸は聞く耳を持たず、さらに口調が激しくなっていく。


「たしかにその葉っぱの木は、おいらたちたぬきの縄張りにしかない。でもな、風に飛ばされてきつねの縄張りに落ちる可能性だってあるじゃないか。そうだろう?」

「わたしに罪を着せようたってそうはいかないよ。きつねがたぬきの縄張りに生えた木の葉っぱで化けるわけがないじゃないの。わたしたちが使う葉っぱは、これよ!」


 きつねは、ふさふさのしっぽから葉っぱを一枚取り出した。

 それは、水にぬれた葉っぱとは色も形もまったくちがうものだった。


「だ、だから、おいらたちは眠っていたんだって。あ、そうだ。思い出したことが……」

「あら。あんたは『たぬき寝入ねいり』なんて言葉もあるくらい寝たふりが得意でしょ?」

「いつもうそばかりついてるたぬきの言葉なんて信じられない。早くあやまって!」

 必死に無実を主張するたぬきをきつねと鬼丸がいっしょになって責める。


「ぽんぽこ……ぽこぽん……ぽこぽんぽん……」

 さっきまで明るい音を鳴らしていたたぬきのおなかが、今はもう暗くなっている。


「待ってください!」


 大きな声が山にこだまする。

 木にとまって羽を休めていた鳥が勢いよく飛び、今度は虫たちまでにげていく。

 その声の主は、鬼丸でもたぬきでもきつねでもない。

 ヒロだった。


 学級裁判でもたまにこういうことが起きる。

 自分の意見を言うばかりで人の意見を聞かないという状況。

 つい議論に熱が入りすぎて起きてしまうことだから仕方ない。

 そんな時は一時中断して、みんなに冷静になってもらう必要がある。

 だからヒロは、いつも教室でやっている風に呼びかけることにした。


「たぬきさんは、やっていない、と言っています。たぬきさんの話をちゃんと最後まで聞いてあげましょう。それからだれが化かしたのか、みんなで考えて話し合いませんか?」


 鬼丸もたぬきもきつねも目を丸くして、口を半開きにして放心状態になっている。

 まさか人間が妖怪よりも大きな声を出すとは思わなかったのだろう。


「これはケンカじゃありません。妖怪裁判なんですから。ね?」

 ヒロは、笑みをうかべて優しい声で語りかける。


「ありがてぇありがてぇ。神様、仏様、人間様」

 たぬきは、二本の前足をこすり合わせて頭を下げる。


「フンッ。言っておくけどね、わたしはなにもやってないよ」

 きつねは、鼻を鳴らして口元をしっぽでかくした。


「やっぱりたぬき以外に考えられないよ。きつねは茶色くないし、葉っぱだって……」

 鬼丸も同じ意見らしく、たぬきの方に疑いの視線を向けている。


 みんなすぐに納得してくれるとは思っていなかった。

 だからヒロは、しっかりと説明しながらお願いする。

 どれだけ時間がかかってもいい。納得してくれるまで話し合うことが大切だ。


「鬼丸さん。ぼくが妖怪の世界に来られるようになったきっかけの事件を覚えてる?」

「忘れるわけないよ。あたしが木をたおしたと疑われたんだから」

 鬼丸は、どうしてそんなことを聞くのか、といった風に答える。


「自分はやっていないと言っているのに、だれも信じてくれなかった時、どう思った? みんなから責められて、早くあやまりなさいって言われて、どう感じた?」

「それは……あっ」


 あの時と今の状況が似ていることに気づいたのだろう。

 鬼丸の目にうっすらとなみだがうかび、口元をふるわせながら想いを告白する。


「辛かった。悲しかった。どうしてみんな、あたしの話を聞いてくれないのって」

「そうだよね。たぬきさんもあの時の鬼丸さんと同じ気持ちだと思う。だれが化かしたのかわからないけれど、今はたぬきさんの話を聞いてあげるのはどうかな」

「うん……」

 鬼丸は、すぐになみだをぬぐってから頭を下げる。


「たぬき。あんたが化かしたって決めつけてごめんなさい。あんたの話をちゃんと聞こうとしなくて本当にごめんなさい」


「気にするなよ。これまでたくさんいたずらしてみんなを困らせてきたからな。おいらの話を最後まで聞いてもらえるとは思ってなかったさ」


「ううん。ちゃんと聞く。よかったらなにがあったのか話してよ」


「ぼくも聞きたいです。たぬきさん、わかっていることはすべて教えてください」


 ヒロも真実を知るためにお願いする。

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