妖怪裁判

川住河住

第1回裁判 木を切ったのはだれ? 鬼の目にも涙事件

第1話 その転校生は

 小学校の校庭に桜の花が咲く季節。

 4年生の教室に新しい仲間がやってきた。

 まっ赤なランドセルを背負い、オレンジ色のバンダナを頭に巻いた女の子が、黒板に白いチョークで名前を書いていく。それから正面に向き直ってあいさつした。


「はじめまして! 鬼丸おにまるあかりです! よろしくお願いします!」


 その声は、教室に響きわたるほど大きかったからみんな目を丸くする。

 けれど、すぐに目をかがやかせて気になったことをどんどん聞いていく。


「どこから来たの?」

「前の学校は、どんなところだった?」

「好きな科目なに?」

「そのバンダナかわいい!」

「鬼丸ってすげえカッコイイ名前だな!」

「ねぇねぇ。あかりちゃんって呼んでもいい?」

「これからよろしくね!」


 ここは田舎の小学校で一学年に一クラスしかない。

 そのためクラスメイトの顔ぶれは、卒業するまでずーっといっしょ。

 だから、転校生はめずらしくて仕方ないのだ。


「えっと、その」

 鬼丸は、頭にまいたオレンジ色のバンダナをいじる。

「こらこら。鬼丸のことを知りたいのはわかるけどな、そういうのは休み時間にしろー」

 先生に注意されて教室はすぐに静まり返った。

「それじゃあ授業を始めるぞー。鬼丸は、あそこの空いている席に座ってくれ」

「はい」

 鬼丸は、窓側の列の一番後ろの席に向かっていく。

 ランドセルにつけられた、茶色いお守りの袋が小さくゆれている。


「わからないことがあったら、となりの席のモモタロウに聞くといいぞ」


 それを聞いた鬼丸の目が見開かれて体はビクッとふるえる。


「えぇー! モモタロウ!?」


 その声はあいさつの時よりも大きかった。そのせいで先生はこしを抜かしてしまう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 鬼丸あかりが4年生の教室にやってきてしばらく経った。

 最初はうまく話せなかったけれど、みんなといっしょに勉強したり遊んだりするうち、少しずつ明るく元気な姿を見せるようになっていた。

「この草は、おひたしにするとおいしいんだよ。山にいる動物たちもよく食べてる」

 理科の時間には、先生も知らなかった草花くさばなの名前や動物の特ちょうをすぐに言い当ててみせた。その知識をかすため、鬼丸は生きもの係をまかされることになった。

 学校に来たら花だんに水をまき、先生といっしょに小屋のそうじをして、うさぎやにわとりたちにエサをあげるのが生きもの係の仕事だ。

 たくさんいる動物たちの名前も、彼女はすぐに覚えてしまったらしい。


「おいしい! おかわり!」

 給食の時間には、周りのみんなをビックリさせるほどたくさんおかわりする。

 鬼丸のお気に入りはハンバーグとカレーライス、それからあま~いプリン。

 けれど豆のサラダやもものゼリーは苦手みたいで、いつもつらそうな顔で食べている。


「え? 手は使っちゃダメ? 足だけでボールを運ぶなんて……おもしろいね!」

 休み時間になると、男子といっしょにグラウンドでサッカーをしていることが多い。

 体を動かすことは大好きなのに、なぜか鬼ごっこには絶対に参加しようとしなかった。


 今では鬼丸とクラスのみんなは、仲のいい友だちと言っていいだろう。

 ただ一人をのぞいて――。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 どんな人とも気軽に話せる鬼丸も、どんよりと暗い顔を見せることがある。

 それは、モモタロウこと桃田ももたヒロが近くにいる時だ。

 ヒロは鬼丸のとなりの席に座る男の子で、クラスでは学級委員長をやっている。

 転校してきたばかりの彼女に校内やクラスでの決まりごとを教えるのもヒロの役目。だから、ヒロと鬼丸の二人でいっしょに行動することも多いのだけれど……。


「ここが図書室。おもしろい本がたくさんあるところだよ」

「うん……」

「鬼丸さんは、そうじの時間になったらここに来るんだよ」

「うん……」

「わからないことや困ったことがあったらなんでも聞いて」

「うん……」

 話が終わると、鬼丸はすぐにどこかへ走って行ってしまう

 他の子とは笑って話しているのに、ヒロの前でだけはいつもこんな調子だ。


「はあ」

 ヒロは、ため息をついて頭をかいた。

「なにがいけないんだろう」

 鬼丸と仲よくなりたいと思っているのに、なかなか上手くいかない。


 どうすれば自然と話せるようになるのか、みんなに相談したこともある。

「むずかしいな。鬼は桃太郎が苦手なんだから。絵本にも描いてあるだろ」

「だったら、きびだんごをあげたら友だちになってくれるんじゃない?」

「なに言ってんの。きびだんごで仲間になるのは犬とさるとキジでしょ」

「ていうか、あかりちゃんは鬼じゃないし。モモタロウも桃太郎じゃないよね」

「わかってるって。だから、ゆっくり時間をかけて仲よくなればいいんだって」

「きびだんごっておいしいのかなあ。給食に出てきたらいいなあ」

 いろいろ意見を出してくれたけれど、これだと言う答えは見つからなかった。


 モモタロウというのは、ヒロの昔からのあだ名だ。

 ヒロ本人も気に入っているけれど、なぜか鬼丸には怖がられてしまっている。

 それも転入初日からずっと。

 怖がられると言えばこんなこともあった。


 ヒロたちの通う学校では、朝の教室で本を読む朝読書の習慣がある。

 そのために家から好きな本を持ってきたり、図書室でおもしろそうな本を借りたりしておく。

 ヒロが本を開こうとした時、となりの鬼丸が困った様子であることに気づいた。

 彼女の机を見ると本がなかった。どうやら朝読書のための本を忘れたらしい。


「いっしょに読む?」


 ヒロは、勇気を出して話しかける。

 これをきっかけに、少しでも鬼丸と仲よくなれたらいいと思ったから。


「え?」


 鬼丸はおどろきの表情を見せたが、しばらくして小さくうなずいた。


「じゃあ、すぐに準備するね」


 さっそくヒロは、机をくっつけていっしょに読もうと体を寄せ合う。


「あっ」


 だが急に鬼丸は机を元の位置にもどし、一人で国語の教科書を読み始めた。

 どうかしたのかな、なにかあったのかな、とヒロは不思議に思う。


「あっ!」


 おくれて気がついた。

 その本の表紙には、おそろしい鬼の絵がのっていることに。

 昔からヒロは妖怪やおばけの話が大好きで、そういった本を読むことが多い。家でも祖父から怖い話をたくさん聞かせてもらっている。

 けれど女の子の多くはおばけも怖い話も苦手だ。

 きっと鬼丸も表紙の絵が怖かったんだと、またヒロはため息をついて頭をかいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 鬼丸にあやまりたい。

 あれからヒロは、ずっとそのことばかり考えている。

 ごめんと謝るだけでいい。

 けれど、その一言を伝えるタイミングが見つからない。

 同じ教室でとなりの席なのに、話しかけようとするとすぐに顔をそむけられる。

 休み時間になると、すぐに女子トイレに入ってしまうので声をかけられない。

 通学路もいっしょなのに、いつも鬼丸はヒロが追いつけないほど速く歩くのだ。

 これでもヒロは、クラスの男子の中では足が速いほうなのに。

 少し先には鬼丸の赤いランドセルが見えているのに、ヒロとのきょりはまったくちぢまらない。


「はあ。どうしたらいいんだろう」


 今日も話しかけられなかったヒロは、頭をかきながら帰り道をとぼとぼ歩く。

 住宅街を通りすぎると、いろいろな野菜を育てている畑や水で満たされた田んぼが見えてくる。

 ヒロの住む家は、住宅街からはなれた山の近くにあるのだ。


「うわっ!」


 急に風が強くなってきたと思ったら、前方から三つのつむじ風があらわれた。


「なんだろう、あれ」


 三つのつむじ風は、つかずはなれずゆっくりと向かってくる。

 それらはやがて一つの大きなつむじ風となり、さらにいきおいを増して土ぼこりや葉っぱを吹き飛ばしながら進んでくる。


「おじいちゃんが言ってたな。つむじ風が出てきたら、かまいたちに気をつけろって」


 かまいたちとは、つむじ風に乗って人を切りつける妖怪だ。

 四本の足に刃物はものが付いた動物のいたちの姿をしており、切られても血が出なくていたみもないと言われている。


 ヒロは頭を低くして、大きなつむじ風が通りすぎてくれるのを待った。


「もう、大丈夫かな」


 辺りが静かになってからどこも切られていないことがわかると再び歩き始めた。


「ん? なにかある」


 曲がり角にさしかかった時、道路に落ちているものに気がついた。

 しゃがんで拾いあげると、どこかで見た覚えのある小さなお守りの袋だった。


「これ、鬼丸さんのランドセルについてるやつだ」


 あわてて前を向くと、彼女は小さな点にしか見えないほど遠くを歩いていた。


「おーい! 鬼丸さーん! お守りー! 落としてるよー!」


 大声をあげても気づかず進んで行くのでヒロは走って追いかける。


「そういえば鬼丸さんの家ってどこにあるんだ?」


 この道の先にはヒロの家しかない。

 最近、だれかが引っ越してきたり家を建てたりしたという話も聞いていない。

 けれど鬼丸は、毎日この道を通って学校へ行っている。


 ヒロの家を通りすぎてさらに進むと裏山うらやまがどんどん近づいてくる。

 春は山菜さんさいとり、夏は虫とり、秋はもみじがり、冬は雪遊びができる小さな山だ。

 入口から頂上までせまい一本道しかないため、子どもの足でも簡単に登ることができる。上に行けば行くほど、さわやかな草木の匂いや土のかわいた匂いがただよってくる。


「鬼丸さーん! どこにいるのー! お願いだから出てきてよー!」


 頂上の広場まで来るとまた大声で呼びかける。

 けれど聞こえてくるのは、鳥のさえずりと虫の鳴き声くらいのものだった。

 草むらにかくれているのかと思って探しても姿はない。

 大きな木に登っているのかと見上げてもやはりいなかった。


「しょうがない。明日学校で会った時に渡そう……あれ?」


 その時、ヒロの目に不思議なものが映る。


「なんだろう、これ」


 目にゴミでも入ったのか、夢でも見ているのかと思った。

 顔をたたいたり目をこすったりして見返すと、不思議なものは消えずに残っている。

 小さい頃から何度も遊んでいる場所だから、今まで気づかなかったとは思えない。

 それなのに、登ってきた一本道とはちがう道がまっすぐのびているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る