第114話 薬師の本分

「「ホリー!」」「姫様!」


 私がエルドレッド様に頭をでてもらっていると、遠くからオリアナさん、ニール兄さん、そしてマクシミリアンさんの声が聞こえてきた。


 私は慌ててエルドレッド様のそばから離れる。


「ホリー! 無事か!」

「うん。エルドレッド様が助けてくれたの」

「そうか。ああ、良かった。俺が不甲斐ないせいで……」


 ニール兄さんは悔しそうに唇をんだが、どうやら大した怪我はなさそうだ。


「姫様! 申し訳ございません」

「いえ、あ! ええ。エルドレッド様のおかげで大丈夫よ」


 マクシミリアンさんも大丈夫そうだ。


「ああ、ホリー。無事でよかった。エルドレッド殿下、ありがとうございました」

「オリアナさん……」

「むしろ私のほうこそ道が混んでいたので合流が遅れてしまいました」

「道が……そうでしたか。ありがとうございます」


 オリアナさんは再びエルドレッド様にお礼を言ったが、こんな場所で道が混んでいるということがあるのだろうか?


 想像はつかないが、そういうこともあるのかもしれない。


 そう自分を納得させたところで、顔面血だらけで地面に倒れたあの男が目に入った。


 いや、呪いの被害者なのだからあの男ではなくショーズィさんと呼ぶべきか。


「あの、エルドレッド様。ショーズィさんの怪我を治療してもいいですか?」

「姫様?」

「はっ? おい! ホリー!」


 私のその言葉にマクシミリアンさんとニール兄さんは驚愕しているが、薬師としてはこのまま放っておくわけにはいかない。


「ホリーさん、大丈夫ですよ。また暴れたら私が取り押さえます」

「ありがとうございます!」


 私はすぐさま中治癒の奇跡をかけ、ショーズィさんの怪我を治療したのだった。


◆◇◆


 あれから五日が経った。


 ショーズィさんが敗れたことで人族の軍隊は私たち魔族領から撤退した。


 というのもエルドレッド様の行った貯水池をわざと決壊させる作戦が想像以上に効果があったらしく、なんとあれだけいた人族の兵士のほとんどが亡くなってしまったらしい。


 人族の兵士の大半は魔法が使えない人たちだったようで、濁流にのまれるということはそのまま死を意味するのだそうだ。


 魔族で衛兵になる人は普通よりも強い魔力を持った人だけなので、まさか身体強化すらできない人が戦場に駆り出されているとは夢にも思わなかった。


 それに人族の兵士は私たちを殺そうと襲ってきた侵略者たちなので、そんな彼らへの治療はどうしても後回しになってしまう。


 そのため私が人族の生存者の治療を始められたのは魔族の負傷者の治療が終わってからになってしまった。そのおかげでせっかく救助した人族が死んでしまうという悲劇も多く発生してしまったのだが……。


 たとえ相手がどんな悪人であっても命を救う。それが薬師としての仕事であり、誇りでもある。


 だが、迷いもある。なんでも、人族の侵略者たちはよりにもよってなんの罪もない村に暮らす人たちを虐殺して回ったのだそうだ。


 しかも老若男女の区別なく、全員殺して回ったらしい。


 私が聞いただけで被害にあった村は八にものぼり、それぞれの村には数十人が平和に暮らしていた。


 魔族という理由だけで殺す。そんなことを平気でするような奴らを治療することは本当に正しいことなのだろうか?


 そんな奴らを治療したら、また同じように魔族を殺しに来るのではないだろうか?


 もしそうなら、私は彼らを見殺しにすべきなんだろうか?


 そんなことを考えてしまうが、それでも傷ついた人はどんな人であっても治療したいというのは私の信念であり、おじいちゃんから教えてもらった薬師としての大切な誇りだ。


 そんな相反する二つのことが頭の中をぐるぐると巡り、考えがまとまらない。


 こんなとき、おじいちゃんだったらどうしたのだろうか?


 私は厳しくも優しいおじいちゃんを思い出す。


 マクシミリアンさんの話が正しいのであれば、おじいちゃんは私が赤ちゃんのときにお母さんに頼まれてホワイトホルンまで連れてきてくれたことになるわけだが……。


 私が亡国のお姫様だなんて信じられない。だが冷静になって考えると、マクシミリアンさんの話はきっと本当のことなのだと思う。


 だって、おじいちゃんが手書きの奇跡の指南書を持っていたということは誰も知らないはずだ。


 それにお母さんが成長した私に宛てた手紙を持っていたことだってそうだし、奇跡の指南書だって手紙は同じような筆跡だった。


 当時は気にしたことはなかったが、言われてみればお母さんが私のためにどちらも書いてくれたと考えれば辻褄つじつまが合う。


 私はオリアナさんが用意してくれたいつものホテルのベッドにごろんと横になり、深いため息をついた。


「はぁ。お母さんは本当に私を愛してくれてたのかな……」


 今となっては知る由もないそんなことがつい口からポロリと零れてしまう。


 きっと色々とありすぎて疲れているのだろう。


 私は明日も続く治療業務に備え、静かに目を閉じたのだった。


◆◇◆


 翌日、私は人族用に設置された隔離病棟にやってきた。


 ここは人族の捕虜を収容した病院であり、多くの凍傷を負った患者さんが入院している。


 とはいえ何日も冷たい泥水に埋もれていたせいで手遅れになってしまった患者さんも多かった。


 手足の切断にまで至った患者さんもいれば、それを拒否して自ら死を選んでしまった患者さんもいる。


 とはいえ、そうした手足の切断が必要な患者さんの治療は終わったので、残っているのはそこまで重症ではない普通の患者さんの治療だけだ。


 ただ、重症にならなかった患者さんは総じて魔力が高く、高い戦闘能力を持っている。


 そのため私はエルドレッド様とニール兄さん、そしてあれからすっかり私の騎士様になったマクシミリアンさんに護衛されながら病室へとやってきた。


 鉄格子で隔離されたその病室には一人の男性が寝かされている。


 カルテによるとこの患者さんは左足首のねん挫と左太ももの骨折、それから胸部を強く打っており、肋骨の骨折が疑われているようだ。


 他にも顔面にあちこちに無数の擦り傷があるため全身が包帯でぐるぐる巻きになっているが、このくらいであれば中治癒の奇跡で事足りる。


「こんにちは。擦り傷の他に痛みがあるのは左の足首と太もも、それから胸で合っていますか?」


 しかし私の姿を見た患者さんは目を見開いていた。


「ぐ……あ、貴女は魔族に……操られて、いる。どうか、正気に……」


 まただ。人族の患者さんには散々この言葉を投げかけられたが、はっきり言って迷惑だ。


「私は操られてなどいません。そんなことより、治療しますよ」


 私はすぐさま中治癒の奇跡を発動し、この患者さんの治療をした。


「なっ!? こ、こんな……馬鹿な……」


 驚いているが、この反応をするのは十人に一人くらいの割合だ。素直に感謝する患者さんもいればこうして驚く患者さんもいる。


「もう痛いところはありませんか?」

「あ……はい……」

「それじゃあお大事に。戦争が終われば帰れるはずですから」


 こうして私は患者さんと必要以上の会話をせず、病室を後にするのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る